戦う前からけが見えてる


宝具が奪われてから数日が経った。あれ以来またロゴスの動きがピタリと止まり、静かな日常を過ごしている。
珠紀も学校に行っていて、昼間はどうしても暇になってしまう。蔵も珠紀がいないと開ける事ができないみたいで調べ物も出来ない。
せめてあの本だけでも持ち出しとけばよかったな…。

「あ〜〜〜…ヒマッ!」

部屋でゴロゴロしながら大きめの独り言を言った。でもいつまでもこうしてる訳にもいかない。居候の身なんだし、こんな時は何か手伝いをするべきだ!!
寝転んでいた体を勢いよく起こし、部屋をでるとちょうど買い物を済ませた美鶴ちゃんが戻って来た所だった。
両手に食材がいっぱい入った籠を持ってる美鶴ちゃんに駆け寄って籠をひとつ持った。

「今日は沢山買い込んだんだね?」
「はい。人数も増えますし、お二人ともよく食べられますから」
「ん?人数が増える?」
「あ、今日から鬼崎さんと鴉取さんがこの家に泊まられるそうです」
「え?!」

なんでも昨日の夜、祐一さんが来て封印の数が減った今、鬼斬丸を司る玉依姫が狙われる可能性が高い。だから拓磨と真弘さんを珠紀の警護につけようと思う。…と宇賀谷さんに進言したんだとか。
その警護が、今まで以上に徹底して行わなければならない為、二人をこの家に私同様居候させるというのだ。
ま、考えてみれば当たり前だよね。でも…そっか…二人が泊まりに来るのか。しかも美鶴ちゃんの言い方だと、今日だけって言う訳じゃなさそうだ。
友達が家に泊まりに来るっていうのは、凄くワクワクするしとても嬉しい。…それが好きな相手だったらなお更…。
心躍る気持ちを抑えて荷物を台所に置くと、とりあえず部屋綺麗にしよう!と思ってその場を後にしようとした。すると、台所で夕ご飯の支度をし始めた美鶴ちゃんが鼻歌を歌い始めた。
美鶴ちゃんの鼻歌なんて初めて聞いた。
珍しくて部屋に向かってた足を翻して台所を覗き込んだ。美鶴ちゃんが嬉しそうにニコニコしながら手際よく支度をしている。
なんか、デート前の友達ってよくああいう顔してたな〜なんて思った。
…ん?…って事は、美鶴ちゃんって…もしかして……――。
私の予想してる事が当たっているなら…お願いだからもう一人の方であってください!!と願うばかりだった。美鶴ちゃんがライバルなんて…勝ち目0だもん…。
私はダッシュで社まで行き、そんな願いを真剣に神様に祈っていた。



***



うわ〜。準備万端だ。
そろそろ珠紀達が帰ってくる頃だから出迎えようと玄関へ行くと、今か今かと待ちわびているのが見て分かる美鶴ちゃんがバッチリ待機していた。何度も着ている着物の袖や帯、髪型をチェックしている。それの姿は数分前の自分を思わせるものだった。
そんな美鶴ちゃんを見ていると、玄関の外に影が見えた。珠紀が帰ってきたのだ。影が1つでなく複数ある事から彼らも一緒なのが分かってドキンと胸が高鳴った。
美鶴ちゃんもそれを確認して、扉に体を向け姿勢を正した。

「ただいま―」
「おかえりなさいませ。鬼崎さん」

帰ってきた珠紀達は既に待機してた美鶴ちゃんの姿に驚いている。私はそれ以上に美鶴ちゃんの言葉に驚いた。拓磨限定のおかえりなさいませ―に。

「今日からは、ここを自分の家だと思って、使ってください」
「ああ、世話になる」

なんだかもじもじして言う美鶴ちゃんに、いつもより優しい声な感じで返す拓磨。美鶴ちゃんには拓磨しか見えていないのだろうか…周りにいる珠紀や真弘さんが呆気にとられている。

「…あー、俺も、世話になるんだけどよ…」

珍しく控えめな真弘さんの言葉で初めて気がついた様にハッとして顔を赤くした。

「え、ええ!どうぞ、中に!お、お部屋に案内しますから!」

そう言っていそいそと廊下に案内する。
これで…明らかになった。美鶴ちゃんは絶対拓磨の事が好きだ。美鶴ちゃんがライバル…あぁ…無理だ。戦う前から負けが見えてる。ゴングがなる前にK.O負けした気分。

「何そんな所につったってんだ?」

私に気づいた拓磨が声をかけて来た。

「…なんでもないです。ちょっとつったっていたかっただけ」

拓磨が話しかけてくれて嬉しい反面、さっきの美鶴ちゃんとのやり取りを思い出して、少しふて腐れた対応になってしまった。

「変な奴。ま、これからよろしくな」
「…うん」

だけど、好きな人に話しかけられたってだけで、沈んでた気持ちも一気に浮上してしまうんだから不思議だよね。
珠紀と真弘さんにもおかえりの言葉をかけて、美鶴ちゃんに続く彼らの後ろについて行った。
二人の部屋は私の隣にある客間をそれぞれ一部屋ずつ使うみたいだ。

