善か、悪かなのかも
あつい――。体が重い。頭がガンガン打ち付けられる様に痛む。目の前がぐらんぐらんと揺れている。
私…どうなっちゃうの…?
―運命の歯車が動き出した
…運命?
―我も目覚めの時が近づいてきた
め…ざめ…?
―手遅れになる前に、止めなくては
なにを…とめる…?
―我を…受け入れよ
だれ…あなたは…―だれ?
「…だ…れ…」
「苗字さま?気がつかれましたか?」
優しくかけられた言葉。
「……み、つる…ちゃん?」
「はい」
瞼を開けると、明るい日差しが部屋に入り込むのが見えた。
まだグラグラする頭をゆっくり横に向けると、彼女が眉を下げ、心配そうに私の顔色を伺っていた。
「…あ…れ……ここ…」
「苗字さんのお部屋です」
…そっか…あの後、私、気を失ったんだ。
「わたし…どうやって…」
「…鬼崎さんがここまで運んで来て下さったんです。皆さん、心配されていましたよ」
そっか…鬼崎君に…また、迷惑かけちゃったな。
「ぁ…頭…いたい…」
グラグラする視界に、言葉を発する度に頭に響く痛み。これも、あの苦しみのせい?
「40度近く熱がありますからね。こちらに来てから色々ありましたし、疲れがでたのでしょう」
そっか…熱があるからこんなに体が重たいんだ。40度か…そりゃーすごいわ。今まで出した熱で一番高い。38度くらいまでなら元気なもんだけど…これは無理。
見上げた天井がぐらぐら揺れて、体がすっごく熱いし、節々が痛む。
「ゆっくりお休みになって、早く元気になって下さいね」
「…うん、ありがとう」
何かあれば、お呼び下さいといって美鶴ちゃんは部屋を出た。
私は暫くぼーっと天井を見上げていた。
…今、何時だろう?外が明るいから、あれから大分時間経ったんだろうな。珠紀は…学校かな?みんな、怪我してたけど、大丈夫かな。
「名前ッッ!!」
気を失う直前の彼の声が頭に残ってる。
鬼崎君――。
***
「…………ん…」
…また、寝てたのかな。窓の外が…赤いや。…熱、マシになったかな?頭痛ひいたみたいだし、目眩も軽くなったかな。あ〜汗で浴衣が冷たいや…着替えないと。
体を起こし、枕元にあった着替えの浴衣に手を伸ばした。まだ少しフラフラしながら立って着替えを済ませ、汗を掻いたから水を飲みに行こうと廊下にでた。
すると、居間から話声が聞こえて来た。足音をたてぬ様ゆっくり近づき、少し開いてた襖の隙間を覗きみた。居間には珠紀や守護者の皆、その向かい側に宇賀谷さんが座っている。話を聞くと、昨日の話をしているようだ。
モナドと呼ばれたアリアと言う少女の事。ロゴスのメンバーの事。宝具をひとつ奪われた事。そして、彼らがこちらより力のある者達だという事。
「失われた宝具の封印を修復する事は可能です。あたなが玉依姫として覚醒してさえしまえばね、珠紀」
「…あの、それは、どういうこと、ですか?」
動揺しているのか、自分の祖母に敬語になってしまってる珠紀。でも、それも無理はないのかもしれない。だって、凄く冷たく厳しい目をしてる宇賀谷さん。私だって、そうなってしまうだろう。
「時を経るにつれて弱まり続けてきた玉依姫の封印の代用として宝具の封印は、やはり玉依の血におってつくられたものなの。玉依の血が覚醒し、封印の儀式を施す事ができれば、宝具をまた封印域に戻す事で宝具の封印は再び機能するでしょう」
何だか難しい話だな。
要するに、珠紀が玉依姫として覚醒すれば、また宝具を封印の場所に戻すこそが出来るって事だよね。言われた珠紀は、下を向いてごめんなさいと一言呟いた。
「……」
珠紀の気持ち…分かる気がする。私も、この内にある力ってのが、どういうものか分からない。どうやって現れるものか、分からない。
自分でどうにかしたいと願っても…どうにもならないもどかしさ。…私の力…それを私自身が使えるようになったら…もっと珠紀達を支えられるかもしれないのにな…。
気を落とす珠紀を励ます弧邑さん。
残りの宝具を確実に守る。封印が欠けた事で生じる鬼斬丸の悪影響を抑える事。
これが、彼らに与えられた当面の任務だ。
「彼らはただ、鬼斬丸の力を解放しようと言うわけではないかもしれないわね。…それに封印が弱まったこの時期に現れたこと。…本当に恐れるべきは彼等の力ではなく、知識であるかもしれない」
独り言の様に呟く宇賀谷さん。そして小さく首を振った。
「宝具を奪われた封印のバランスが崩れているにも関わらず、彼らがいまだ他の封印域に進入しない事も、解せません」
……言われてみればそうだよね。
アリアって少女は、部下達にお前達にでも宝具が取れるって言ってた。だったら、一気に取りにかかるはず…だけど、話を聞く限り、他の場所にはまだ何も仕掛けてきてないっぽい。
疑問が頭の中でグルグル回る。
「あ、ババ様。最後にひとつ」
「なんです、卓」
「名前さんのことで…」
私は話題に自分の名が出てきて心臓がドクンとなった。
「宝具が奪われると、彼女が胸を抑え苦しみだしました。これも、何か関係があるのでしょうか」
煩くなる鼓動を抑える様に胸に手を当てて、私は襖越しで行われてる会話に集中した。
「…封印が解け、宝具が奪われた時に…」
言葉を繰りかえし呟いた宇賀谷さん。
「…前にも言いましたが、彼女の内には鬼斬丸と関係する力があるかもしれない。それが、鬼斬丸の封印が弱まると共に、目覚めようとしているのかもしれませんね」
「鬼斬丸の封印が弱まると、ともに?」
何も言わず、宇賀谷さんは真っ直ぐに彼らを見た。
「しかし、その力は未だ何か分からない。私達にとって、善か、悪かなのかも」
…え?どういうこと?
「それは…どういう事ですか?」
鬼崎君が、宇賀谷さんに尋ねた。
「そのままの意味です。もし、彼女の中にある力が鬼斬丸同様、悪影響を及ぼす力であるならば…」
「そ、そんなこと――」
「私は可能性の話をしているのです」
「―っっ」
私の中にある力が…悪影響を及ぼす力だったら…?
「彼女の力が鬼斬丸を復活させる為に、この地によばれたとしたら」
「……」
「力が彼女の中に未だ眠っている以上、そう断定はできませんが、注意するにこした事はありません」
「…そんな」
「ロゴス同様、彼女の行動にも一層注意を払うように。これからは己の慢心を捨て、全力で戦うことです。力の差だけが、勝敗を決めるわけではありません。鬼斬丸の力が解放されれば、それは世界の終わりに繋がる。ゆめゆめ忘れないように」
沈黙が流れるなか、宇賀谷さんがゆっくりと腰を上げた。
私はやばい、と思って足早に部屋に戻った。
「………美鶴」
「…はい」
「いつ儀式が出来てもいい様、用意しておきなさい」
「…はい」
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