は利用されている


「…まったく、片付いている様で片付いてないんだから」

朝食を食べて、そのまま蔵へ来た。それからもう3時間、資料を漁りまくっているが、私が読める本なんてほとんどない。たまに辛うじて分かる本があっても、よく分からない内容のものだったり…。珠紀は読める様で黙々と資料を調べている。
私はどうしようと悩んで周りを見渡すと、一冊の本が目に入った。昨日のまま、その位置に置かれている、珠紀が読んでいた…神話の本。

「……」

ゆっくりそれを取り上げ、めくってみるが…やっぱり読む事はできない。でも指で文字をおうと、不思議と内容が頭に流れ込んでくる。靄あつまり光となり…そこから光る剣が生まれた。
集まった光が最初に生まれた神、天之御中主神 。そこから生まれた力を、神々が奪い合う。それが…私の力と関係しているのか?でも…その先はまだ闇の中、なにも分からない。文字を追ってくと、擦れて見えにくい部分がある。昨日珠紀が読んでいたその先の部分。その箇所に指を触れようとした時、珠紀の呼ぶ声が聞こえた。

「珠紀、呼んだ?」
「うん。もうお昼回ったし、お弁当食べよっ!」

お弁当と聞き、それに答える様にお腹がキュルキュルと鳴る。恥ずかしさと可笑しさで二人笑いながらお弁当を開けた。
あの後、美鶴ちゃんが私のお弁当も作ってくれて、それを摘みながら珠紀は周りにある書物に手を伸ばした。私もおにぎりを口に頬張って持っていた本をに指をおとす。この擦れた部分が気になって指でなぞってみるが、映るものも電波の悪いテレビの様に砂嵐掛かって分かり辛い。

「…あ、お茶持ってくるの忘れた」

思い出して呟いた珠紀。確かに喉渇いてきたな…。

「じゃあ、私が取ってくるよ!」

ごめんね!と言う珠紀を残して蔵を出た。暗い蔵に何時間もいたから外の光が眩しくて目を細めた。手を翳し空を見上げれば清々しい青空が広がっている。でも少し離れた山の山頂辺の空が灰色がかっている。
もしかしたらこれから天気が下るのかもしれないな。蔵だから雨が降っても大丈夫だけど蔵から家まで少し歩くし、念の為、傘も持って来よう!
止まっていた足を家に向けて歩き出し、台所へ向かった。でも台所に美鶴ちゃんの姿はなく、勝手に冷蔵庫を開けてグラスにお茶を注いだ。本当は水筒とかあればいいんだけど、どこにあるのか分からないしね。
玄関で傘も調達し、両手にお茶の入ったグラスを持って、それを零さない様慎重に歩き、蔵へ向かった。もう一度山を見上げれば、さっきよりも灰色が濃くなって来ている様だ。気持ち急ぎ足で蔵へ向かっていると、一陣の風が吹き抜ける。風と共に赤い葉が舞い流れ、咄嗟に目を瞑った。

「……」

風はすぐに止み、お茶の中に何も入らなかったのを確認して、再び歩きだした、―その時。

ドクン、ドクン、

心臓の鼓動が大きくなった。それはどんどん早くなり、立っているのが辛くなる。

「…ま、た…ッ――!」

そう、何度となく起こった事。また、私は私じゃないものによって操作されるの?

「ぃや…やめ、てッ―」

腕が、頭が、痺れて麻痺していく。視界がどんどん白く染まっていくのを止める事はできない。

「……俺が傍にいてやるから、心配すんな」

心の中で、必死に彼の言葉を思い出した。

―拓磨…たく、ま…ッ―た、すけ…―

プツッと切れる様に、私はそのまま意識を手放した―。



***



「千を超えてる」

美鶴ちゃんの作ってくれたお弁当を食べながら調べてた本の中に、気になる一冊があった。

『贄の儀の書』

―玉依の血、薄れども、人の世の情念、霊を血に宿らせこれにより鬼斬丸を封印せしものなり。

それはつまり、玉依の血が薄れても、人の血によって鬼斬丸を封印した…という事。

―鬼斬丸の封印弱まる。一人。再び世に幸あれかし。かくて、血による守り堅固になりけり。

同じ様な文が何十ページ分も書き綴られている。私は持参したノートに記された人数を正の字を書き数えた。それを全て数え、表れた数字が千を超えていたのだ。
私は、手が震えた。
この村で、何が起こってるの?この人数は…――。
私は頭を振って、今は考えるより、情報を多く集める事!と思い直して他の本に手を伸ばした。次々と一文字一文字読み落とさない様に読んでいった時、ある言葉が目に付いた。

『玉依姫の覚醒により、ロゴスの人間を討ち果たす』

――覚醒。

「玉依姫の覚醒!」

これだ!玉依姫の覚醒が、守護者の本来の力を引き出すと追記された分を見て、どんどん希望が膨れ上がっていくのが分かる。
過去、そうやってロゴスの人間を守護五家の人々は打ち破ってきた。
私はまだ玉依姫として覚醒していない。そんな自覚はないし、未熟なのは当然。でも、可能性はある。あの強大な力に対抗しうる力。
伝えなくちゃ。この事をみんなに!
私は立ち上がって辺りを見ると、陽の光はいつの間にか月明かりに変わっていた。

「…あれ」

そこで初めて気づいた。お茶を取りに行った名前がまだ戻っていない事に。
もしかしたら奥で調べ物してるのかと覗いたけど、誰の姿も見えない。夢中になって調べ物をしてたから気づかなかっただけかと思ったけど…嫌な予感がする。
私はあわてて蔵を出て家に向かったが、途中で何かが道に落ちているのが見えた。
駆け寄ると、それは二本の傘と割れたグラスが二つ。グラスの周りが湿っているのは、グラスが割れて中のものがこぼれたからだろう。

