ツンデレってやつか
森に入ってすぐ変態改め、遼に出会って数十分。私達は当てもなく森の奥へと進んでいく。運がいいのかタタリガミにも出会わず順調に進んでいる。でも、これが正解の道なのか、私にはわからない。ぶっちゃけ、この森を進んでドライに会える保証なんてない。
それに、足首の傷口が開いたみたいでジンジンと傷が疼く。歩く度に響く痛みが顔を引きつらせる。でもそれを隣で歩く遼に気づかれたくはない!
私は必死で何事もないように先を進む。
「……おい」
「え?何?」
少し後ろを歩いていた遼がぶっきらぼうに呼びとめた。
私の目の前まで近づいた彼は、急に屈んだと思うと、包帯を巻いた足首をギュっと握った。
「いだっ!!痛いわー!!な、にすんのよ!」
「血の臭いがすると思ったら、やっぱり傷開いてんじゃねーか」
血の臭い?……そんなのするか?クンクンと屈んで嗅いでみるが…そんなの全くわからない。
「ちょっとそこ座れ」
「大丈夫、これくらい」
「悪化してお前抱えるのは面倒なんだよ」
「だ、誰もそんな事頼まないよ!!」
「うるせぇな。その口塞ぐぞ」
「塞げるもんなら塞いでみなさいよ!言っとくけどね凄まれたって私は―」
言葉を続けようとしたけど、驚いて言葉がでなかった。
「…いいのか?塞いでも」
あと少しで互いの口が触れ合うという程近くまで、遼の顔が迫っていたから。
紅い瞳が、綺麗な灰色の髪が、声が…心臓の鼓動を早くする。彼の息を近くで感じて、何が起こったのか頭が混乱してしまう。
「…わかったら座れ」
何も言う事もできず、コクコクと頷いて言われるがままその場に腰を下ろした。
足首に巻かれた包帯を取っていくと、徐々に血の滲みが露わになってくる。包帯が取り払われると、横に入った傷口から鮮血が滲み出ていた。
今まで大丈夫とか思ってたけど、傷口見ると急に痛みが増す様に感じるのは何でだろう。ジンジンと疼く傷口を見ていると、急にその足が上げられた。
「…?!ちょ、ちょっと!!」
いきなり足を上げられて何?って思ったら、遼が足首の傷口を口に含んだ。
「な、なにすっ、!」
傷口をなぞる様に舌が這う感覚に、顔の温度が急激に上がっていくのが分かった。
遼が口を放し、私を見る。その顔は面白いものを見るようにニヤリとしていた。
「な、…なにすんのさ!」
「消毒してやったんだろ。感謝しろよ」
「だ、…だ、だからっていきなり、その…」
あんな事するなんて…ほんと、やめてよ…。嫌味なヤツだけど、顔だけはいいし…なんか…ドキッってするでしょ!…なんて絶対言わない。
「それよりお前、ハンカチとか持ってねぇのか」
「え…あ、うん。ない」
それでも女かよって言葉は受け付けませんよ。
私の言いたい事を察したのか、遼は溜め息一つ落として着ていた学ランを脱ぎ、私に投げた。と、思ったら、中に着ていた黒いハイネックのシャツの袖を引きちぎった。
「な、なにしてんの?!」
「見てわかんねぇのか」
「わ、かるけど…でも――」
引きちぎった袖を、口で切り口を入れ一枚の布に噛みきる。それを、手荒に私の足首に巻きつけた。
「……ありがと…」
遼は何も言わなかったけど、それが彼っぽいなって思って一人で笑った。
「何笑ってる…」
「べ〜つに?」
「…ふん」
嫌なヤツだけど…憎めないヤツだよね…遼って。
「…ツンデレってやつか」
「…は?」
「ううん!なんでもない!」
心の中で止めておこうと思ってた言葉が不意に声になって出てしまって慌てた。変なヤツだと言ってスルーしてくれて助かった…。
遼が私の手を引いて立ち上がろうとした時、森の奥から妙な気配を感じた。遼もそれ気づいたのか、私を庇う様に前に出て、こちらへゆっくり近づくソレをじっと睨んで警戒した。
暗い森の奥から、やっと見えてきた影。それは、怪しい笑みを浮かべたまま、ゆっくりその姿を露わにした。
「こんな所でデートというやつですかな?リメインも隅に置けませんな〜」
彼はからかう様に言った。
「……ドライ…」
私が会いたいと願ってた人。会って、色々聞きたいと思っていた人。
でも、実際会うと…言葉が出てこない。彼が纏う暗い空気のせいなのか、力に押さえ込まれる様に言葉も喉の奥へと追いやられる。
「しかし…デートをするなら他の場所がいいのでは?こんな森の中では、魔物に襲われかねませんよ?例えば――」
優しそうに言う彼の瞳が、ゆっくりと私を捕らえた。
「…私とかね…」
射られる様な視線を浴びて、私の足がガクガクと震え出す。
怖い…一歩でも歩けば…ううん、息一つするだけで殺されそう。首に鋭利な刃物を突きつけられている様な感覚だ。
でも…ここで引いたらダメだ!なんの為にここまで来たの!
