私は、拓磨がきなんだ…


「…で、どこで、何を、どうやって探すんだ?」
「心当たりならあるの。覚えてない?」
「…あれだろ?お前が貧血でぶっ倒れたあの…」
「それは余計な一言だよ、先輩」

家の裏手に向かう3人について歩いていた私は、静かに前で交わされる言葉に耳を傾けた。
何でも、私がこの村に来る前に今日の様に玉依の事について調べようとした事があるらしい。その調べた場所があるが、途中で珠紀が体調を崩して最後まで調べきれてないのだと。
裏手に回って見えてきたのは、私も何度か目にした事がある大きな蔵。ここが珠紀の言ってた心当たりある場所みたい。こんな近くに手がかりがあるかもしれない…もしあれば、一大決心してドライに会いに行った意味は…なんて考えたけど、これで前に進めるなら…。
4人で蔵の前に立つ。年代物の扉には小さな鍵穴が中央にあるだけ。
鍵は…開いてるのかな?珠紀の手には、家から持ってきた電池式カンテラだけで、鍵らしいものは握られていない。

「開ける呪文は?」
「…主来たれり」

珠紀がそう呟いた瞬間、目の前の扉がギィィと音を立てて静かに開いた。
何これ?!自動扉?…あれか、今のは開け〜ごま!みたいな感じの意味なのかな…。
びっくりした私を余所に、3人はゆっくりと蔵の中へと歩みを進め、私もその後に続き、中へ入った。
蔵の中は長年人が出入りしていないようで、かび臭く空気がひんやりとしていた。壁の高いところにある明り取りの小さな窓から差し込む光が辛うじて辺りを照らしている。
古びた書物が棚にずらっと並べられ、そこから溢れたものは無造作に床に積まれている。
珠紀は奥へ、拓磨や真弘さんも各々本を取り、難しい顔をして書物を漁っている。
私も近場の本に手を伸ばして開いてみたけど……読めない。
ま、こんな古い本だから、教科書みたいにプリントされた文字で書かれてるとは思ってなかったけど…。よく博物館とかに展示されてる書物を思わせるそれを、学者でもない…しかも古文苦手な私が読める訳もなく、他の物にも手を伸ばすが、どれも同じ様なもので、自然と溜め息が漏れる。
やっと何かつかめると思っていたのに…と半ば投げやりに取り合えず次々と本を手に取るが、どれもこれも同じ様なものばかり。

「……読める」

奥にいた珠紀の言葉に私は驚いた。他の二人には聞こえないくらい小さな声で呟いた珠紀は、これじゃない、これも違うと次々と書物を取っていく。
焦ったような、いつもの珠紀じゃない姿に戸惑いながら彼女の横に近づいた。本を取って捲り、棚に直すの動作を繰り返してた珠紀の体が、ある本に手をかけようとした瞬間、ピタッと止まった。

「珠紀?」
「…これ…――」

私の呼びかけは聞こえてないのだろう。珠紀は手にした一冊の本の埃を払い、ゆっくり表紙を捲りながらその場に座った。私も彼女に合わせる様に隣に座り覗き込むが、ミミズの様な文字が書かれており、やはり私には読めない。

「―天地初めて発(ひら)けし時、高天原(たかまのはら)に成れる神の名は、天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)…」

淡々と珠紀が本を見つめ、言葉を紡いだ。

「…天地が初めて分かれた時、高天原に成り出た神の名は、天之御中主神であった。主神にして一の神、全ての始まりの神はしかし、現われてすぐに、姿をお隠しになった。自分のような力ある存在がこの世にあっては、次の神が生まれないと考えたからだ」

