にしてろ


「もう夕方か…陽が暮れるの早くなったな〜」

もうすぐ秋も終わりだもんね。鮮やかな紅や黄色に色づく山々も、もうすぐ色褪せてしまうんだな〜。タタリガミとか出なければ山に登ってみたいけど…そうも言ってられないよね。
鳥居にもたれながら山を見上げ、そう思った。

「はぁ〜……」

やる事もなくて、またジョギングに行こうと外に出たけど、今朝頑張り過ぎたせいか筋肉痛で足が痛い。やっぱり普段からしなきゃだめだよね。

「…ッゴホッ、ゴホッ…ぁ〜風邪ひいたかな…」

さっきから度々出る咳。咳が出る以外は特に問題はないけど。ここは寒いし、家に入ろう。
体をさすりながら戻ろうとした…そしたら―

「―ッ…ぃた…」

頭に痛みが走り、耳鳴りが聞こえてきた。両手で耳を押さえるが、余計に大きくなる耳鳴りは頭に響き渡り、割れるんじゃないかと思うくらいの痛みが襲って来る。

「…ゃだ……ったいよ…」

必死に頭を押さえるけど痛みは治まらない。うずくまって痛みに耐える。

「ぅ…ぅぁぁッ!!」

もう嫌だ…と思った瞬間、フッと体から力が抜け、暗闇へと落ちていった。
なんなの…一体…何が起こるっていうの?
薄れゆく意識の中、私は恐怖に脅えていた。



***



何が起きたんだろう?ぼんやりと意識が戻っていくのが分かる。でも体は重く、力を入れる事がなかなかできない。
さっきの痛みのせい…?
冷たい風が私の体を撫でて行くのが分かって、少し身震いする。
寒いな…何だか暗い…もう夜になったのかな…?早く起きないと…。
重たい瞼をゆっくり開ける。すると、私が想像してた景色と全く違うものがそこに広がっていた。

「……え…」

そこは、何度も訪れた事がある場所。暗い闇。この世じゃない異界と思わせる空気の重い…森。
また…だ。初めてこの村に来た時と同じ。いつの間にか、全然違った場所に来ている。
どうしてここにいるのか、どうやってここに来たのか…全く分からない。
体が…ガタガタと震えだした。
あの時だ…あの痛みが来て、意識を失ってからだ…。もしかして…これも私の力ってのと関係があるの?でも…だからって…。

「なんで、こんな所に……」

真っ暗な森の中。虫や獣の気配さえないこの漆黒の闇の中で一人、ポツンと座り込んでる私。右も左も分からない。勝手に動けば簡単に迷い込んでしまいそうだ。
っていうか…もうすでに迷ってるよね…これは…。

「…どうしよう…」

助けを呼んでも…灯りさえ見えないこんな深い森だ。聞こえる訳がない。
…前、タタリガミに襲われた時に私の中から出た力。あれがまた出せたら気づいてくれるかな?でも…やり方とか分からないしな…またタタリガミに襲われたら……とか絶対嫌だ。絶対その前に殺される。あー…ダメだ!いい方法なんて何も浮かばない!!
でも、少しして、思った。もしこれが、私の中の力が起こした事なら、鬼斬丸と関係があるのかも。この奥に、力と関係する何かがあるのかもしれない…。
周りをじっと見回し、一点から何かを感じた気がした。
確信はない。私の思い込みかもしれない。でも、この先に、何かあるかもって…そう思う。
私は唾を飲み込み、胸の前で組んだ手に力を込めて一歩踏み出した。その時、横からガサッと草が揺れる音がした。風で靡いた音じゃない。何かが触れた音だ。私はビクッとして音のする方に目をやった。

「…ッ名前?!」
「お…鬼崎…くん?」

吃驚した鬼崎君がそこに現れた。

「お前はまた…何でこんな所にいるんだ?」
「あ…それが―」

私はあった事をそのまま話した。いきなり頭が痛くなり、気を失って目覚めたらここに倒れていた事。

「鬼崎君は、どうしてここに?」
「あー。…実はな…」

昨日出会った人達、アインやツヴァイ。ドライにフィーア。三ヶ所の封印に同時期に現れた彼ら。彼らは何の目的で宝具が封印されている場所に来たのか。彼らは何者なのか。
それを確かめる為にと、珠紀が封印を調べよう!と言い出したらしい。
そんな時、この先にある宝具の封印がおかしくなりだした。

「…もしかして、昨日の人達が?」
「…かもしれないな」

それを確かめる為に、玉依姫の珠紀と守護者の皆でこの地に来たが、空間が歪んでいて、気づいた時には皆バラバラになっていた。

「ま、他の連中はこれくらいじゃどうともならないと思うけど…」
「…珠紀…」
「誰かと一緒だといいんだけどな…」

珠紀を心配する鬼崎君。鬼崎君は、珠紀の事、本当に心配してるんだね。玉依姫として…それとも…――。
そんな時、鬼崎君が急に険しい顔をして私を自分の背後に押しやった。いきなりの事で驚いたが、彼の視線の先に目をやると……誰かが近づいて来てる。私は彼の服に掴まり、じっと近づくそれに目をやった。

「…また、おまえか」
「…よぉ、長髪オヤジ」

アインだ。闇から現れた彼は、じっとこちらを見るている。昨日同様強烈な重圧をを纏い、人知を超えた力の差を感じる。人の姿をしているのに、人ではない…そんな力。
周りの空気も、それに圧倒されて静まり返っているようだ。
私は鬼崎君の後ろに隠れ…ただ、負けないようにと彼の視線に耐えるしかできない。

「…今ここでやるのは、さすがに少々きついだろうな」

私を庇ったままアインを睨み、そう呟いた。だがアインは攻撃する気配をみせない。
ただ、じっと私達を見、そしてフッと闇の中へと姿を消した。

「……なんだったんだろう」

不思議に思った私はそう呟いた。彼は一体、何をしに――。

「とりあえず、皆と合流しなくちゃな。封印の場所に行けば会えるだろ」

そう言って歩き出す鬼崎君。
私は…行ってもいいのかな…。部外者…かもしれないのに…。

「なにしてんだ?」

数歩先にいる鬼崎君が腰に手を当ててこちらを見てる。

「早く来い。はぐれちまうぞ」
「…行ってもいいの?」
「ここに置いて行く訳にもいかないだろ」

ホッとした私は、まだ重い体に力を込め、彼の下へ駆けた。だが彼の下まで来た時、急に足に力が入らなくなりガクンと足が折れてしまう。鬼崎君がとっさに支えてくれたから、倒れずにすんだけど。

「っと、どうした?」
「あ…れ?ごめん…なんか、足に力入らない」

大きな溜め息と共に、仕方ねえなと言った彼は、私をひょいっと抱きかかえた。

「ちょ…お、鬼崎君?!」
「静かにしてろ」
「……はい」

私を抱きかかえたまま歩く鬼崎君。彼の顔が凄く近くて、心臓の鼓動が早くなるのが分かる。
森が暗くて良かったって、この時ばかりは思ってしまった。多分、今私の顔は真っ赤になっている自信があるから。そして…少しでも長く…彼とこうしていたい……なんて思っていた。

しおり
<<[]>>

[ main ]
ALICE+