だから…げて…


部屋に戻っても、私はなかなか寝付けなかった。気持ちが高ぶって目を閉じても全然眠れそうにない。
あ〜…うん、無理!寝れない!…ちょっと夜の散歩でも行こうかな?境内までなら何もでないだろうし。
よし!と意気込んで寝ていた体を起こした時、話し声が聞こえて来た。廊下や隣の部屋じゃない。外から聞こえる。
…って事は境内に誰かいるのかな?でもこんな夜に誰が?
ちょっとした好奇心から、私は声のする外へ向かった。
抜き足差し足とまるでスパイの真似事をする様に話し声のした所へ向かった。
目的の声の主は直ぐに見つかった。月明りが照らす境内で、その人達は立っていた。さっきまで話してた拓磨と、美鶴ちゃん。

「どうして、ですか」

私は咄嗟に身を隠した。声をかけようと思ったけど、美鶴ちゃんの悲しげな声にそうする事ができなかった。

「もう、危険な事は、やめてください。私が望むのはそれだけなんです…」

俯いて美鶴ちゃんはそう言った。拓磨は優しくも、どこか寂しそうな目で彼女をみていた。

「覚えてらっしゃらないかもしれないけど、あの夜、怪我をしたあなたの手当てをしたのは、私で、あなたは……。あなたは傷だらけで、血だらけで苦しんでいて、私はただ、苦しむあなたを見ていることしか出来なかった…」

その言葉が体に突き刺さる。美鶴ちゃんの言っているのは、あの時の事だ――。

「……もう、いいじゃないですか。戦って、傷ついて、もしかしたら死んでしまうかもしれないんですよ…」

封印を守って、守って…その先になにがあるのか。ただ利用されるだけで、その先になにがあるのか。ただ、封印の為だけにある存在。そんなの納得できない。私はいい…でも、あなたがそんな風になるのは…―。と、彼女は自分の気持ちを言葉にした。

「…逃げてください。あなたに傷ついて欲しくないんです。苦しんでほしくない。…だから…逃げて…」

美鶴ちゃんの悲痛な叫びが私に痛いほどつたわってきた。
拓磨はただ黙っていた。月明りに、静寂。空気はどこまでも澄んでいる。

「……心配してくれてるのか。美鶴は、優しいな」

拓磨はそれだけ言った。それは、優しい拒否の言葉だった。

「…どうしてですか?守護五家の役割が、そんなに大事ですか?玉依姫を守る事が、…あの方を守る事が、そんなに……大事ですか?」

美鶴ちゃんが躊躇うようにそう尋ねた。でも拓磨はそれに答えず、ただ黙って微笑むだけだった。

「……ごめんなさい。今日の事は、忘れてください」

沈んだ声が聞こえた。足音が聞こえ、徐々に遠のいていく。僅かに虫の音がさっきより大きさを増した気がする。静寂漂う中、私は蹲るしかできなかった。

『あなたに傷ついて欲しくないんです。苦しんでほしくない』

美鶴ちゃんの声が頭の中でこだまする。
好きな人に、生きて欲しいと願うのは当たり前の事…。でも、私は美鶴ちゃんの言葉に同意も否定も出来ない…だって――。

「……お前は隠れるのが好きなのか?…出てこいよ。いるの、分かってるから」

ビクッと体が反応する。…やっぱり…ばれてたのか…。
私は、おれた足を伸ばし、ゆっくりと月明りの場に姿を出した。

「…ごめん。…声、かけようって思ったんだけど……」

俯いたまま、途切れ途切れに言った言葉。拓磨は別に気にしてないっていつもの様に言ってくれた。
沈黙が、私達の間に流れる。お互い、相手の言葉を待つように。

「……わ、たし…」

切り出したのは、私だった。

「美鶴ちゃんの気持ち、よく、分かる。…大切な人に…傷ついて欲しくないって思う、気持ち…逃げて欲しいって思う気持ちも…」
「………」
「…でも…わたし、は……部外者、だから……守護者でも…玉依でもないから……何もいえな、い…」

泣きそうになった。でも、泣かない。泣いていい立場じゃ、ないから。
皆に仲間だと言ってもらえても…玉依と守護者という絆の中まで入る事はできないから。私が言う程、簡単な問題じゃないって分かってるから…何を言うこともできない。
できる事なら…私も拓磨が傷つく姿はみたくない。ううん、拓磨だけじゃない。珠紀も守護者の皆も…誰一人傷ついて欲しくない…。
だけど、私は何もできない。自分の力の事を知って、みんなの力になりたいって願ってるのに…未だ何もつかめないでいる。前に進んでいる様で何も見えてこない。自分が無力で…気持ちと現実が追いつかなくて…。俯いたままの私に、一歩一歩、拓磨が歩み寄ってくる。目の前まで来た時、ポンッと頭に拓磨の手が置かれた。
ゆっくり顔を上げれば、いつもの優しい笑みを浮かべた彼の顔があった。

