頑張ってもいいかな


「なんであんなに冷静でいられるの?名前」

お風呂場を出てから珠紀に真顔で聞かれた。
まぁ、珠紀の反応が普通の女の子の反応なんだろうけど、私は自分が恥を晒した訳でなければ大して恥ずかしいとは思わない。真っ裸だったら流石に隠して!って思うけど、ちゃんとタオル巻いてたし、上半身裸なんて夏の海やプールに行ったら普通に見るし。
そう言ったら珠紀はそっか…って言って自分の部屋に戻って行った。
……私、何か変なこと言ったかな?
自室に戻り、少ししてから真弘さんと拓磨の声が聞こえてきた。
お風呂上がったのかな?と思い、襖を開け、顔だけひょこっと出すと、肩にタオルをかけ、Tシャツにジャージ姿の二人がいた。

「お風呂空いた?」
「おう」
「じゃあ入ろ〜!」
「おお。そうしろ」

襖の直ぐ横に置いてた着替えを手に廊下に出てお風呂場へ向けて歩き出す。

「背中はサッパリしました?」

ニヤリとして言う私にイラッとした表情の真弘さん。

「あーサッパリしたよ!さっぱりし過ぎてヒリヒリするぜ」
「それはよかったですね〜。今度は私が背中流してあげますよ、力いっぱい」
「いらねえよ」
「遠慮しなくてもいいのに。それとも…こわいんですか?」
「なんだとぉ?!―ッ?!」

そんなからかい合いをしてると、真弘さんの後ろにいた拓磨が自分の肩にかけてたタオルを真弘さんの頭に被せた。

「…頭、濡れたままじゃ風邪ひくっすよ」

あんたは真弘さんのオカンか!なんて心の中でツッコんでしまった。
真弘さんの頭をタオルに手を当て、ゴシゴシと拭くわけでもなく、ただ掴んだまま、拓磨は私に目をやった。

「お前も早く風呂いけ」
「あ、…あぁ。うん」

少し厳しい拓磨の目から視線を逸らし、私は急ぎ足でお風呂場に向かった。背後で、いい加減に離せ拓磨!って真弘さんの声が聞こえたけど、私はなんで拓磨があんな目をしていたのか不思議だった。
…もしかして、お風呂入ってるの見たのが嫌だったとか?それで機嫌悪かった…?でも、あの時はそんな感じじゃなかったのにな。…なんで?
お風呂に入りながらそんな事を考えていた。



***



あ〜のぼせた。
湯船に浸かりながら色々考えてたらのぼせてしまったらしく頭がボーっとする。台所でお水飲んで、縁側でちょっと涼んで部屋に戻ろう。あそこ風が通って涼しいし。
着替えを済ませ、お風呂を出た所で廊下から話し声が聞こえる。見れば、拓磨の部屋の前で何やら話している珠紀と真弘さんの姿。
何してるんだろう…?

「何してるの?二人とも」
「あ、名前!…なんか、拓磨と美鶴ちゃんが部屋で二人きりで…」

え?!何?もうそういう関係だったの?!
軽く…いや、大分ショックだ。勝ち目ないとは思ってたけど…まさかもう付き合ってたなんて…。

「でもまあ、うまくはいかねえんだろうな。美鶴は、拓磨にとっちゃ妹みたいなもんだしよ」
「え?!そうなの?」
「あ、それひどい。あんなに可愛い子、滅多にいないですよ」
「それ、俺に言ってどうするんだよ」

真弘さんの言葉にホッとした気持ちと、珠紀の言葉に確かになって思う気持ちが同時に込み上げてきた。
美鶴ちゃんみたいな才色兼備な子なんて都会暮らしで沢山の人と接して来た私でも見た事がない。そんな彼女に好かれるなんて、もうラッキーとしか言いようがないのに。

「だって、ひどいじゃないですか!気立てもいいし、優しいし、健気だし、料理だってすっごく美味しいし!私が男の人だったら、絶対お嫁さんにもらいますよ!」

それは私も初めて美鶴ちゃんに会った時に思った。そんな美鶴ちゃんが妹としかみれないなんて…もしかして、拓磨ってすっっごく理想が高いとか?!それとも熟女好きとか…。

「何が不満なんですか?」
「いや、だから俺に言うなって!」
「ちょ、鴉取さん―」

気づけば二人ともすっかり声が普通のトーンに戻っていて…。

「……誰か、いるんですか?」

美鶴ちゃんの固い声が襖の向こう側から聞こえてきた。

「どうしよう!」
「に、逃げるぞ!」
「えっ?!」
「ちょっ―!」

真弘さんが珠紀の手を取ってお得意の風を使い、一瞬にして隣の真弘さんの部屋へ逃げ込んだ。
…って、私はぁ?!一人置き去り?!とにかく、私も自分の部屋にッ!
そう思って走り出そうとしたけど、のぼせた頭のせいかすぐ反応できず、目の前の襖がサッと開けられた。