内容は神話のようだ。この世を作った神様の話。

「―しかし天之御中主神は隠れる際に自らの半身を剣に宿し、それを地に落とした」
「…!」

その一文で、私はハッとした。……私…これ、知ってる…――。

「―万象に先駆けて存在したその剣は、どの神よりも古く、またどの神よりも力を持っていた。一の神はこうお考えになっていた。これから生まれる弱き者、小さき者に戦う術があるように、また自分の力がすべからく世の隅々まで浸透するように。後に五柱の神が生まれ、神代七代となり、またさらに多数の神が生まれた。」

言葉の先を聞く度に、私の心臓がドクンドクンと音を鳴らしてゆく。

「―その剣は悪しきものが使えば全てを滅ぼし、良きものが使えば今生の世を清浄すると言われた。神代の御世みなると、神たちは無限の力となりうる一の神の剣を巡り、争いを続けた。―」

段々と鮮明に脳裏に浮かぶ情景…。それは、毎日見る景色…―。

「それは闇を呼び、地を割り、海を荒れさせ、地上を今あるような形とした」

寒くもないのに震える体―。それを抑えようと無意識に腕を掴んだ。

「―いずれも決着がつかぬと見ると、神たちはお互いに停戦を申し入れる。神の中から一人を選び、その無垢な娘を剣の管理者とした。それは海のカミの娘であった。娘は自分の血と剣を結びつけ、剣の力を永久(とこしえ)に封じた。その名前は………玉依姫命(たまよりひめのみこと)」

珠紀が言葉を詰まらせた。自らの胸を掴み、少し苦しむ顔をした彼女の目は焦点があっていない。きつく目を閉じ、黙ってて…と呟いた珠紀は、ゆっくり息を吐き、瞳をまた本に向けた。

「―その後、何かが原因で剣の力が解放された。その力は天を焼き地を引き裂いた。あまねくものが闇に覆われ、光は姿を消す。そのような有様が千年(ちとせ)に続くと思われ……」

闇に覆われ…光は姿を…―。
珠紀の言葉を自分の中で繰り返して呟くと、それにあわせて脳裏の情景が動いていく。大地を覆う闇が、眼前まで迫り…そして、光は――
そんな時、目の前に居た珠紀がドサッとその場に倒れて、私は意識がはっきりとした。まるで夢の中にいたかのように頭がボーっとするが、それを振り払い、倒れる珠紀に手を伸ばした。

「珠紀、大丈夫?」

意識ははっきりしてる。でも頭を抱え苦しんでいる。でもすぐに体を起こし、息を整える珠紀を見て、私はホッと胸を下ろした。

「平気か?珠紀」

珠紀の倒れた音を聞いて駆けつけた2人が私の後ろで様子を伺ってる。珠紀は大丈夫だと言って、さっき読んでいた本の内容を彼らに話した。その話を聞いて、再び私の脳裏にあの景色が広がる…。どうして…あの夢が…―。

「…ほんとに神話だな。それが事実だと?簡単に信じるにはちょっとばかりおとぎ話過ぎないか?」
「今の状況を考えれば、それが事実なんだと思うよ。私は」
「…事実、なんだろうな。その剣が解放されれば、なんだ、天を焼き、地を裂き、闇が覆う、か?ぞっとしねえな」

ぞっとしねえという真弘さんの言葉とは裏腹に、私は皆に悟られない様に震える手をギュっと握った。
事実…。それは大昔、神代にあった事。…それを、何故私は夢に見たの?…玉依姫である珠紀の家にいるから、そういう夢をみるってだけ…?でもそれなら、珠紀だって見ててもおかしくない。しかし、そんな感じではないようだ。
嫌にリアルに浮かぶ情景。剣、光、闇…。珠紀の手にある本に書かれたものが、そのまま脳裏に鮮明に描かれる。
…私だけ…なの?どうして?

