手を引くか、


あれから私のイライラは、宇賀谷家に戻ってからもなかなか収まらなかった。
同じ文句を何度も頭の中で吐き捨てれば、いつか気持ちも晴れると思ったけど、逆に怒りがつのってしまい、今に至る。これは誰かに聞いてもらわないと無理だな!と、判断した私は、珠紀の帰りを自室にこもって待っていた。
うつ伏せで畳に寝そべっていた私の耳に、玄関の扉がカラカラと開く音が聞こえ、ガバッと顔を上げて自室を出た。

「お帰り!ちょっとき…」

勢いよく発した言葉は、行き場をなくした様に消えてしまった。
愚痴を聞いてもらおうなんて、そんな雰囲気じゃなかったからだ。

「…どうしたの?」

うん…と言葉を濁した珠紀。
後ろには守護者の面々が揃っている。みんなの顔を見て、何かあったんだと容易に想像ができた。いつも通り振舞う鴉取さんも、何だかいつもの元気がない感じだし。
そのまま言葉少なに珠紀と大蛇さんは宇賀谷さんの部屋へ、残りのメンバーは居間へ向かった。私はその場で彼等の背中を見つめ、おずおずと後を追った。


珠紀と大蛇さんが戻ってから話を聞いて驚いた。
今日の夕方、珠紀が封印の一つに異変を感じて鬼崎君、鴉取さんと一緒にその場所に向かったらしい。そこで出会ったのは、数日前に会ったアリアという少女。
しかし、他の従者はいなかったらしい。アリアただ一人、その場所に佇んでいたと…。
そこで彼女の持ちかけてきた事は、交渉。
『封印の管理から手を引け。手を引きさえすれば、お前たちは死ななくてすむ』と。封印から手を引くか、死か。
それは…彼女なりの譲歩なのだろうか。奪おうと思えば簡単に奪える。…私達など、赤子の手を捻る様に、いとも簡単に倒す事ができる。
でも…それを彼女は望んでは…いない…?って、事なのかな…。
そして、珠紀が選んだ答えは『戦う』だった。
仲間を危険に遭わせる事になるとしても、鬼斬丸がどれだけ危険なものかは血が感じとってる。それを解放する訳にはいかない…と。
私はその話を聞いて…珠紀は強いな…なんて、考えていた。
だって、生きるか死ぬかっていう究極の選択を強いられて…この場合戦うって言うのは死に値する事…。自分だけじゃない。守護者の皆の命までも巻き込んでしまうかもしれない。そんな大きなものを背負って出した答え。それは同時に守護者の皆を本当に信頼しているんだなって思えた。信頼してないと…言えないよね…。

「――名前?」
「、え…?」
「どうした?ぼけっと口開けたままで。すげぇマヌケ面だぞ」
「ッ!…マヌケ面とは失礼な…」
「しかし、今回はお前の中の力も感知できなかったみたいだな」
「……あ」

鬼崎君の言葉を聞くまで気づかなかったけど…そうだよね。封印に何かあったらいつも何かしらの異変が起きてたのに…今回は何でなんだろう?

「アイツも今日宝具を奪う気はなかったみたいだし、そのせいじゃねーの?」

あっけらかんとして言う鴉取さん。
…そうなのかな?そんなものなのか?

「だから…明日、なんだろ」

うん、と静かに頷いた珠紀。
明日。戦うと決めたからには…相手も全力でくんだろうね…。

「大丈夫だって。俺達があいつ等をぶっとばしてやるからよッ」

陽気に言う鴉取さんの言葉で、少し重い空気が和らいだ。

「……あの」

静かに言った私の言葉に、皆の視線が集まってきた。

「…私も、一緒に行くから」

皆が戦うと決めたんだから…私も一緒にそれを背負いたい。沈黙が走る空間で、彼等の言葉をただ待っていた。そして、その沈黙を破ったのは、向かい側に座ってた鬼崎君だった。

「今更、何言ってんだ?」
「…へ?」
「どうせココにいったって、またその力のせいで封印の近くまで来ちまうんだろ?」
「あ、…うん。多分」
「だったら、始めから一緒にいたほうが安全だ…」
「大丈夫ですよ!珠紀先輩も名前さんも僕達が守りますから!」

暖かく微笑んでくれる珠紀や守護者の皆。

「……ありがとう」

照れ笑いする私をからかう鴉取さんと鬼崎君。

「よし!明日の為に、さっさと帰って寝るかー」
「真弘先輩、お風呂くらい入って下さいよ」
「あったりまえだろ!」
「2人も、今日はゆっくり体を休めておけよ」
「わかりました」
「おやすみなさい。珠紀先輩、名前さん」
「では、また明日」

手を振って彼らを見送った。
皆が帰った空間は、思った以上に静かで、少し不安が押し寄せて来た。…だけど、珠紀と目を合わせ、頑張ろうねってお互いを励ましあった。
不安なのは…私だけじゃない。珠紀も、そして多分、守護者の皆も。
私に何が出来るのか分からない…ううん、何も出来ないかもしれない。それでも…彼らと一緒に立ち向かおう。

「…明日…」

月明かりの差し込む部屋で、私は確認する様に小さく呟いた。

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