「……ありがとうな」

彼の言葉が…胸を苦しめる。美鶴ちゃんの言葉がそのまま未来になるとしたら…それを分かった上で、拓磨がありがとうって言ってくれた。
何もできないのに、言葉をかける事すらできないこんな私に、ありがとうの言葉をかけてくれた…。
皆…沢山の事を抱えてこの場にいるんだ。私では考えられないくらいの苦しい現実を目の前にして…それでも逃げずにここにいるんだ…。

「…わたし…」
「ん?」
「私も…絶対逃げないから…。みんなが…拓磨、が…逃げないなら…私も絶対逃げない」

部外者だけど…まだ私の力が何なのか分からないけど…逃げたくなる事もこれから先沢山あると思うけど、みんなが逃げずに頑張るなら…私も、どんなに苦しくても辛くても…絶対逃げたりしない!

「………うん。わかった」

ポンポンと頭にのせた手が心地よかった。邪魔だとも言わず、私を受け入れてくれた。

「でも、無茶だけはするなよ。お前、すぐ突っ走る所あるから」
「そんな、人をイノシシみたいに言わないでよ」
「あ〜イノシシか。うん…それだ、お前にぴったりだな」
「イノシシじゃなーい!」

腕を上げ、彼の胸に向けて振り下ろせば軽く避けられた。

彼の笑顔を見ながら、思った。
私は、君が笑顔でいてくれるなら…どんな無茶だってしたいって思うよ。多分、沢山逃げたくなって、震えて、体が思うように動かなくなったりもするけど…でも、拓磨が笑ってくれるなら、傍にいれるなら…私は頑張って立ち向かっていけるよ…。

月明りを浴びながら…そう、心の底から思ったんだ――。



***



―目覚めのときがくる

あぁ…またあの声が聞こえて来た。

―もう、復活を止める事はできない

復活…?

―時は巡り…再び混沌が訪れる…その前に…

再び混沌が?…その前に…何があるの?

―受け入れよ

受け入れるって何のことなの?私は…何を受け入れればいいの…?

―我が……


「ふぁぁあ〜〜〜……ねむっ…」

いつもの声が一方的に喋ってる夢で目が覚めた。昨夜、あれから部屋に戻ってもなかなか寝付けなくて、3時間くらいしか眠れなかった。
最近、あの声の夢を見る回数が増えた気がする。寝る度に声だったり、何度となく見た映像だったりが現れて、あまり寝た気がしない。
再び混沌が……復活…。それはやっぱり、封印や鬼斬丸と関係がある事なのかな…。
寝起きでまだはっきりしない頭でボーっと考えた。
う〜〜んと背伸びをして、凝り固まった体を解しながら顔を洗おうと廊下へ出た。洗面所に向かう途中、台所の前で珠紀が何やらしている…。

「おはよう、珠紀。…何してるの?」
「あ、名前。おはよう!…なんかね―」

そう言いかけた時、珠紀の視線が私の後ろに注がれた。振り返ると、寝起きで頭を掻いた拓磨がこちらに向かって歩いて来た。
寝ぼけた眼で『んー』と、挨拶なのか分かりにくい言葉を発して台所に入ろうとした。

「いやいや、無理だから拓磨。入れないから!」

拓磨を止める言葉も聞こえてないのか、彼は台所に入っていった。

「え…え?」
「どうしたの?珠紀」
「だって、私は入れないのに!」
「は?」

台所に入れないとか、そんな事あるわけない。現に拓磨は普通に入って行った訳だし。笑いながらそう言って私も台所に入ろうとした…けど、ボンっと水あめの様なものに跳ね返された。

「……え?」

もう一度足を踏み入れようとしたが、見えないそれに阻まれ前に進めない。台所では楽しそうに話す拓磨と美鶴ちゃんの姿。

「えー!なにこれ?」

びっくりして声が出たけど、中の二人はそれに気づかないみたいだ。
あれですか…あの、バリアみたいなヤツですか?しかも、珠紀と私限定っぽい?
珠紀と二人で何度も体当たりして頑張ったけど、びくともしない。途中、真弘さんが通りかかって呆れた顔でため息一つ落としていったけど…。
美鶴ちゃん…これは私の聖地に踏み込むんじゃねえって事ですか?美鶴ちゃんって凄く大人しいって思ってたけど…そうじゃないみたい…。

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