美男美の集まりですか?


珠紀の家について、驚いたこと。

「おかえりなさいませ、珠紀様」

…なんだこの美少女は。割烹着を着た和服家政婦さん。その彼女はどう見ても私と同じ位の歳。

「皆様も御一緒でしたか。…あ」

何なんだこの集団はほんとに。美男美女の集まりですか?ますます場違いだよね、私。

「あの、そちらの方は…?」
「あ、…」

ぼーっとしていた私はハッとした。割烹着美少女が私を見ていたからだ。

「あ、えっと―」
「事情はこれからお話します。ババ様はいらっしゃいますか?」

落ち着いた口調で話す大蛇さん。

「はい。お呼びしますので皆様、居間へどうぞ」
「…お邪魔します」

私は皆に連れられて、大きな居間に通された。畳の香り漂う広間の奥には縁側があり、綺麗に剪定された中庭が見える。こういう純和風な家って落ち着くよな〜なんて思った。
家政婦さんこと美鶴ちゃんが敷いてくれた座布団の上に座り、皆が言う巫女様が来るのを待った。

「…待たせましたね」

程なくして巫女様が登場した。亜麻色の髪を後ろで結った巫女様は珠紀の母方のおばあさんで宇賀谷静紀さんと言うらしい。彼女がここに来るまでに珠紀が教えてくれた。
柔らかい顔つきの珠紀とは反対に厳しそうな顔立ちのおばあさんだと、第一印象でそう思った。
宇賀谷さんがこの居間に入ってきた瞬間、この場の空気が変わったのを感じた。珠紀だけじゃなくて、私達の後ろに座った4人、特に鬼崎君や鴉取さんの背筋が伸びた。それだけ、この人が凄い人なんだと思った。
宇賀谷さんが私達の正面に座ると、ゆっくり私に視線を向けた。

「私に話があるそうですね。…その子と関係があるのですか?」

冷ややかな瞳が私に注がれる。萎縮してしまった私の代わりに、大蛇さんが今までの経緯を説明してくれた。話を聞いている間、宇賀谷さんの表情は何を感じているのか分からない程無表情だった。それは、入り口の襖に控えていた美鶴ちゃんも同じだった。
一通り話終え、私達は宇賀谷さんの言葉を待った。

「…そうですか」

じっと向けられた視線を外したくなる衝動にかられるが、それをさすまいとする圧迫感がある宇賀谷さんの瞳。

「何故結界を通ったのに感知できなかったのか、彼女が林で倒れていたのかは今の段階では分かりません」
「…そうですか」

謎が解けるかもと思っていた私は、溜め息をゆっくり吐いた。
やっぱり夢遊病とか何かなのかな…私。

「とにかく、今日は疲れたでしょう。この家でゆっくり休みなさい」
「あ、はい。…ありがとうございます」

そう言うと、宇賀谷さんは静かに居間を後にした。

「なにも分からず仕舞い…か」
「そんなに気を落とさないで」

横にいた珠紀が申し訳なさそうに励ましてくれる。

「…うん。ありがと」

そうだよね。ここで気を落としててもしかたない!
気落ちしてたのを無理やり奮い立たせた。その時、再び襖が開き、美鶴ちゃんが何か手に持って入ってきた。

「珠紀様。傷を負われたみたいなので、薬を持ってきました」
「あ、ありがとう!美鶴ちゃん」

美鶴ちゃんから救急箱を受け取ると、珠紀は私の前に座った。

「さ、傷みせて!」
「え、大丈夫だよ?ただのかすり傷だし、洗えば…」
「だーめ!ばい菌入ったら大変だもん!はい、足出す出す!」
「ちょ、ちょっ!」

有無を言わさず座っていた私の足を出させようとしてきた。

「観念しは方がいいぜ?こいつ、強情だから」

鬼崎君が言うと、確かに何を言っても無駄っぽいなと思い、素直に治療を受けた。擦り傷だったけど、やっぱり消毒液はしみる。その反応を楽しむ様に消毒液の浸みたコットンを押し付けてくるもんだから、仕返しに私が珠紀の手当てをしてやった。
自分でできると言い張る珠紀に、問答無用!と飛び掛る様を、4人は笑って傍観していた。



