気にしてるのは私だけか


…ん?

閉じていた瞳をゆっくりと開ければ、そこは何度と見た景色が広がっていた。

また…か。

ここ最近毎日の様にみる夢だ、と冷静に思った。そして予想した通りに景色が段々変わっていく。靄が晴れ、空と大地、光る剣の周りに地を埋め尽くす程の淡い光が生まれ、禍々しく黒い風が吹く…そして、私を包み込む光。
初めてみた時は何なの?!って慌てたけど、もう慣れてしまった。そして、聞こえてくるはず…あの声が―。

―我を…解放せよ…

ほら、やっぱり聞こえて来た。
ねぇ!何度も聞くけど、あなたは誰なの?!解放するってどういうこと?

―我を受け入れよ…

同じ事ばっかり言ってないで、どうしたらいいのか聞かせてよ!!

聞き飽きた言葉に苛立ちを覚え、私はどこから聞こえるかも分からない声に向かって叫んだ。

―受け入れよ…

…え――

今までより、間近に感じた声に驚いた瞬間、目の前にあった靄が光り、私を包み込んだ。
それはいつもみるものと同じだった。でも、次の瞬間その光は体へと溶け込み、私の中で暴れまわる。まるで窮屈だ、と殻を破る様に。

ァ、…ぅぁああぁあぁあああああ!!

夢の中のはずなのに、リアルな苦しみが襲ってきた。心臓が押し潰され、皮膚を裂くような痛みが身体中を支配する。痛みだけじゃない。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、全てが奪われていく感じ。

やだ…だ、れか…だれかっ!!

必死に自分自身を繋ぎとめ様ともがいても、薄れゆく感覚。その先に見えるのは……真っ暗な闇――。

―受け入れよ…我を…受け入れるのだ―

…、ッ、ぃやぁぁあぁぁああああああああああああ!!!


「っぅあッ!!」

ゆ…め…?
でも、夢であった事を疑いたくなるくらいきれた息。身体中に広がる疲労感に服を濡らした汗。ただ怖い夢をみただけでこんなに疲れた事はなかった。まるで、夢じゃなくて現実だったんじゃないかと思ってしまうくらいに。

「…っ、あれは…」

夢だったけど…あの感覚…体が覚えてる…。あの時と一緒だ…皆を傷つけてしまった、あの時の感覚と…―。

「……変な寝方しちゃったからかな…」

珠紀が学校から帰ってくるまで、美鶴ちゃんの手伝いをして待っていようって思ってたけど、また傷が開いたらダメだからと受け入れてはくれなくて。
仕方ないから、部屋の壁にもたれて座ったまま空を眺めてて、珠紀は調べるって言ってたけど、どう調べるんだろうって考えてたら…いつの間にか寝てしまったみたいだ。

「うけ…いれよ……か…」

擦れる声で呟いた言葉は自分でも聞き取り辛い程小さかった。
受け入れる…受け入れろっていうのは……あの苦しみを…?私の中から飛び出そうとしたあの力を…って事?
それを…もし、受け入れるとして……そしたら、私は皆の力になれるっていうの?

「……おしえてよ…」

ねぇ、私に話しかける声さん。お願いだから、教えて。
自分の体をギュッと抱きしめた。自分のものであるのを確かめるように。

「苗字さん、いらっしゃいますか?」
「…うん、いるよ。…なに?」
「夕飯の買い物に行って来ますので、少し家を空けますね」
「うん、わかった。いってらっしゃい」

襖越しに喋ってた美鶴ちゃんが、スタスタと静かに部屋から離れていく足音が聞こえなくなると、シンと静寂が訪れた。
自分の心臓の音が妙に大きく聞こえる。それ以外は、本当に何も聞こえてこない。

孤独。

そんな単語が似合う…この空間…。

「……着替えなきゃ…」

沈んだ気分を振り払うように、私は疲れて力の入りにくい体をゆっくりと動かした。



***



「……涼しい」

外の空気を吸おうと境内までやってくると、ひんやりと冷たい風が流れゆく。さっきまであったモヤモヤしたものも一緒に流してくれそうだ。
夕陽も傾いて来た。日も短くなったな〜秋も終わりだもんね。
ぼぉーっとそんな事を考えていると、石階段の方から声が聞こえて来た。声の主は珠紀だってすぐわかった。でも、一人じゃない。独り言にしては声が大き過ぎる。
誰か一緒なのかな?あ、美鶴ちゃんかな?買い物行ったし、帰りに一緒になったのかも!
そう思って、彼女達を迎えようと鳥居まで歩こうとした時、珠紀の頭が見えてきた。その後ろに続くのは美鶴ちゃんの姿ではなかった。

「…あ」
「名前、どうしたの?そんな所で」
「歩き回ってたら、また傷口開いちまうぞ」

珠紀の後ろにいたのは、いつもの様に不敵な笑みを浮かべる真弘さんと、拓磨だった。

「拓磨と真弘先輩にも手伝って貰う事にしたんだ!」
「そう、なんだ」

とりあえず荷物置きにいこうと珠紀達は家の中に向かった。

「体、大丈夫か?」
「うん…大丈夫」
「そっか」

珠紀や真弘さんと一緒に家に向かおうとした拓磨が、私の前で止まって私に声を掛けてくれた。でも私は、昨日の事があって…気まずい。
昨日、彼が差し出した手を避けてしまったから…。でも、拓磨は気にしていない様でいつも通りだ。
…気にしてるのは、私だけか…そっか…。

「なにしてんだ?行くぞ」
「、うん!」

呼ばれて私は慌てて彼らの後を追った。

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