い火蓋が切って落とされた


あれから数十分。私達は封印域の森を目的の場所に向かい、着々と進んでいた。
薄暗い森の中にまで差し込む夕陽が辺りを赤く照らしている。だが、この空間ではその鮮やかな赤も不安を煽るものでしかない。外界から隔離された様なこの場所には何度来たって慣れる事はない。不安をかき立てる静寂で不穏な空気。
奥へ奥へと進むにつれて、何度となく心に決めた決心が揺れ動く。忘れたくても忘れられない、先日の戦いを思い出してしまう。
珠紀はみんなで無事に帰るって言ったけど…本当に帰れるだろうか…。…ううん、みんなで力を合わせれば大丈夫!……でも…。
こんな葛藤、何度続けたか分からない。

「お?おまえ、ビビってるのか?」
「!――」
「し、失礼な!ビビってなんかいませんよ!」

私に言われたのかと思えば、前を進む鴉取さんが珠紀に向けて言った言葉だった。
反論する珠紀だが、図星だったのか、顔が赤くなっている。

「はははっ!そうやって怒る事自体、ビビってた証拠だな」
「お前の強がり程、見てて不安になるものはねえよ。こいつについてって、俺達本当に大丈夫なのかなってな」
「ちょっと、拓磨!それ、どういう意味よ!」
「いやいや、拓磨の言う通りだと思うぜ」
「真弘先輩まで、ひど!」

…仲良いなぁ〜。
不意に、笑みが零れるのが分かった。鴉取さんも鬼崎君も珠紀の不安を取り除こうとしてるんだな。私ももっとみんなと仲良くなりたい。今でも良くしてもらってるのに、私って我が儘なのかな?でも、あと1歩、みんなの中に入り込みたいって願ってしまう。
例えば…そう、名前で呼びたいな…とか。珠紀みたいに拓磨、とか真弘さん、とか…。名字で呼ぶのと名前で呼ぶのと、親近感が変わるでしょ!
……って、誰に言ってるんだ、私。
多分、私がみんなを名前で呼んでも、特に気にする事なく受け入れてくれるだろう。でも、…いきなりはこっちが結構緊張するもので…何かきっかけがあればいいんだけど…。

「考え事か?」
「えっ?!」

いきなり声を掛けられてびっくりすれば、私に歩幅を合わせるようにして歩く弧邑さんがいた。…こんな近くまで来てたのに全く気づかなかった。

「あ…あ〜うん、まぁそんな感じです」
「そうか…」

こんな決戦に向かう道中に考える事じゃないよね…。

「そのままでいればいい」
「え?」
「それくらい気持ちを楽にしていればいい。俺達がいる。お前は何も心配する必要はない」
「…はい」

そのままでいればいい…か。…ありがとうございます、弧邑さん。

「名前〜、拓磨も真弘先輩も酷いと思わない?」
「本当の事だろ?」
「…ふふっ」
「あ、何で名前も笑うの?!」

和やかな空気に思わず笑ってしまった。周りの重たい空気がここだけ軽く感じる。
それは、珠紀や私に気を配ってくれる皆のお蔭。

「珠紀…」
「ん?」
「…頑張ろうね、私たちも」

戦うわけじゃないけど…私達を守ると言ってくれた彼らの姿を見守る事しかできなくても…。

「…うん」

決意に満ちた珠紀の瞳。それを見守る守護者の皆。

「さ、もうすぐ社が見えてきますよ」

大蛇さんの言葉に、私達は目的の場所へ目を移す。
さっきまで辺りを照らしてた赤い光も徐々に闇に吸い込まれていき、重く濃い空気が増していくのが肌に感じて分かる。

「頑張って隠れとけよ、名前」
「頑張って隠れるって…た、…鬼崎君こそ、頑張って怪我するなよ」
「ははっ、そうだな」

頑張って名前で呼ぼうと思った試みは、一瞬にして砕け散った。やっぱり、いきなりは無理だよね…。でも…心の中でなら…呼んでも構わないよね?
…無事でいてね…――拓磨…。



***



社に着くと、辺りは闇に包まれ、夜空に輝く月や星々の光が淡く周りを照らしてくれてる。吐く息は白く、静かな闇に溶け込んでいく。さっきの和やかな雰囲気はどこえやら、みな、無言で辺りを警戒している。
ま、そうだよね。ここまできてふざけ合える程、楽なものじゃないってのは私にも分かるし。それでも、さっきの事があったからか、思ったほど緊張していない自分がいるのに驚いた。不安がない訳じゃないけど、心は静かだ…不思議な感じ…。

「…そろそろ、だな」

拓磨のその言葉に、月明かりに照らされて、金色の髪を柔らかくなびかせ、私達の前に現れた少女。彼女の後ろに控えるように、4つの影が見える。
私の横に居た珠紀が、ゆっくりと深呼吸をして少女、アリアに目を向ける。アリアも、珠紀と対峙し、立ち止まった。

「今一度問う。あくまで、逆らうというのだな」
「鬼斬丸を、世に出すわけにはいきません」

凛として答えた珠紀。それはさっきまでの珠紀ではない。玉依姫としての顔だ。

「考える猶予を与えてやったというのに」
「話し合いの余地は?」
「ない。面倒は好かない。邪魔をするなら、排除するだけの事だ」

淡々と放すアリアに、なお口を開こうとした珠紀。…だが、

「もう、いいぜ」

珠紀の肩に手を置き、一歩前に出る拓磨。

「あとは、俺達の仕事だ」

アリアの大きな瞳が、少し細められる。彼女の後ろに控えてた4つの影が、月明かり照らす場所に現れた。
アイン、ツヴァイ、ドライ、フィーア。私達の知る戦力を引き連れて来てる。
不意に、ドライがこちらを見て不敵に笑った様に見えた。その笑みに、背筋がゾクっとした。
彼を見るのは、ジョギング中に会った時以来だけど、その笑みは相変わらずのもの。…楽しんでいる様なその笑みに恐怖を感じられずにはいられない。…それと同時に、興味もある。彼は私の中の力について何か知っている…彼の知っている知識…それを知りたいって思う自分がいる。
そう思っていると、ドライがゆっくりと持っていた杖を地から放した―。

「どいてろ!」

風を切るように前に飛び出した真弘さんは、敵の集まる中央に突風を巻き起こした。しかし、その一撃は誰に当たる事もなく、敵はちりじりに別れる。

「みんな、お願い!」

珠紀の声に守護者の五人が反応する。それが合図となり、二つのグループに別れ、ついに戦い火蓋が切って落とされた――。


しおり
<<[]>>

[ main ]
ALICE+