ご飯は、みんなで食べようね


眠りから覚めたら、まだ朝日が昇る前だった。携帯に手を伸ばし時間をみると、まだ寝て3時間くらいしか経っていない。
…水、飲もう。
腰を上げ、廊下に出るとしんと静まり返っている。美鶴ちゃんも、まだ起きていないみたい。

「……っ…ぁ〜」

水道水を口に流し込んみ、風呂上がりの親父みたいに言葉を吐く。窓の外に広がる中庭に差す月明かりが、優しく、少し寂しい空間を演出しているようだ。
私は導かれる様に、中庭に面した縁側に向かい、腰を下ろした。
……静かだな。……今日の夜も、こうやって静かな時間を過ごせるのかな?…それは、甘い考え…なのかな…。ロゴスと戦って、ただで済むとは思えない。もしかしたら大怪我を負うかもしれないし、最悪…死んじゃうかも…。
そう考えると、膝の上に乗せた手が、微かに震える。
大丈夫…皆がいるんだから…絶対大丈夫…!
拳をギュッと固め、自分に言い聞かせている時に、廊下がギシっと言う音が聞こえた。

「……名前?」
「ッ?!…た、まき?…はぁ〜…びっくりした…」
「私だってびっくりしたよ。そんな所に座って、何してるの?」

お化けか何かかと思って、本当にびっくりした…。
珠紀は、本気で焦ってた私を見てクスクス笑って私の隣に腰掛けた。

「…眠れないの?」
「ん〜…寝たんだけど、目が覚めちゃって」
「そっか。私と一緒だ…」

そう言って珠紀は夜空に輝く月に目を向けた。

「不安?」
「…そりゃ、ね」
「だよね…」

死ぬかもしれない戦いが迫ってるのに、不安じゃない人なんていないよね。

「ねぇ…珠紀」
「ん?」
「珠紀は…怖くないの?…闘うことが」
「……怖いよ」
「怖いのに…どうして闘えるの?」

玉依姫の力があると言っても、私と同じでその力は未だ眠ったまま。ちょっと普通の人には感知できない事が分かるくらいで、それ以外はなんら変わらない。それでも、どうして自ら闘いの場にいけるのかな…って、疑問に思ってた事を聞いてみた。

「皆が…傍にいてくれるから…私を支えてくれるから…。逃げたくなる気持ちに押しつぶされそうになってもがんばれるの」

そう、笑って言った。心強そうに嬉しそうに…そう言った珠紀の瞳は…凄く真っ直ぐだった。

「……強いんだね、珠紀は」
「強くなんて、ない」
「…強いよ。私からしたら…ずっと強い」

頑張ると決めたのに、自分で選んだ事なのに…それでもまだ迷ってる。今抱えてる色んな不安に…何度も負けそうになる。
私にも…玉依姫と守護者っていう繋がりみたいなのがあれば…少しは頑張れるのかな…。見えない…深い所にある絆の様なものが…。

「…名前…?」
「―ッ…ぁ、ははっ…ダメだね!こんな弱気になってちゃ」
「そんなの…当たり前だよ…だから…支えあうんでしょ?」
「…珠紀」
「…一緒に頑張ろう…ね?」

微笑む珠紀の言葉に…私は涙が出そうになった。
私は…珠紀の支えになってるかな?お荷物になってないかな?皆に沢山支えて貰ってるのに…私は少しでもお返しできてるかな?

「…うん!頑張ろうッ!」

不安な思いはまだあるけど…でも、珠紀が頑張ろうって言ってくれた。私を頼ってくれた。そう思うと、少し、体が軽くなった。

決戦の時まで…あと少し――。



***



「じゃあ、放課後。支度をしたら玄関前集合ね」
「うん。分かった!」

朝になり、珠紀は学校へ向かった。
支度…って言っても、特に用意する事もないんだけど…どうしよう。あんまり寝てないから少し寝ておこうかな。でも、布団に入っても寝れなさそうだしな…。
いよいよ…今晩…。そう考えると、胸の鼓動が早くなるのを感じる。手が汗ばんで、数日前の戦いの模様が目の前に広がる。
…頑張るんだ…珠紀の為に…皆と一緒に――。

「よーーーしッ!!」

玄関でそう叫ぶと、廊下で掃除をしてた美鶴ちゃんが本気でびっくりしてた。
ごめん、美鶴ちゃん…。






「なんだ、お前もう出てたのか?」
「やる気満々だな」

集合場所にやってきた鴉取さんと鬼崎君。

「私が来る前からここで待っていましたよ、名前さんは」
「…お前、いつから居たんだよ。もしかして、朝からずっと、とか言わねーよな?」
「そんな前じゃないですよ!…珠紀が戻ってくる30分前くらいから…」

