みんなはまだ、くなれるから


緩やかな風が頬を撫でていく。徐々に戻りゆく意識の中で、何で私眠ってるんだっけ?って考えた。
その答えはすぐに出た。もう何度も経験した事だ。だけどそれを認めたくなくて、頑なに瞳を開けまいとしたけど、このままここに倒れている訳もいかず、渋々閉じていた目をゆっくりと開ける。
開けた先に見えたのは、予想してた通りの風景で、私はやっぱりとため息を落とした。
夜を思わせる暗い森。シンと静まり返ったこの空間はまさに異界と呼ぶに相応しい。
空を見上げてみても、真っ暗で何も分からない。ぼやっと見えるのは星の光かな?って思うけど、何分あまり目が良くないのではっきりとは分からない。

「……どうしよう」

毎回思うけど、ほんとこれからどうしよう。このまま木にもたれかかってる訳にもいかない。こうしていつの間にか知らない場所に来ちゃってる時は、必ず封印に何か起こってしまったって事。

「どうせなら封印の場所まで連れて行ってくれたらいいのに」

愚痴った所でそうしてくれる訳もなくて、私は体をゆっくり起こし、体についた土埃を掃った。
さて、…どっちに行ったもんか…。
意識を集中させ周りを見渡した。私の中の力が封印の地を求めているのか、なんとなくだけど、場所は感知する事ができる。

「あっち…かな」

封印の地があるであろう方に体を向けて息をゆっくり吐いた。
虫の鳴く声すら聞こえないこの空間は、長くいればいる程不安が膨れ上がる。一刻も早く誰かと合流したい。封印になにかあったなら、珠紀や守護者の皆も封印の場所に向かってる筈だし。
よし!と意気込んで一歩踏み出すと、後ろの方で足音がゆっくりと近づいてくる。
その音に心臓の音がビクッとはねた。皆かな?それとも…。恐る恐る振り返れば、意外な人の姿がそこにあった。

「目、覚めたのか」
「遼?何で遼がここに?」
「それはこっちの台詞だ」
「は?」

なんでも、私がこの森に入って行くのを見かけて、何だか様子がおかしかったから後をつけたら途中で私が倒れているのを見つけた。声をかけても起きなかったから木にもたれかけさせたとか。

「心配して、追いかけて来てくれたの?」
「あぁ?誰がお前の心配なんかするか」
「じゃあ何で?」
「…ただの気まぐれだ」

ただの気まぐれでこんな森の奥まで追いかけて来てくれたのか…。この登校拒否の不良君が…。

「ありがと」
「なにが」
「ううん。なんでもないよ」

やっぱ遼はツンデレってやつだ。そう思うとかわいいな〜なんて思って笑った。
何笑ってるって睨まれたけど、全然恐くない。この森の中で一人だと思ってたから、凄く心強い。
いつまでもニヤニヤしてる私が気に入らなかったのか、遼が右手で私の頭をガシッと掴んできた。

「痛い!地味に痛いって!」
「そのにやけた顔を止めたら放してやる」
「もう止めてるよ!」

離せー!と訴えていると、こちらに近づく足音が聞こえた。
それは一瞬にして鮮明になり、顔をそちらに向ける前に足音の主が私達の間に飛び込んで来る。
私の頭から手を放し、ひらりとそれを避けた遼は飛び込んで来たその人を睨んでいる。

「こいつに何してる」
「鬼崎君!」

そう、私達の間に飛び込んで来たのは拓磨だった。

「何もしてねぇよ」
「……」
「……」

なんなのこの二人。お互いじっと睨み合ったまま微動だにしない。まるで…ハブVSマングースみたいな?

「お、鬼崎君!遼は私が森に入って行くのを見て追いかけて来てくれただけだよ!」
「……そうか」

やっと遼から視線を逸らした拓磨。その少し後に遼がその場から去ろうと踵を返した。

「遼?」
「そいつが来たからもういいだろ」
「え、ちょっ!…あ、ありがとうね!」

振り返る事なく、遼は森の闇に消えて行った。

「あいつ、何しに来たんだ?」
「…気まぐれらしい」
「ふーん。……大丈夫だったか?」
「あ、うん。別になにもなかったよ」
「そっか。よかった」

やっと拓磨が笑顔をみせてくれた。その顔を見ると私もホッとする。

「とにかく、珠紀達に合流するか」
「うん!…って、やっぱり封印に何かあったんだ」
「あぁ。珠紀と真弘先輩が先に向かってる」
「分かった…行こう」

森の奥へ進む拓磨に歩調を合わせ、珠紀達と合流する為、封印のある場所に向かった。
その後、無事珠紀達と合流できた。そこで私達がみたのは…信じられない光景だった。
見知った顔の二人が見える。それは何度も私達の前に現れたアインにツヴァイ。その彼らの前に立ちはだかってるのは、彼らの何十倍の高さもある山ノカミと呼ばれる存在だった。
普通に考えて、あんな大きな神様に人間が敵う訳ない。だけど…違った。アインの、たった一振りで山の神は消えたのだ。彼の繰り出した拳が地を抉り、何かが爆発した様な凄まじい音が、離れた私達のいる場所まで鮮明に届いた。そして消えた。巨大な力を持つという山ノカミがあっさりとやられてしまった。
私は勿論、珠紀や拓磨、真弘さんも言葉に出来ずにいた。
それでも、封印を護るのが守護者の役目。ゆっくりと宝具の納められている大きな岩に近づくツヴァイを見た真弘さんが一歩踏み出そうとすると、珠紀がそれを阻止した。

「だめ。今はだめ!お願いだから…」

皆、分かっているのだろう。山ノカミをいとも簡単に倒してしまった彼らの力に、私達が敵うわけがない。それこそ、命を捨てる様なもの。それを珠紀が望まない事も分かってるから、拓磨も真弘さんもじっと彼らの行動を見届けている。
ツヴァイが封印を守る結界に触れた。だが封印が弱まっているせいか、宝具に近づく彼に対して小さな電光を這わせただけだった。ツヴァイがその大きな岩の前に立ち、鎌を一閃させると、音もなく岩壁は切り裂かれ、小さな洞穴が姿を現した。そのに鎮座された指輪を、ツヴァイは無造作に取り出した。

―またひとつ、崩れたか

「ッ、…!!」

頭に声が響いたかと思うと、私の中の力が暴れだした。心臓を抉る様な苦しみは、宝具を奪われるごとに勢いを増している様だ。
息も出来ない程の苦しみ。だけど、目の前で体を震わせる珠紀の姿が目に入った。珠紀も宝具を奪われると体に異変が起こる。それを必死に耐えているみたいだ。苦しいのは…私だけじゃないと言い聞かせているみたいに、その痛みを受け入れている。
私も、ただでさえ足手まといなんだから、こんな苦しみくらいで…弱音なんて吐けないよね…。
宝具を持った彼らが立ち去るのを、じっと見つめる二人の手を握り、珠紀は言った。

「みんなはまだ、強くなれるから…」
「…わかってる。今は、我慢するしかない、だろ」

確信がある様な珠紀の言葉に答える拓磨。今がその時でないのが悔しいのだろう。手に届くところに敵がいる、何も出来ず、宝具が奪われるのをただ見ているしかできなかったのだから。

「俺達は、強くなる。…次は負けねえよ」

決意に満ちた真弘さんの言葉に珠紀も拓磨も頷いた。
私も、彼らの為に何ができるのだろうか。だた、こうして一緒について行くだけの存在で終わりたくはないのに…。早く、この力が何なのか知りたい。
焦る気持ちが湧き上がったまま、私達はその場を後にした。

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