***



「そう。やはり、彼女は発現しなかったのね」
「はい。タタリガミとの戦いにおいては、そのような力は認められませんでした」

月明かり差し込む静寂な部屋。そこで宇賀谷と美鶴が何か話をしている。

「もう時間がないわね。まさかこのように早く封印が弱まるとは、誰も予想できなかった」
「……」

それに返す言葉はない。月明かりに照らされ見える美鶴は、まるで人形の様だ…と宇賀谷は感じた。でもそれは、自分も同じだと、心の中で笑った。

「鬼斬丸の封印の弱体化は著しい。もうそれ程時間はありませんね…」

外に見える月に目を向けた宇賀谷。そして小さく呟いた。

「…彼女が呼ばれたのは…偶然か…必然か…」

その言葉は、誰の耳に入る事もなく、静かに空に消えていった。


***



チュンチュン…

「…ん…ん〜…」

雀の鳴く声が聞こえる…。もう朝なのかな…。
薄く開けた視界の先には、見覚えのない天井が広がっていた。

「……あれ…?」

ゆっくり体を起こし、辺りを見渡す。綺麗な緋色の紅葉が描かれた襖に、漂う御香の香り。太陽の暖かみ残る布団。どれもこれもが、いつも私が使っているものとは違っている。

「…あ、…そっか」

昨日、帰ろうとバスを待ってていつの間にか寝てて…気がついたら林の中に倒れてて…珠紀に会って化け物に襲われて…。バスもう出ちゃったから珠紀のとこに泊まったんだっけ…。

「…今何時だろう…」

枕元にあった携帯に手を伸ばすと6時を回った所。電波の届かないこの場所では、携帯電話もただの時計にしか過ぎない。学校ある日でもこんな時間に起きたりはしない。
旅行先だと興奮していつもより早く起きてしまうあれかな…。二度寝する気にもならないし、起きよう!
布団を綺麗にたたみ、借りた浴衣から自分の服に着替えた。備え付けられていた鏡台の前で映る自分の姿を見ると、服のそこかしこに土埃がついた跡が見える。
掃ったつもりつもりだけど…結構汚れてるな…そりゃ地面に寝転がったりしてたもんなぁ〜。でもこれ一着しかないから洗うわけにもいかないしな。下着はお風呂借りた時に一緒に洗って部屋干ししておいたから乾いてるけど。ま、家に着くまでだし、仕方ないよね。
そう自分に言い聞かせ、ゆっくりと襖を開け廊下に出た。すると、トントントンと何かを切る音が聞こえる。魚を焼くいい匂いも漂ってきて、私は導かれる様に匂いのする方向へ足を進めた。
着いた先は台所。割烹着を着た美鶴ちゃんが朝食の用意をしているようだ。

「おはよ〜」
「あ、苗字さん。おはようございます」

美鶴ちゃんは優しい笑顔で挨拶をしてくれた。

「お早いですね」
「うん。なんか目が覚めちゃってね〜」

笑って朝食の準備を進める美鶴ちゃん。私も手伝う!…って言いたいけど、生憎私は料理下手。食う専門な人なので…手伝うと逆に邪魔になるのが目に見えている。
せめて掃除とか洗濯とか、そういうお手伝いはないかと美鶴ちゃんに聞いたけど、もう全て終わらせた後だった。
まだ6時過ぎたとこなのに全てを終わらせてしまったんだ…。美鶴ちゃんはいつも何時から行動してるんだ?
その場にいても邪魔になるので、台所を後にし、せっかく早起きしたんだから家の近くを散歩しようと外へ出た。

「ん〜〜〜ッッ!…空気が綺麗だな〜」

山間から顔を出した陽の光を浴びながら背伸びをした。涼しい新鮮な空気が体を駆け巡ると、まだ朧気だった頭が冴えてくる様だ。

「確かこっちに神社があったんだっけ?」

その問いに応える人はいない。だって私一人しかいないもん。
一人の時間が長いと自然と独り言が増えていく。テレビ番組を見ながら相槌を打ったりツッコミを入れたりなどは日常茶飯事。だからこんな状況は別にどうとも思わない。
取りあえず、鳥居のある方へ歩いて行く。長い参道の先に幣殿が見えた。
神社に来たからには、お参りしないとね〜!
参道をゆっくりと歩き、賽銭箱の前に来てから気づいた。
あ、お賽銭持ってきてないや。…ま、いっか。気持ちが肝心よね!と誰に言うでもない言い訳を一人心の中で呟く。私は2回手を合わせ、目を瞑った。

「…無事、家に帰れますように…」

そう言葉にした次の瞬間、社の奥にある森から強い風が吹き込んできた。木々がざわめき、吹き荒れる風は、まるで逃がすまいと言うかの様に私の体にまとわりつく。
この感じは、昨日化け物に襲われる前に感じたものと似ていた。私は怖くなり踵を返して家に戻ろうとした時、耳鳴りがしだした。最初は耳に水が入った様な気持ち悪さだったものが、段々鮮明なものとなってゆく。