張り切りすぎだろって鴉取さんに笑われた。

「だって…居ても立っても居られなくて…ここで皆を待ってれば少しは落ち着いていられるかな…って」

部屋でひとりいると…恐怖で逃げてしまいそうだし…。
もごもご言う私の頭に鬼崎君がポンと乗せられ、彼に顔を向ければ、心配するなって言って微笑んでくれた。

「んで、珠紀は?」
「まだ家の中にいるよ」

視線で家の中を指した直後、玄関の戸が、カラカラと音を立ててゆっくり開かれた。その先には真剣な表情をした珠紀の姿。

「みんな、来てるね。じゃ、出発しようか!」

明るく言う珠紀。でも、やはり恐怖は隠せないでいる。だって、声、震えてるもん…。

「ま、心配すんな。俺がいる限り、絶対安心だ」
「…俺がいる限り、ねぇ」

そんな珠紀の心情を悟ってか、鴉取さんが彼女の肩をバシっと叩いてそう言った。結構痛かったのだろう、珠紀は叩かれた場所を押さえながら呆れた様な目で鴉取さんを見て息を大きく吐いた。

「あ、おめ!なんだその溜め息!」
「やめましょうよ。敵と戦う前に仲間割れなんてカッコ悪いじゃないですか」

慎司君が二人の仲裁に入った所で、玄関の奥からパタパタと足音が聞こえて来た。

「…よかった。間に合った」

ほっと胸を撫で下ろしてこちらに来たのは、何かを手にした美鶴ちゃんだった。

「どうしたの?随分慌てて」
「珠紀様、これを」

そう言って差し出したのは、三枚の紙。赤い線で図の様な物が描かれているそれは、お札というやつなんだろうか?いつかこんな事が起きた時の為にと宇賀谷さんに言われて美鶴ちゃんが幾年もかけて霊力を練りこんだ霊札だとか…。

「いいの?そんな、大切なもの」
「封印の安否を決める重要な戦い。是非使うようにとババ様が」

そのあと美鶴ちゃんが珠紀に札の使い方を説明していた。それを傍目で見ていて、ふと思い出した。初めて珠紀に会った日のこと。あの時、珠紀が化け物を吹き飛ばしたのも、この札だったのかな?ってそんな事を思っていた。

「それから、発動するだけで凄まじく霊力を消費する霊札です。連続の使用だけは、避けてください」
「…ありがとう、美鶴ちゃん。大切に使うから…」

美鶴ちゃんは頷いて、それから私達を見回した。

「ババ様からの伝言を授かっています。今回のこと、全て珠紀様に任せる。みな、その言葉に忠実に従うようにと」

夕暮れの光射す中で、皆、珠紀を見た。

「教えてくれ、珠紀。俺達は、この戦いにおいて、どうすればいい?俺達はお前の言葉に従おう」

弧邑さんが静かに言った。他の皆も珠紀の言葉を待っている。静寂の中、少し考えて珠紀の出した言葉は、すごく単純な言葉だった。

「みんな、無事で帰って。夕ご飯は、みんなで食べようね」

その言葉を聞いて、皆笑った。私も笑った。なんだか、珠紀らしい言葉だな。
珠紀の想いが皆に伝わって、笑顔でその場を後にした。
大切な仲間が傷つく姿なんて、誰も見たくないよね。それが、自分の言葉一つで、命を投げ出しかねない人達ならば…。
そんな大切な人達と一緒だから、どんなに恐い事、無理だと思う局面でも乗り越えていけるのかもしれないね…。
まだ、私の少し前で言い合いをしてる珠紀と鴉取さんを宥める慎司君。その後ろで3人を笑顔で見てる。

「お前も笑ってろ」
「え?」

私の隣を歩いている鬼崎君が、不意にそう言った。

「そんなビビッてても仕方ないだろ?」
「だ、って…」

不安なものは不安なんだもん。
そう思って下を向くと、ギュっと頬を引っ張られた。

「ひょ、と!なにふんのよ」
「大丈夫だ。俺達は殺されない。お前達の事も守る。な?」

……不思議だな。鬼崎君が言うと、ほんとに大丈夫だって思えてくるんだもん。

「…うん」
「じゃあ、お前は俺達が頑張れる様に笑っとけ」
「……こう?」

ぎこちなく笑みを浮かべてみたら、鬼崎君はブッと吹いて笑った。
面白い顔って言って笑った。それを聞いた鴉取さんがどんな顔だよ、見せてみろ!なんて面白そうに言ってくる。

「人をおもちゃみたいに言うなー!」

ほんと、戦いを挑みに行く道中とは思えない雰囲気。でも、だからこそいいのかもしれないな。戦いが終わった帰りも、こうしてバカやって戻れたらいいな…。
そう、沈み行く夕日に向かって、願った…――。

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