所ってのを確立させたくて


「ハァ…ハァ…ッ…ハァ…」

まだ朝霧が漂う畦道を、私は一人走っていた。部活もしてない私がこんな早朝に走ってるのは、体力をつけようって思ったから。だからって、そんなすぐに体力がつくとは思っていない。
でも…なにかせずにはいられなかった。…彼女達に、少しでも近づきたくて…。

昨日、宇賀谷家に戻ると、他の守護者の面々も集まっていた。どうやら他の人達も胸騒ぎがしてそれぞれが管理する宝具の場所に行くと、私達と同様、不思議な人達と出会ったらしい。
彼らが出会ったのはドライ、フィーア。大蛇さん曰く、アイン、ツヴァイ、ドライ、フィーアというのはドイツ語で1〜4までの数を表しているらしい。って事は、彼らは皆、同じグループのメンバーなんだと容易に想像できる。だけど、どこの誰なのか、何故宝具の場所に来ていたのか。それは分からない。
ただ、この封印が弱まった時期に来たと言う事は鬼斬丸と関係するのか…私と一緒で…って、皆が話をしている横で一人、そう考えていた。

「…ハァ……ッ…」

真剣な面持ちで話す彼ら。ドライやフィーアと言う人達もアイン、ツヴァイ同様、戦闘において手練な人達だったらしい。色々意見を出してた彼らだけど、大蛇さんがもう遅いからまた明日話ましょうって事で解散となった。
私は一人、蚊帳の外で皆を見ていた。

「……むちゃするなよ。頼むから」
「助けてもらってばっかりで、みんなが危ない目にあってるのに、自分だけ安全なんてそんなのやだから…」
「借りとか貸しとか、そんなの考えんな!バカ!俺は、お前が殺されるかと思ったんだぞ」


羨ましいと思った。
玉依姫として、彼らに護られ、そして彼らの為に頑張ろうとする珠紀が。
私の中にあるこの不思議な力。もし、この力が何なのか分かれば…私も彼らの力になれるのかな?私も一緒に、珠紀や守護者の皆と闘う事ができるかな?
そんな思いを抱いて、まずは体力をつけないと!なんて安直な考えから早朝ジョギングを始めた。

「……単純だよね」

そんな単純なものじゃないって分かってるけど…この土地で、私の知らないこの場所で少しでも居場所ってのを確立させたくて…。何でもいい…何かしなくちゃって思った。

「…さ!戻って境内の掃除しなくちゃね!」

自分の頬をパンと叩き、気合を入れ直して走り出した。

「ハァ…ハァ…ハ、ッッ!!」

走っている途中で誰かに見られてる気がして、そちらに目を向ける。だけど、その先に広がってるのは深い森だけだった。じっと目を凝らして見たけど、草木一本揺れる事無く静かな空間が広がっている。

「…気のせいか」

気が立ってるだけだと思い、私は宇賀谷家へと戻っていった。駆けて行く私の背中を見て、怪しい笑みを溢すそれに気づかず。



***



「ただいま〜」
「名前ッ!」

玄関を開けて帰ってきた事を知らせると、廊下の奥から珠紀がドタドタと音を立てて走ってきた。

「ど、どうしたの?」
「どこいってたの?!部屋見たらいなかったからビックリしちゃったよ!」
「あ〜ちょっとジョギングしてきたんだ。美鶴ちゃんに行って来るって伝えたはずだけど…」
「あ…そうなの?」

きょとんとしてホッとする珠紀。

「でも、一人で出歩くなんて危険だよ」
「平気だよ〜。森には入ってないし、ちょっと走ってきただけだから」
「…でも、良かった。無事で」

昨日の事があって、凄く心配したんだから!って困ったように怒る珠紀。それが嬉しくて、私はゴメンと言って笑った。

「あ、苗字さん。お帰りなさいませ。丁度朝食の用意ができましたよ」
「ありがとー!いい感じにお腹空いてきた所だったんだ!あ、でも境内の掃除まだしてない…」
「では、朝食を食べてからお願いします」
「了解!じゃあ、手洗ってくる!」

ルンルン気分で洗面所へ向かう。
今日も美味しそうなご飯〜!と言う珠紀の声にダッシュで手洗いを済ませ、居間に乗り込んだ私を見て、珠紀と美鶴ちゃんは笑った。
多分、凄い顔をしていたんだろうな。だって、美鶴ちゃんのご飯は一日の楽しみの一つなんだもん!仕方ないっしょ!
そう言いながら、座布団に腰を下ろした。

美味しい朝食を食べて珠紀を見送った後境内の掃除をした。久しぶりに走ったからか、少し足にだるさを感じながらも、こんな事で弱音吐いちゃダメだ!って言い聞かせ、掃除の後、部屋で一人筋トレなんかもしちゃったり。それが終わったら一気に眠たくなって、そのまま倒れる様に眠りについた。



***



ここは…どこだろう…。ふわふわと、雲の上に寝転んでいるような感覚。
目をゆっくり開けると、靄のかかった光の空間に漂っていた。これは…夢…?
そう思った時だった。靄が一つに集まったと思ったら、そこから一つの光が生まれた。
その光が徐々に形を変えてゆく。細く長い…まるで剣の様な…。
…綺麗な光…。
けれど、その光は次第になくなり、漆黒色へと染まっていった。闇は周りを飲み込もうと、どんどん広がって行く。
逃げなくちゃ…!
闇と逆の方へ逃げようとするが、走る足は空を斬るだけでなかなか前には進まない。
振り返れば、すぐそこまで暗い闇が押し寄せて来ている。
もう…だめだ…。
そう思った時、闇を阻む様に、光が目の前に現れた。眩しさで、手を目の前に翳した。

―我を…解放せよ…

……だ…れ?
薄く瞳を開けば、その声は、確かに目の前の光の珠から聞こえてくる

―我が力で―――を…―我を受け入れよ

ゆっくり、恐る恐るその光に手を伸ばす…。もしかしたら…これが――

―我を受け入れよ

これが…――。


「―苗字さん?苗字さん?お休みですか?」
「…ん……」

美鶴ちゃんの声…。ぼぉーっとしながら、体を起こし周りを見渡した。
さっきの剣の様なものも、襲い来る闇も、光の珠もない…。

「……あれは…」

あれは…なんだったんだろう?

「苗字さん…?」

襖の向こうに居る美鶴ちゃんが、心配しているように声をかけてくれる。

「…あ、起きてるよ!なに?」
「昼食の用意が出来ました。こちらにお持ちしましょうか?」
「ううん!大丈夫、今行く」

ではっと言ってパタパタと去る音が聞こえる。まだはっきりしない頭で、さっき見た夢の事を考えた。
…もう少しで、何か分かりそうな気がしたんだけどな…。
モヤモヤを振り払う様に頭を振り、よしっ!と気持ちを入れ替え、美鶴ちゃんの待つ居間に向かった。

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