自分に言い聞かせ、私は遼の一歩前へと出た。
「ドライ…あなたに聞きたい事があって来たの」
「…ほう。私に聞きたいことと…。なんだろうね…」
分かっている様な口ぶりだ。でも…彼は私が聞くまで答えてはくれないだろう。
「……私の中の…力について教えて。何か知ってるんでしょ?」
「知っているか知らないかと問われれば…知っている」
やっぱり…。
「教えて。この力は何なの?」
「それを知って…どうするんだね?」
「…みんなの力になりたい…。足手まといになりたくないの…」
う〜んと考え込むドライ。…ううん、考え込む素振りを見せているだけ。私が必死になっているのを見て、あざ笑っているようだ…。
「それは困りますな〜。敵に塩を送るようなものですしな…」
言葉と裏腹に彼の顔から笑みが消える事はない。
「…ま、知った所でどうにかなるものでもないと思いますがね」
「そんなの…分からないじゃない」
「ほう…」
「何もしないまま…みんなの後ろに隠れて…彼らが傷つくのを見てるだけなんて…彼らを…傷つけるのなんて…いやなの」
震える声。喉や目が熱くなる。
あの時の悔しさ、苦しさが何度となく押し寄せる。でも、それをどうする事もできないもどかしさ。もうあんな思いをしたくない。
自分が傷ついても…私を守ってくれた…拓磨や、皆の為に!!
「…そこまで言うなら、お教えしてもいいですよ?」
「本当?!」
「しかし、ここで教えるわけにはいきませんな」
「…え?」
「私についてきて下さい。なに、悪いようにはしませんよ。お茶でも飲みながらその力について語りあいましょう」
なんだか…怪しいセールスマンに声を掛けられている様な感じだ。行ったって良い事がないのは目に見えている。…でも、行けば確実に力について知れるとは思う。…でも、みんなの下に帰れるか…って考えたら、その保証はないかもしれない。
絶対に力について知りたい。その気持ちは変わらない。…でも…――
「さぁ…どうするんだね?」
もし、このまま帰って…また彼らを傷つけてしまったら?…あの苦しみを、後悔をまた繰り返すだけ…。行けば…力について知れる…それに、……私が傍にいなければ…彼らがこの力で傷つく事はない…。
…迷ってられないよね…。凄く怖いけど…未だに震えは止まらないけど…それでも――
「わかっ、――!」
わかったと返事をしようとした時、いきなり後ろにいた遼に腕を引かれた。
「てめぇ、正気か」
「……その為に…来たんだもん」
私を捕らえる紅い瞳。バカか?と言いた気なその瞳から、私は逃げるように視線を逸らした。
「さぁ、デートはお開きだ。…リメイン、こちらへ」
私を促す様に、杖をついていた手を森の奥へ向けた。
覚悟を決めて彼の下へ足を進め様とする。が、私の腕を掴んだ彼の手は離れない。離れない所か、グイッと引っ張られ、体勢を崩した私は彼の胸の中へと飛び込んだ。
「悪いが、こいつは渡せねぇな」
え?
胸に納まった私を、彼の腕がしっかりと抱く。耳元に聞こえる、彼の鼓動がしっかりと聞こえ、それに同調する様に高まっていくのが分かる。
「…ほう。それは何故かな?無関係の君がなぜ渡せないと?」
「こいつの匂いが、てめぇみたいな血生臭いものに変わるのは気に食わねぇ」
「…そんな理由で。…ハッハッハッハ!実に面白い…」
高笑いをするドライ。心底面白そうに笑う彼。
「では…――君を始末してから、ゆっくりリメインと語り合うとしよう」
「?!」
目が…笑ってはいない。ドライは…本気だ…――。
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