いが…始まった―


あれから少しして開けた場所に出た。そこは、さっきいた所より一層暗い、最奥の森。そこにひっそりと佇む巨大な樹。
その幹の下には珠紀や他の守護者達がすでに集まっていた。皆、緊張の面持ちで周りを見渡している。彼らがいるって事は、ここが封印の場所なのだろう。

「…ッ名前?!」

私達に一番に気づいたのは珠紀だった。彼女達の下に着くと、鬼崎君はゆっくり私を下ろしてくれた。

「どうしてここに?」
「あ〜…えっと…」
「?」
「どうせまた勝手に森に入って迷い込んだとかそんなくちだろ?」
「違います!!」

また一から説明しなきゃいけないのか…と思っていた時、からかう様に言った鴉取さん。
まぁ、話は後からしましょうと言う大蛇さんの言葉でその話は終わった。
珠紀と私を囲む様に守護者の皆が周りを警戒する。私は背にもたれていた樹にそっと手を置いた。
確かに…何か、力の様なものを感じる。
樹が放つ不思議な存在感のせいか、周りの空気が深閑としている。この場所では、先程まであった暗く濃密な気配さえ、なりを潜めているようだ。
沈黙が支配する、そんな場所。

「…敵、こないね」

静まり返ったこの空間で、珠紀の一言は私達の耳に入ると消える様に周りの空気に溶け込んだ。

「いや、来る。仕掛けてきたのは向こうなんだからな」

鬼崎君は分かりきっている様に言った。他の皆も、同じ意見みたい…。
そんな緊迫した中、遠くから近づく足音が聞こえて来た。
とても軽い、小さな足音。足音の主が闇夜の森から姿を現した。
私は、目を疑った。雲間から覗いた月明かりを浴びて現れたのは、10歳くらいの女の子だったからだ。
明るい黄金色の長い髪をなびかせ、大きな青い瞳は、もの問い気にこちらを眺めている。
幼い姿をしているが、その姿に似つかない大きな力を感じる。でも…それはタタリガミらの様な黒いものではない…。汚れを知らない、純粋な力。不思議と、彼女の清閑な佇まいを見て、そう思った。でも、ただの人でない事も確かだ。
封印の地には幾重にも結界が張り巡らされている。普通の人は結界を通る事すら出来ないって宇賀谷さんが言っていた。それを通り抜けた私も、普通の人でない…って言われたけど…。

「……くだらない」

少女の小さな口から出た言葉は、年相応とは言えない落ち着いたものだった。
退屈そうに、それでいて気高い。…不思議な少女。

「……誰なの?あなた」
「誰?私の事を聞いているのか」

さも不思議そうに首を傾げる少女。

「…そうだな、紹介しておく必要が、あるか」

彼女が静かに言うと、その背後から三人の影が現れた。

「長髪の者がアイン。こっちの鎌の男がツヴァイ。杖の老人がドライ。魔術師(マグス)だ」
「以後、よろしく頼もうかね」

深緑色の髪を後ろで束ねた丸眼鏡の老人。西洋の服を着た紳士の様ななりをしているが、その口元は妖しく笑みを浮かべていた。

「その木の根の上でぼんやりしているのが、フィーア」

彼女が指差す方を見ると、いつからいたのか女の人が立っていた。
褐色の肌にエメラルドグリーンの綺麗な髪。そして…羨ましい限りのナイスバディ…。フィーアと呼ばれた彼女は、私達を見て少し微笑んでいる。

「そして、私がモナド。セフィロトの化身、ロゴスの全て。アリア・ローゼンブルグだ。…お前達から、わが手中に収めるべき物を奪いに来た」

…え?なに?
私は頭にハテナを浮かべた。
聞きなれない言葉を一気に言われさっぱりな私がとりあえず理解した事は、彼女の名前がアリアだと言うこと。そして、ここに封印された宝具を奪いに来たと言う事。

「…ふざけやがって!ガキの遊びなんかに付き合ってられるか!」

一歩前に出た鴉鳥さんが叫んだ。だが、少女は不思議そうな目で彼を見つめ、それから静かに顔を反らした。

「アイン、ツヴァイ」

少女が呟いた次の瞬間、静かに緊迫した空気が一気に揺れ動いた。

ガァアアアンッ!!

一瞬にして眼前にアインが現れ、その拳が鴉鳥さんを襲った。

「ァッッ!!」

吹き飛ばされた鴉鳥さんは勢いよく樹に激突した。

「……ゲホッ!グ、クッ…。…この野郎、ちょっと、効いたぜ?」

殴られた所を手で抑えながらも挑発的な笑みを浮かべる鴉鳥さん。
空中を静止したまま、幹に足を付けた彼は、両手で巻き起こした突風をその幹に叩きつけ、アイン、ツヴァイ目掛けて飛びこんだ。

息を飲む戦いが…始まった―。

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