珠紀と一にサボり〜


森の奥深くに、暗闇にまぎれる様に立った館。その一室に揺らめくロウソクの炎に二つの影。

「本部から、ドライに関する調査の結果が返ってきました。ドライ、三番目の従者になるべき人物は、やはり別にいたようです」

机に置かれた羊皮紙の束は、アリアの考えを肯定するものだった。

「では、本来私の元につくはずだった人物はどうなった?」
「別の任務に就いた際に失敗。命を落としています。そして、代わりにあの魔術師が我々の元に」

アリアは僅かに目を細め、揺らめく炎に目をやった。
ドライ。
従順な様で、時折許可もなく妙な動きをする彼に、アリアは不信感を持っていた。それが決定的になったのは、数日前、フィーアの元に届いた特殊な暗号文。
それは、ロゴスの者には馴染み深いゲマトリア、数秘術による暗号書であった。

『三番目は聖女を利用する』

暗号はそう読めた。色々考える要素はあるが、アリアは直感的にこれが事実ではないかと考えていた。

「…ドライはどうしている」
「はい。あれから館から出る事はせず、大人しくしています。監視を任せていたツヴァイと一言二言、言葉を交わした程度のもので」

ドライの行動に不振を覚えたアリアは、彼の行動を規制し、自分の信用のおけるものにドライの身辺調査を依頼したのだ。その結果…。

「……ドライ、三番目は欠番になる予定だった、か。しかし、ロゴス上層部があの魔術師を私の配下に組み入れたのもまた、事実」

アリアは目を閉じ、小さく溜め息を吐いた。

「やはり、封印の破壊はしばらく待つ」

その言葉にフィーアは頭を垂れた。不意に揺れる炎に不安な気持ちを抱いていた。



***



久しぶりに目覚めがよかった。
夢は見た。毎日見る夢。でも、いつもみたいに不安な気持ちはなかった。

―お前は、一人じゃない……俺が傍にいてやるから、心配すんな

昨日、拓磨から言われた言葉。その度に、身体中の血液が顔に集まった様に熱くなる。

「傍にいてやる…か…」

何度も言われた言葉だが、自分の気持ちに気づいてからこの言葉を思い出すとドキドキが止まらず、自然と笑みがこぼれる。
ふふふふ、と怪しい笑いが口から出てしまう。それを周りに知られない様に布団で口を押さえ、ゴロゴロとのたうちまわる姿は、他の人から見たら滑稽だろうな。
でも、ふと昨日の事を思い出した。
あの後、蔵の外から真弘さんの声が聞こえて行ってみる。その声は少し怒りを帯びていた。何かあったのかと拓磨と目を見合わせ外に出ると、珠紀と真弘さんが対峙して立っていた。

「こんなわけわからねえ状況で、敵が現われたから戦えって言われて!絶対に勝てないのわかってて、それでも戦って負けたんだ!なのに、なんでだよ!おまえが言うほど、俺は強くないぞ!勝手に人に、自分の理想押し付けるな!」

悲痛な真弘さんの叫び。
いつも自信満々で、俺に任せておけ!って言ってる真弘さんからは想像できない。…ううん、これが彼の本心なのかもしれない。

「お前がどう思ってるかなんて知るか!あんなの、どう倒せっていうんだよ!これ以上何すればいい!言えよ!教えろよ!」

その瞬間、私の横にいた拓磨が真弘さんに拳を上げた。いきなり殴られた真弘さんは、拓磨に拳を上げたが、気持ちをそがれたのか、静かにその拳を下ろした。
攻撃しようとしてやったもの…じゃないと思う。だって、真弘さんの思いを一番わかっているのは、他でもない拓磨だと思ったから。その後、震える声で珠紀は言った。

まだ、望みは、捨てちゃだめだと思います…。

それは自分自身に言っている様だった。切なく、胸が張り裂けそうな言葉。それを分かってか、真弘さんはそれを否定しようとした言葉を切った。
そのまま気まずい雰囲気を残しまま蔵を後にした。

「…珠紀…大丈夫かな」

境内で解散して家の中に入った珠紀は夕食にも顔を出さなかった。それから珠紀の姿は見ていない。
珠紀が悩んでいる事を知っていた。だから、昨日真弘に言われた言葉は結構きつかったと思う。見ていた私でさえ、胸が鷲掴みされた思いだった。
今日、珠紀に会って、どう言葉をかけよう。頑張れ…って言うのは簡単だけど、みんなは私なんかより頑張ってる。そんな彼女に、頑張れなんて言葉はかけられない。
どうすれば…。そう考えながら着替えを済ませ部屋を出ると、台所から美鶴ちゃんが出てきた所だった。

「苗字さん。おはようございます」
「おはよう、美鶴ちゃん」

声を掛け、彼女の元に歩いた時、美鶴ちゃんの近くの襖が開いた。そこは珠紀の部屋の襖だ。そこから出てきた珠紀は、目の前にいた美鶴ちゃんに少し驚いた様だ。それは美鶴ちゃんも同じ様だ。

「あ、珠紀様。お、おはようございます。今日はどうなされたんですか?もう学校に行く時間ではと…」
「ん?今日は学校、行かないよ」

そう言った珠紀は、確かに制服を着ていない。

「え?えーと、それは」
「登校拒否」

呆気に取られた美鶴ちゃんは、難しい顔をして考え込んで、やっと出てきた言葉は―

「あ、でも、お弁当は…」

そこ?!心配するとこそこなの?登校拒否のトコは触れず?と、心の中で思いっきりツッコミを入れてしまった。
ありがたくいただきます!と言う珠紀の言葉にホッとする美鶴ちゃんの笑顔。
でも、どうして珠紀はいきなり登校拒否?…真弘さんと気まずいから?
珠紀を見ると、目が腫れ、泣き明かした顔をしている。でも、その瞳は真っ直ぐだ。何かを決意したような…。何をしようとしてるか分からないけど…でも…。

「じゃあ、私も珠紀と一緒にサボり〜」

スキップ気味に彼女達に近づいた。少し驚く珠紀だが、すぐ笑顔になった。

「サボりって、名前は学校行ってないじゃない」
「その辺は言いっこなしだよ!一緒にいてもいいよね?」
「…うん」

ありがとうと小さく呟いた珠紀は、私の手を取って居間へ向かった。
なんて言葉をかければいいか分からなかった。今でもまだ分からない。でも、一緒に調べようと言ってくれた彼女。だから、私も何も言わず彼女の傍にいよう…そう思った。

しおり
<<[]>>

[ main ]
ALICE+