「…なにやってんだ?お前」

拓磨がいつものテンションでそう言った。

「あ…い、あ〜っと…あ、美鶴ちゃん見なかった?暇だから、何か手伝う事ないかな〜って…」
「…って言ってるぞ、美鶴」

拓磨が顔を向けた先に、綺麗に正座していた美鶴ちゃんの姿があった。ゆっくり視線をこちらに向けてくれたが、何か…視線が冷たい気がした。私流に解釈するなら…『邪魔しやがって…』って感じの視線。

「今日やる事は全て終わらせていますので、ゆっくりお部屋でお休み下さい」
「そ、そっか…」

ゆっくり腰を上げ、拓磨の部屋を出ようとする美鶴ちゃんが、拓磨の前を通る瞬間に、あの話はまた後で…と小さな声で言ったのが耳に届いた。
……あの話って何だろう。何の話をしてたの…?
美鶴ちゃんが静々と廊下の奥へ消えて行ったのを、私と拓磨は見送り、お互い顔を見合わせた。

「あ、じゃあ、おやすみ!」

気まずい雰囲気がまだ残るこの空間にいるのが耐えがたくなって、私はじゃあと手を上げ、その場を去ろうと足を横にだしたら、目眩が襲い、バランスを崩して膝をついてしまった。

「おい、どうした?!」
「あ、ごめん。ちょっとのぼせたみたいでさ…」
「なにやってんだ…」
「あはは…あ、でもお水飲んで、縁側で涼む予定だから、その内治るかなってさ」

ため息をハァと吐いた拓磨は、私の腕を掴んでゆっくり体を起こしてくれた。
そのまま縁側までついて来てくれて、台所から水で濡らしたタオルと麦茶を持ってきてくれた。

「ありがと」
「ん。それのんだら横になれ。頭痛かったら、俺の膝に乗せてもいい」
「え、いや、それは申し訳ない…」
「俺がいいって言ってるんだ。遠慮なんかすんな」
「う…うん…」

持っていた麦茶をグイっと飲み、失礼します…と一応断りを入れて膝に頭を乗させてもらうと、クククッと笑う拓磨の顔が思った以上に近くにあって…これ、本当やばい…心臓に悪い…。

「?…顔赤くないか?熱とかあるんじゃ」
「あ、いやいや!熱とかない!全然ない!気にしないで!」
「…なに焦ってんだよ」
「あ、せ、ってなんかない…よ」

もう自分が恥ずかしくて、私は額の上に乗せてたタオルを目の上にずらした。
夜風が優しく体の熱を冷ましてゆく。草の揺れる音や鈴虫の歌声が遠くから響いてくる。最近物騒な事ばかりだったから、こうしてゆっくりできる時間が久しぶりな気がするな…。

「落ち着いたか?」
「うん。…ありがとうね、鬼崎君」
「…ん」

あれ?…なんか声のトーンが落ちたような…?

「……なぁ」
「ん?」
「前、森で会ったあいつ…」
「あいつ?森で……あ、遼の事?遼がどうかした?」
「あ…いや…」
「?」

タオルをずらし、拓磨に視線を向ければ、拓磨は庭に目を向けている。何かを警戒しているとか、そんなんじゃない。ちょっと目が泳いでる。

「前から、仲いいのかと思って…さ」
「仲…いいかなぁ〜?会う度に言い合いしかしてない気がするけど」
「でも、ほら…あー…――えで呼んでるし」
「え?」
「…、あいつの事、名前で呼んでるだろ?」

…驚いた。拓磨が真っ赤な顔をして、そんな事を聞いてくるなんて思ってもいなかったから…。

「遼は…別に仲がいいから名前で呼んでるとかじゃなくて、あいつも私の事名前で呼んで来るから…」
「…俺達も、お前の事名前でよんでるだろ…?」
「あ、…うん。…な、んかさ、最初名字で呼んでたのにいきなり名前で呼ぶのも、厚かましいかなー、なんて」
「別に、俺達はそんなの気にしねえよ」
「そ、そっか」

これは、あれだよね!名前で呼んでもいいって…事なんだよね!

「……た、くま」
「…ん」
「、って呼んでもいい?」
「…ん」

ん、としか返事は返って来ないけど、見上げた拓磨の顔が優しく微笑んでる様に見えて…私も嬉しくて自然と顔が綻ぶ。
私…頑張っていいかな?私は、美鶴ちゃんの足元にも及ばないけど…でも、拓磨の傍にいたい。あなたの事をもっと知りたいから…頑張ってもいいかな?

「ん?どうした?」
「っ!ううん、なんでもない」
「…もう少し涼んだら、部屋戻るか」
「…うん」

そう言って、ゆっくりと目を閉じた。
後少しだけ、拓磨を近くに感じていたくて――。

しおり
<<[]>>

[ main ]
ALICE+