私には、かったんだよ


戦いが始まってどれくらい経ったのだろう。私の中じゃ、もう何時間もこうしている様だ。それくらい長く感じる。
社の前まで戻ると、珠紀が皆を心配そうに震える手を握って見守っていた。傍に寄ると、少し安心した顔をしてくれて私もホッとした。
二人、顔を見合わせて社を守る様に立つ。眼前では変わらず戦闘が繰り広げられている。アインとツヴァイ、フィーアには拓磨、真弘さん、大蛇さん。ドライには祐一さん、慎司君。順調に進んでいた作戦も…少しずつ変わってきている。段々とみんなが押され始めてる。互角だと、もしかしたら優勢かも!…なんて思ってたけど…違っていた。
彼らは、本気じゃない。みんなが必死に戦っているのにも関わらず、相手は息一つ乱していない。そして…魔術師のドライ。彼の力は他の者達を凌駕していた。
あの老体のどこにあんな魔力が潜んでいるのだろう。祐一さんと慎司君が全力で戦っているのに、不気味な笑みを浮かべたままその脅威を奮っていた。みんな、頑張って思う半面、少し冷静な私が言っている…。
ダメだ…このまま続けちゃ…――。
その先は認めたくなくて、私は首を振って否定した。しかし、意志に追い討ちを掛けるように、拓磨を狙ったアインの震った拳が空を凪、その風圧が私達を襲い来る。
それに気づいた拓磨が、咄嗟に私達の前に壁となり、代わりにそれを受けてくれた。

「拓磨!」
「鬼崎君ッ」
「くそっ…」

崩れる体を支える私達。拓磨はアインに視線をやったまま私達に言った。

「おい、珠紀、名前、よく聞け。お前達は逃げろ」

囁くように言った拓磨は、なんとか立ち上がったが苦しそうに咳き込んだ。ビチャビチャと血を落として。

「拓磨、それ、ひどい怪我!」
「そんな怪我してるのに、私達が逃げるなんて出来るわけないでしょ!」
「こんなの怪我のうちにはいらねえよ――」
「おい!拓磨!そいつら逃がせ!」

絶え間ない剣戟の中で、真弘さんの声が響いた。

「真弘先輩もああ言ってる。いいから逃げろ…」
「でも――」
「足手まといなんだよ!早く逃げろ!」

同時にアインが私達目掛けて拳を振り上げ向かってきた。その攻撃に正面から受け止めた拓磨。

ドガァアアアン!!

凄まじい力のぶつかり合いで空気が揺れる。
彼らの言う通りかもしれない。ここにいても彼らの力になれるわけじゃない。守るものが多い分、彼らの負担も増える。でも、それは最初から承知の事…。
彼らは…感じてるのかもしれない。…私が認めたくない…最悪の事態を―。私は結局…何もできないの…?
不安に思ってると、ツヴァイの攻撃を弾いた真弘さんが、私達の前に立った。真剣な表情でツヴァイを睨みつけながら私達に言った。

「隙を作ってやる。その間に逃げろ」
「でも!」
「黙ってろ。俺の言うことは聞いとけ。この鴉取真弘先輩が保証する。悪いようには、絶対しない」
「…鴉取さん…」
「帰って夕飯の用意して待ってろ。美鶴の料理もいいが、お前らの料理も食ってみたいからな」

いつもの様にふざけた感じで言った彼は、凄く穏やかで優しい顔をしていた。

「じゃあな」

…だめ…。
真弘さんの見せた、寂しそうな笑顔。それが嫌な予感を引き寄せる。
彼らを止めなきゃ……でも、足が動かない。嫌な映像が、私の脳裏を離れてくれない。彼らがロゴス達によって、倒される映像が…想像したくないのに、何度も何度も頭を過ぎる。

「なにしてるんだ!早く逃げろ!」

ツヴァイの攻撃を受けながら叫ぶ真弘さん。
どうすればいいの…?逃げた方がいいの?でも、彼らを置いて逃げるなんて―!
そう思った時だった。

「……ダメだよ。それだけは、絶対に」

横にいた珠紀が、自分に言い聞かせる様に言った。
そして震える両手を前に翳した。その手には、美鶴ちゃんから貰った札が握られていた。

「略法!伏敵!急ぎ律令の如くせよ!」

叫んだ珠紀の声に応える様に、札に封じ込まれていた力が光と共に解放された。
凄まじいエネルギーの奔流は突風を巻き起こし、大蛇の如くうねりながらアインとツヴァイを襲った。思いもよらぬ攻撃に、アインとツヴァイが一瞬驚きの表情を見せ、次の瞬間、エネルギーの奔流に飲み込まれた。直撃だ。二人はその力に吹き飛ばされ、地を削り砂塵を巻き起こす。

「…すごい…」

その一言だった。横にいた私はその力を間近で感じた。そして一筋の希望が見えた。
これなら…、そう思った直後。

「略法!伏敵!急ぎ律令の如くせよ!」

先程放たれた力が再び解放され、今度はフィーアとドライを襲い掛かる。でも、確か美鶴ちゃんが…―

発動するだけで凄まじく霊力を消費する霊札です。連続の使用だけは、避けてください

そう言っていたはず。

「もう、一回!」

崩れそうになるの必死で耐えて、それでも三枚目、最後の札を使おうとする珠紀。

「珠紀ッ!!」
「略法!伏敵!…、急ぎ律令の如く、せよ!」

絞り出す様に叫ぶ珠紀の体は今にも崩れそう。私は駆け寄り、彼女を支えた。力の反動が、手にとって分かる。バリバリと音を立てて力が私達の周りをうねる。必死に力を制御しようと集中する珠紀の姿を後ろで支えながら祈る事しかできない。
お願い…私の中の力…どうか、珠紀の力になって――!!
すると、私の願いが通じたのか、うねる力の波動は先程のものより巨大な無数に光る蛇となり敵を追撃する。
その力が彼らを押しつぶし、打ち抜く。その衝撃、熱、轟音が一気に巻き起こる。