――…我が―――、――――せよ

…なに?空耳?
立ち止まり、辺りを見渡すが…誰もいない。だんだん吹き荒れた風も勢いを落とし、さっきまであった静かな朝に戻った。
…考えすぎかな…昨日あんな事があったから、過敏になってるのかな…。でも、過敏になるなってのが無理だよね。あんな化け物がいるなんて、普通じゃない。普通じゃないって言えば、昨日一緒にいた人達も普通の人とは違っていた。
『あなた達の持つその力はなんなの?』と、その時隣にいた鬼崎君に聞いたけど、色々あるんだよって言って流された。他人には教えられない事?でも、私も被害者のうちの一人なんだから、話してくれたっていいのに…。…ま、もうここに来る事もないだろうし!
嫌な事は気にせず忘れよう!!
自分にそう言い聞かせ、自室へと戻る事にした。



***



「ご馳走様でした!」

美鶴ちゃんの作った朝食は、すっごく美味しかった!
同じ料理を私が作っても、こうはならないだろうと思う。ま、料理下手な私と美鶴ちゃんを比べる方が失礼な話なんだけど。

「珠紀はいいなぁ〜。毎日こんな美味しい料理が食べられて」
「ふふふ〜いいでしょ〜!」

胸を張って自慢する珠紀。
ちくしょー!…この料理毎日私の家まで配達してくれないかな…なんて一瞬本気で思った。

「あ、そろそろ準備しなきゃ!」

珠紀はこれから学校がある。当たり前か。今日平日だし。

「名前は学校に連絡しなくても大丈夫なの?」
「うん!法事で今日まで休むって前に言ったから」

本当は法事なんて1日で終わってしまうから今日から学校行けたんだけど、絶対疲れるから1日長く休みとったんだよね。
そっかと言って珠紀は学校の用意をしに自室へと戻った。私は食べた食器を台所に運んで皿洗い。美鶴ちゃんに私がします!って困ったように言われたけど、お世話になりっぱなしは悪いし。皿洗いもできない様にみえる?って言ったら、沈黙した後小さな溜め息を落としてお願いしますって言ってくれた。

「じゃ、行って来るね」

皿洗いを終えた時、玄関から珠紀の声が聞こえた。見送りしようと私も玄関に向かった。
玄関では珠紀と美鶴ちゃんが何か話をしている。

「いえ。私はもう高校の卒業資格を持っていますので。ですからここでお仕えさせていただいております」
「……え?そうなの!?同じ歳くらいかと思ったけど」
「はい。私は珠紀様の一つ年下になります」

後から合流した私でも、話の流れはなんとなく分かる。
珠紀の1こ下って事は私の1こ下でもある。それで高校卒業資格持ってるとか…すげぇ…。珠紀も同じ気持ちらしく、絶句している。

「…ひょっとして、美鶴ちゃんってすごく頭いい?」

そう珠紀が言った時、彼女の後ろに影が現れた。

「そりゃ、おまえよりはいいだろうさ」

珠紀の後ろには昨日一緒にいた学生3人組。

「美鶴に勝ってる所なんて、一つもないんじゃないか?」

ムッとする珠紀。

「美鶴と、なぁ。そういえばほとんど歳同じなんじゃねえか?お前ら」

鴉取さんが私達3人を見比べて…笑った。それを見て私もムッとなる。

「2人とも、よせ。本当のことを言ったら、かわいそうだ」

弧邑さん…あんた…綺麗な顔してさらっと残酷な事言うんだね。

「ってか、みんな美男美女なんだから、そんな人達が可愛い可愛くないとか言ってたら、私どうなるのよ?」

呆れた様に言った私を、皆きょとんとした顔で見た。
少し間があり、一番に言葉…よりも先に笑いを発したのは鴉取さんだった。

「ブッ!拗ねるなよ。別にお前の事ブスとか言ってねぇだろ?」

その『面白い奴だなぁ〜』みたいな顔で言われても全然説得力ないって!

「……チビ」
「あぁ?!なんだとテメェ!!」
「別に鴉取さんの事をチビって言った訳じゃないですよ〜」
「じゃあ誰に向かって言ったんだよ!!」

暫くそんなどうでもいい会話をしていた。
またやってるよ、と言いたそうな顔をする3人とどうしたらいいか困惑する美鶴ちゃん。
まぁまぁ、と珠紀がその場を抑え、4人は仲良く学校へと向かった。閉めた玄関戸の向こうから4人の会話が聞こえる。珠紀をからかう様な言葉だけど、その会話を聞いてて…羨ましいって思った。なんだかんだ言って、4人とも、お互いを大切に思ってるんだなって。
私の周りには…もう、そんな人はいないから…。

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