「し、しばらくは、にぎやかになるね」

珠紀が少し緊張した声音でそう言った。美鶴ちゃんは照れた様にコクリと頷き、男性陣は複雑表情をしている。
私は、緊張もあるけど…どっちかって言うとドキドキワクワクの方が大きかったりする。何だか、修学旅行の時みたいな気持ちだった。


あの後、二人は一度荷物を取りに自宅に戻って、それからまた家に来て、豪華な食事を済ませた。食事中に、昨日私達が山ノカミとアイン・ツヴァイが戦ってるのを見ていた時、別の場所でロゴスと接触した大蛇さんが戦って負傷した事を聞いた。あと、宝具は二つ。今は祐一さん、慎司の二人が残りの封印を守っている。

「大丈夫かな…二人とも」

自室で布団にゴロンと転がりながら呟いた。私が心配した所で何もできないんだけど…。ハァーとため息一つ落とした。
考えても仕方ない!何かあったら拓磨や真弘さんが感知できるはずだし!とりあえず…お腹も満たされたし、お風呂いただこうかな!
着替えを持ってお風呂場へ向かう。拓磨と真弘さんの部屋を通り過ぎる時、何してるのかなって聞き耳を立ててみたが、何も聞こえて来なかった。いないのかな?
ってか…考えたら、私の隣の部屋って…拓磨の部屋なんだよね。そう考えたら、妙にドキドキする…。壁一枚隔てた先に好きな人がいるって…緊張する!どうしよう…寝言とか言ったりしたら。いや、鼾もキツイな…ってかどっちも聞かれたくない!鼻栓と口塞いで寝れば…って息できないし!!
そんな事を考えながらついたお風呂場。ガラッと脱衣所の扉を開けると誰か入っているみたいだ。

「ん?誰だ?」

お風呂場から声が聞こえてきた。姿は見えないが、この声は真弘さんだ。

「あ、ごめんなさい。使用中の札掛かってなかったから、誰も使ってないと思って」

そう。いつもなら誰かがお風呂を使っている時は脱衣所の扉横の柱に『使用中』の札が掛けられてはいる。でも今それは掛けられていない。
相手が風呂場にいれば問題ないけど、着替え中とかだったらシャレにならないよね。

「次からはちゃんと札かけてから入って下さいね〜」
「おー。すまねぇな」

入り口入ってすぐ横に掛けられてる使用中の札を取り、表にかけて脱衣所の扉を閉めた。
仕方なく私は自分の部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、珠紀が真弘さんの部屋の前で立っていた。

「どうしたの珠紀?鴉取さんに用事?」
「あ、ああ、名前!別に用事って訳じゃないんだけど」

びっくりした珠紀がどもり気味で喋っている。

「鴉取さんだったら今――」
「う、うわぁぁあああ!!」

お風呂にって言いかけた瞬間、その真弘さんの苦しげな悲鳴が聞こえてきた。さっきまで普通に話してたのに、いったい何が?!
私は慌ててお風呂場へ向かい、その後ろに珠紀も続いた。

「あああああぁあああ。待て!待て待て待て!!」
「どうしたんですか?!」
「先輩!」

危機迫る声に無我夢中でお風呂場の扉を開けた。
白い湯煙が私達を襲い、その先がゆっくりと晴れてゆく。その先にいたのは、真弘さんの苦しげな表情と…難しい顔をして真弘さんの背中にたわしを這わせている拓磨の姿が…。

「な、なに、してるの?」
「…何って、見ればわかるだろ。背中こすって――」
「いやあぁああああああ!!」

いきなり叫びだした珠紀声に私も二人もびっくりした。

「なんで叫んでんだ!?いいから早く戸を閉めろって!」
「いやぁああ!た、立たないで!なんで二人とも裸なのよ!」
「風呂入るのに裸にならないヤツがいるかよ!」

私を挟んで繰り広げられる言い合い。そんな時、珠紀の背後から音が聞こえた。

「珠紀様、何かあったのですか?!」
「ダ、ダダダダ、ダメだよ!美鶴ちゃん!こっちに来ちゃ!ふ、二人には二人の事情が!」
「お、おおお、お前!おぞましい勘違いしてやがるな!?」

あぁ。なるほど、納得した。珠紀は拓磨と真弘さんがそういう関係なんだって思ったんだね。ま、確かに高校生の男子2人が仲良く一緒にお風呂に入るなんて…ねぇ。
そんな皆を見てたら何だかおかしくなって、一人声を出して笑った。

「何笑ってんだ、名前」

呆れ声で言う拓磨に笑ったまま顔を向けた。

「いや、なんか色々おかしくてさ。ってか、たわしはどうかと思うよ?」
「だろ!お前からも拓磨に言ってやれ!」
「せめて…こっちにした方がいい」

そう言って渡したのは金網スポンジ。

「どっちも痛い事には変わりねーじゃねーか!!」
「フフッ。じゃ、ごゆっくり」
「フフじゃねーよ!」

真弘さんの怒号を背にして、珠紀達を落ち着かせてその場を後にした。

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