「―ハァ…ハァッ、お、わった?」

静寂が訪れた空間に、息を切らせた珠紀の声が響いた。轟音と砂煙舞う空間が、一気に静かになった。
…すごい。霊符って、こんなに力があるんだな。
感心していると、力を使ってふらふらになった珠紀が倒れかかってきた。それを受け止め、ゆっくり膝をついた。

「珠紀、大丈夫?」
「うん…なんとか」

ヘヘッと笑う珠紀の下に、守護者の皆が集まってきた。

「…何やってんだ。バカやろう」
「なんて無茶だ!霊符とはいえ、あんなもんをしかも三連発だと!バカか!死ぬぞ!」
「…無茶をするな」
「でも、無事でよかったです」
「本当に」

呆れる拓磨。怒る真弘さん。心配する祐一さん。ほっとした様な慎司君に大蛇さん。
皆が集まって、私も一息安心した。
安堵感から笑みがこぼれた…束の間、何かの気配を感じたのか、彼らがさっと境内に目を巡らせた。

「なかなかあがく」

そこに佇むはモナド・アリアのみ。

「残るは貴女だけよ。今すぐ、帰って、アリア」

立ち上がり、説得するように言った珠紀の言葉に、アリアは鼻を鳴らして笑った。

「…帰る?面白い事を言う女だな。あの程度の攻撃で、私のしもべが殺せるとでも思ったのか」
「…え?」

アリアが呟いた瞬間、倒したと思われたアイン、ツヴァイ、ドライ、フィーアがいつの間にか彼女の後ろに佇んでいた。
――嘘。だって、直撃したはず…。でも、彼らは今日、最初に会った時と全く変わった様子はない。傷も、疲労一つ見えない。
それに対して、こちらは皆疲労色濃い。月明かりで見ても分かる程顔が青ざめている。
それでも、目の前に敵がいる。再び私達を、宝具を守る様に立ち上がる守護者の皆。傍から見ても、もう立ってるだけで精一杯なのは分かるのに、それでもまだやれると言う彼ら。

「…もう一度問おう。封印を渡せ。シビル、そして――」

アリアの視線が私に移された。

「リメイン、おまえは私達について来い。そうであれば、見逃してやらぬこともない」

…リメイン?確かにアリアは私を見てリメインと言った。珠紀の事をシビルと呼んでる様な感じなんだろうか。でも、どういう意味なの?
静寂が流れる中で、皆が珠紀に視線を向ける。宝具か、仲間の命か。そんな究極の選択を迫られている珠紀の心情は、そうとうの付加がかかっていると思う。
私だったら、そんなの決められる訳ない。宝具も守らなければならない。だからって仲間の命を差し出す事もできるわけない。仲間だけじゃない、自分達の命だって危うい。
でも、ここで宝具を渡さないと結果は明らかだ。
雲間から月明かりが覗く。その光が戦いの激しさを目の当たりにさせる。崩れる石畳。なぎ倒された木々。痛々しい程の戦場の爪跡。
それを眺め、珠紀は覚悟を決める様に瞳を閉じ、ゆっくり開けた。そして――

「…封印は、わたせません」

はっきりと言った。

「これだけの力の差を見せつけられ、なお抗おうというのか、シビル」
「私は、みんなを信じてる」

その言葉に、守護者の表情が柔らかくなる。

「みんなが戦うと言ってる。まだやれると言ってるのに、それを信じなくて、何が仲間だっていうの」

私はその言葉に、胸が苦しくなった。
珠紀の言葉は嘘ではない。本当に仲間を、玉依姫と守護者の立場なんて関係なく、彼ら自身を信じてる。それなのに…私は不安に思って、大丈夫だって自分に言い聞かせてる半面、もうダメだって何度思ったか分からない。彼らを信じてない訳じゃないけど…。

「私は、戦う」

…そうか、分かった。戦うという意味を理解してなかったんだ。
私には、なかったんだよ。…戦う覚悟が、――。

「よく言った。少し、見直した」
「後は任せとけよ。なんだったら寝て待っててもいいぜ?」
「期待には応える」
「信頼には誠意を、ですね」

彼らの言葉が、私の胸に刺さる。

「回復」

私達に向けて、慎司君が言霊を紡ぐ。すると、体の疲れが少し抜けた様な気がした。

「気休め程度ですけど。…力はまだ足りないかもしれませんけど、珠紀先輩と名前さんの事は、守りますから」

慎司君の優しさが、胸をしめつけ、涙が溢れそうになった。彼の優しさもあるが…でも、それだけじゃない。…私の弱さに、言葉にできない悔しさが込み上げてきた。

「…みんなで、帰ろうね」

誰に言うでもなく、呟いた珠紀の言葉。それが引き金になったかの様に、再び戦いが始まった。

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