ただの少の顔になった


瞬く間だった。勢いよく飛びかかった鴉鳥さんの攻撃を難なく避け、アインの凄まじい一撃が狐邑さんを吹き飛ばし、そのまま鬼崎君を襲う。

ドガァッッ!

アインの攻撃を腕で受け止めたが、そのまま吹き飛ばされ地をえぐる。
攻撃が…見えない。振り抜かれる音は、巨樹の後ろに隠れた私達の耳元まではっきり聞こえてくるのに、その拳は目で捕らえられない。

「っぁッッ…」

悲鳴の様な小さな声を押し止める珠紀。私は、目の前の出来事に声を出す事ができない。
言葉を挟む隙もないくらい、一瞬に目の前の光景が変わってしまったから。
劣勢の中でも攻撃を止めない守護者の皆。でも…やはり力の差は歴然。
肩で息をし、体のそこかしこに傷を作る守護者の皆に対して、敵は息一つ乱れず、傷もない。それでも、自分の持つ力をフルに使って、目の前の敵と戦ってる。
力を合わせ戦い、少し…ほんの少しずつ戦況を盛り返している彼らを見て…強い。みんな…本当に強い…って思った。

「…なにか、嬉しいことでもあるのか?」

驚いた。私達のすぐ足元に、少女、アリアがいたからだ。

「…わからないのか?あやつらはただ、試しているだけだ」

彼女はそう呟いた。それがきっかけとなったのか、押され始めていると見えてたアイン達の動きが変わった。
鬼崎君の追撃を受けていたアインが、不意に大きく腕をないだ。さっきまでの彼と違う。そう感じたのだろう。鬼崎君は一足飛びに彼から距離をとった。
ツヴァイと闘っていた鴉取さんも同様だ。先程までの激戦の物音は消え、沈黙が辺りを支配する。
何だか…息がつまりそう…。

「見せてやれ」

アリアが呟いた瞬間、空間が一転した。目に見えて何かが変わったわけではないのに、空気が震え、肌にビリビリと電気の様なものが触れている感じがした。
動く事も、息をする事さえできない。
立っている事さえやっとなその空間で、私はかけられる重圧に震えてた。

「…違いの差がわかったか。これが、神の加護を授かりし者の力」
「……みんなを、どうするの?」

珠紀の言葉に、私は息をのんだ。彼女の一言が、私達を絶望に落としやるなんて容易い事だと、直感で分かったから。
最悪の状態がすぐそこにあるのかと思うと、背筋が寒くなる思いだった。

「心配しなくてもいい。これで終わりだ。…大切なモノを失うのは、つらいからな」

さっきまで凛とした顔つきだった彼女が…一瞬だけ、ただの少女の顔になった。
でもその表情は消え、ゆっくりと歩きだす。
静かな森に響く足音。彼女以外は動かない。いや、動けない。巨大な力の前に、みんな、動けずにいる。巨木の前で止まった彼女は、そっと幹に触れた。

バリバリ!

拒む様に、巨木から電撃が発せられ彼女を襲う。でも、少女は一切気にする事はなく、傷ひとつつかない…。そして…何かが崩れ…消え去った。
ガラズがパリン、と砕け散った様な、そんな音が脳裏に響いた。
すると彼女は、木の幹の中に手を差し込んだ。沈められたその手が、ゆっくりと抜かれ、彼女の手に掴まれていたのは、紅い珠が付いた小さな腕輪だった。
…あれが、みんなの言っていた宝具?

「五つの封印の調和は崩れ、安定しは崩壊した。これでおまえたちでも、好きに宝具を手に入れることができるだろう」

宝具を手にした彼女は、手下に言った。手に持った宝具を、彼女は退屈そうに見つめた後、私に顔を向けた。青い瞳が、じっと私を見つめる。

「帰るぞ」

数秒、私を見た彼女が背を向けた言った瞬間―

「させるか!」

鬼崎君が叫び、地を蹴ってアインに向かった。しかし、彼の拳が届く前に、アインは闇へ溶けて消えた。他の者も、一瞬にしていなくなり、元の異界の森に戻った。

「……宝具、敵に持っていかれちゃったね」

地面にペタリと珠紀が座り込んで、珠紀は呟いた。

「くそ!」

地面を叩き、苛立ちを露わにする鬼崎君。他の守護者のみんなも憔悴しきった顔をしている。

「………」

私は何も言えずに佇んでいた。かける言葉が、見当たらない…。
座り込む珠紀の肩に手をあてようとした時――

―崩れてしまったか

――え…

―時間がない

脳裏に言葉がよぎった瞬間。

「ぅ…ぁッッ――!!」

心臓がドクンと大きな音を上げて動き出した。前に感じた事のある、体の中で何かが暴れだした様な感覚。

「名前?!」
「どうした!」
「ッッぅぁ―!!」

胸を押さえ、その場に崩れる私を慌てて珠紀が抱き支えてくれる。守護者の皆が、驚いて私の周りに駆け寄ってきてくれた。でも、息も出来ないくらい苦しくて、言葉がでない。
目の前が霞んでいく。体が…頭が…――

―我を、受け入れよ

侵食されていく――。
嫌だ…こわい…怖いッッ!!

「名前!どうしたの!!名前!!」
「名前!!」
「名前さん!」

皆が私を呼ぶ声が、段々遠くなっていく…。
目の前が…白く、覆い隠されていく――。

「名前ッ!!」

苦しみに耐え切れなくなり、意識を手放す間際、私の耳に届いたのは…彼が私を呼ぶ声だった。

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