「……名前っ?!」

慌てて家に戻り、家の中を捜しまわったけど、名前の姿はない。
もしかしたら、名前に何かあったのかもしれない…みんなに…みんなに知らせなきゃ!!
再び家を飛び出し、境内に出た時、誰かがおみくじをしているのを見かけた。知った後姿だな、なんて思ってると、向こうも私に気づいてこちらへ向かって歩いてきた。

「やあ、君か。これで三度目だな」

頭を掻きながら行った彼は確か、清乃ちゃんのおじさんで公務員で神社や仏閣の調査をしている…えーと…あ、そう、芦屋さんだ。

「元気でやってる?清乃が迷惑かけてないかい?」
「いえ。清乃ちゃんにはいつも勇気付けられてばかりで…。あの、私、今急いでるんです。失礼します」

ペコリと頭を下げて先を急ごうとした、その時―。

「君は利用されている」

―…え?

真剣な、どうしても耳を傾けなくてはならないという気にさせる響きある言葉に、私は思わず急いでた足を止めた。

「そう思ったことはないか?先代様が何も教えてくれないのは何故なのか疑問に思ったことは?
「…あなたは、何か知っているんですか?」
「ああ。…この時代にはね、秘密にしておけることなんて何もないんだって事を、覚えておいたほうがいい」

実はね、と言った彼は公務員と言っても公安調査庁の調査員という特殊なものに所属しているらしい。
そんな芦屋さんが言う。私自身の知識がいかに少ないか。封印のこと、敵対する組織のこと、このままおばあちゃんの言われるままに封印を守っていって、その先に何が待っているのか、君は何も知らない、と。
一歩、彼が近づくたび、それに押される様に私は一歩下がる。
何故、この人は何を考えてこんな事を言うのか。

「何が望みなんです?」
「いやなに、ただ心配なだけだよ」

嘘。直感的にそう思った。
目の前でせんべいをバリッと音を立てて食べる芦屋さんは、普通の人なのに…恐怖を感じた。ロゴスとはまた違う怖さ。
芦屋さんがまた一歩、私に近づこうとする様に踏み出した。思わず声が出そうになったその瞬間、ヒュと風の音がした。その風を前にした芦屋さんは、ピタリと動きを止めた。

「真空の刃、か」
「動くと首を切り飛ばすぜ?」
「真弘先輩!それに、拓磨も。どうして!?」
「言ってる場合か?そんなもん。こいつをどうにかしてからだろ」

私を守る様に、芦屋さんと私の間に立つ二人。

「答えてもらおうか。お前、何しに来た?」

威嚇し、問う真弘先輩の言葉に、それでも彼は笑みを絶やさない。

「何も知らず、何も見ようとせず、滅びるのが君たちの望みか?」
「…どういうことだ?」
「君はもう、気づいているのかもしれないけどね、珠紀君」

『鬼斬丸の封印弱まる。一人。再び世に幸あれかし。かくて、血による守り堅固になりけり』

蔵で読んだ、あの一文を思い出した。

「君たちが守るものが正義だけでできあがっているとは、思わないことだ」
「どういう事だ。はっきり言え。お前は何を、どこまで知っているんだ?何が目的で、俺たちに対して何がしたい」
「くっくっくっ。…何を知っているかと言えば何も知らないし、何がしたいと言われれば、何もと答える他ないな。状況は実に流動的だ」
「おい、いい加減に―」
「やめて、拓磨」

前に出ようとした拓磨の腕を掴んで呟いた。拓磨は芦屋さんを睨みつけたまま力を少し抜いてくれた。

「うん、冷静な判断だと思うよ」
「だからって、ただで返す気もさらさらないぜ」
「いいや、君たちはこんな所で油を売ってる暇はないはずだ。そう思わないか?」

そう言って芦屋さんが私を見た瞬間、頭にズキっとかすかな痛みが走った。何かが呼びかけるような、ここしばらく感じていなかったこの感覚。

「…これ、は。封印、が?」
「早く行った方がいい。彼らは再び、動き出したみたいだからね」
「くそ!珠紀、真弘先輩!悠長に話を聞いてる状況じゃないようだぞ!」

私の一言で拓磨も封印の異常に気がついたのか、足早に歩き出した。真弘先輩はしばらく芦屋さんを睨みつけ、それからくるりと背を向ける。

「行くぞ、珠紀」

頷いて、私も彼らの後を追った。
境内を抜け、階段をおりきった時、大事な事を忘れてるのを思い出した。

「ちょっと待って!二人とも!」
「なんだ、どうしたんだよ」

急ぐ気持ちを抑え、二人は立ち止まってくれた。

「名前がいなくなったの!」
「…なに?いつからいないんだ!」
「わからない。お昼にお茶を取りに行くって蔵を出て、そこから戻ってこなくて。家中捜したけど、どこにもいないの!」

あれから何時間も経ってる。名前の身に何が…。

「分かった。俺が名前を捜すから、お前は真弘先輩と封印の場所に向かってくれ」
「まて、拓磨。三人で封印の所まで行こう」
「でも、真弘先輩!」

必死な私に、まあ待てと先輩は私の肩に手を置いた。

「あいつは封印に異常が起きると、必ずその近くにいた。今回もそれかもしれない」

確かに…いつも家にいたはずの名前が、封印に異常があるとその近くに必ず現れる。私達はそう望みをかけ、封印域に向かって再び走り出した。

しおり
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