「…こっちも見つけたぞ。新たな新事実。これはおまえの言う神代なんて昔の話じゃないけどな。……ロゴスについて、だ」

後ろで拓磨が持っていた書物の内容を話し出した。
ロゴス。アリアやドライが名乗ってる組織。そのロゴスは過去、何度もこの村を襲っている。数十年単位で、何度となく同じ組織と玉依、守護五家は対立し、それを退けてきたらしい。
そして先代の玉依姫である珠紀の祖母、宇賀谷さんもロゴスの襲撃を退けている。
以前までの敵はこの村を守る強力な結界により手も足も出ず、襲撃と言うより調査に来たという感じだったらしい。
だが、今回は違う。桁外れの力で結界内部に簡単に入り込み、宝具を奪った。その力の強大さは対峙した私達が一番よく知っている。

「どのみち、俺達の戦える相手じゃねえんだ。いくら調べても、意味なんてないのかもしれねえよ」
「…真弘先輩、待って話はまだ」
「無駄だろ。珠紀、こんなところにいても一緒だ。あいつらには勝てない。無駄だよ」
「ちょっと!」

そう言って、真弘さんは蔵を出て、珠紀はその後を追った。でも、私はその場所を動く事ができなかった。珠紀が床に置いたままの、あの本から視線が外せなかった。

「…名前?」

後ろで、拓磨が私に呼びかける。どうした?と声を掛ける彼に大丈夫だって答えたいけど…微かに震える体が、声を阻む。

「わたし…これ…知ってる」
「え?」
「わからないけど…知ってる…」

自分で何を言ってるのかわからないけど、でも上手く言えない。夢にみたあれと、この本に書かれている事がイコールだと断言できる訳じゃない。でも、そう、思ってしまう。
ドクンドクンと鳴る鼓動。私の中の力が何か教えようとしているみたいだ…。それと同時に体の震えが大きくなる。私は必死に震えを止めようと腕を掴んだ。

「……こわい…」

呟いた言葉は、光の薄れ行く空間へと飲まれていく。
夢で見た闇は私を襲い、光は私に解け、そして私自身を支配してゆく。私が、私でなくなる…それは、夢の中や、現実でも味わった恐怖。

「またあの声が聞こえてきそうで…自分の身体が…自分のものじゃなくなるような…意志とは関係なく操られるみたいで」

不安を言葉にすると、泣きたい訳じゃないのに涙が溢れる。
座ったまま蹲り、瞳を閉じると…この空間に自分だけしか居ないような感覚に襲われる。夢の中でみた、霞みがかった空間に独り…。

「今まで独りでいるのは当たり前だったのに…今は、独りになるのが…怖い。私が…なくなりそうで…また…誰かを傷つけてしまいそうで……」

途切れ途切れの言葉。それでも私は今まで思っていた不安を全部言葉にした。私が知りたいと願っていた手がかり…それを拒否するように…。

「…こわいよ…っ――」

そう呟くと…ふっと温かさに包まれた。それが、彼のものであると気づくのに、少しの時間もかからなかった。

「もし、お前がお前でなくなりそうになったら…俺が呼び戻してやる」
「……鬼崎、くん」
「また、お前が暴走したら…俺がちゃんと止めてやる」

後ろから優しく抱きしめる彼の腕に力がこもった。

「お前は、一人じゃない……俺が傍にいてやるから、心配すんな」

鼓動が高まった。恐怖から込み上げるものではない…。嬉しいのに涙が溢れて止まらない。心臓を掴まれた様に胸が苦しくなる。
いつも…そうだ。拓磨は、いつもこうして私を支えてくれる。
化け物に襲われた時も、皆の傍にいられないと悩んだ時も、…いつも拓磨が私を守ってくれた。
…私…皆の力になりたいって思ってた…。…でも、違う…皆の力になりたいって気持ちもあるけど…それ以上に…拓磨の傍に…彼の力になりたい…。
私を抱く彼の腕にそっと手を添えると、今まで霞がかった気持ちが、はっきりとしてきた。
…私は、拓磨が好きなんだ…―。

「…ありがとう…」

背中から伝わる彼の温もりに抱かれ、それをかみ締めるようにゆっくり瞳を閉じた。

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