訳わかんないよ


「もう行かれるんですか?バスの時間までかなり時間がありますけど…」
「長居すのも悪いし、村をブラブラしながら向かうから大丈夫」

美鶴ちゃんは忙しそうだし、宇賀谷さんは部屋から出てこないし、1人で居るのも暇だし…ね。

「すみません、お送りする事ができなくて」
「ううん!美鶴ちゃんやる事いっぱいあるんでしょ?バス停の場所もメモして貰ったし、1人で大丈夫!」

本当はちょっと心細い。また昨日みたいに…って思うけど、美鶴ちゃんに聞く限り、林や森に入り込まなければ大丈夫って言ってたし、いけるっしょ!

「じゃあ!お世話になりました。宇賀谷さんにも宜しく伝えて下さい」
「はい。お気をつけて」

美鶴ちゃんに手を振り、歩いて行く。長い石段を下りるのは、筋肉痛気味の脚には堪える。
うぅ〜と小さく唸りながら階段を下りきると、さっきとは景観が違う。近くに小さな川が流れる畦道。とっても静かで、鳥の囀りや風で田畑の草や木々が揺れる音が聞こえるだけ。
THE・田舎だね〜。でも心静かで落ち着く。
土手を一人歩く音が響く。少し歩いた所に村があった。ここは地をコンクリートで固められた道になっていて、横断歩道に信号もちゃんとある。商店街に入ると、気の良いおばちゃんが見ない顔だね〜なんて声をかけてくれた。小さな村だからか、商店街の人々は皆顔見知りっぽい。角でおばちゃん3人で井戸端会議してたり、珠紀達と同じ制服を着た学生が、遅刻だぁ!!って叫びながら走ってるのを、魚屋のおじちゃんが頑張れよ〜なんて笑って応援していたり。
そんな光景を見てると、自然と笑みがこぼれる。都会で育った私は、こんな温かい環境に慣れていないから、すごく憧れる。将来は、こんな温かい場所に住みたいな…なんて考えたり。そんな気持ちを胸に抱き、村を後にした。



***



「あ、あれがバス停だ!」

遠くに停留所が見えて、歩調が早くなる。早足で駆け出した瞬間…ゆっくりとその足が止まった。視線を横へ向ければ深い森が広がっている。

…心臓がドクン、ドクンと波打つ。

何故だろう…行かなきゃいけない…そんな気がする…。凄く嫌な感じがひしひしと漂うその森の先に。
嫌だ…帰らなきゃ…怖い…行きたくない…。
そう思うのに、私の瞳は意志に反して森の先一点をずっとみていた。避けられない…避けてはいけない…と何かが訴えてくる。
私は…意を決し、導かれる様にその森へと足を踏み込んだ。

道なき道を1歩1歩、震える足で踏み入る。
ガサッガサッ…と鳴る草。木々は何かに脅える様にシンと静まり返っている。
静かだ…静か過ぎて……気味が悪い。嵐の前の静けさ…というやつなのだろうか。
そんな感じがしてならない。もう、これ以上奥に行きたくない…そう思うのに、歩む足は止まろうとはしない。まるで、誰かに操られているかの様に、自分の意志とは反して歩いている。
やっぱり、あのままバス停に向かってればよかった…!
後悔したが遅く、もう入ってきた入り口は遠くに見える程森の奥まで入ってきていた。
奥に進むたびに、ドクン、ドクンと高鳴る心臓。徐々に早く、大きくなる鼓動を抑える様に胸に手を当て、進む。
…何かが……この先に……何かが……。
何か…なんてそんなの分からない。だけど、私の中の何かが言っている気がする。
この先に行けって…。



***



どれくらいの間、歩いたんだろう…。
周りは静かな森。葉が生い茂っていて太陽の姿も見えない。まるで夜の様なこの森に入って何時間も歩いてる様な気がするが、もしかしたら5分くらいしか経ってないのかもしれない。時間間隔のなくなるこの空間で体力的、精神的にも疲れた私は、近くの木の幹に手をついて息を整えた。顔を上げると、霞んでよく見えないが遠くに開けた場所がある。
その場所に目を向けた瞬間、鼓動が頭に響く程高鳴った。

ドクン…ドクン…

その鼓動で頭痛がする。頭を押さえ、蹲るとまたあの声が聞こえた。

―…――力を…――、

なに?なんなの?力がなんなのよ…私と何の関係があるのよ!訳わかんないよ!
辛くて、痛くて、全てを振り払う様に頭を左右に振る。

―…――今こそ…―――を―!

「うるさいうるさいうるさいうるさいッッ!!!」
「…煩いのはお前だ」

…えっ?私は頭を抑えたまま、後ろを振り返ると…。

「こんな所で何してんだ、バカ」
「……お…にざき…くん…」

びっくりした…。

「…なんで…ここに…」
「それはこっちの台詞だ。昨日あんな目にあって、何でまた森に入り込んだんだ」
「あ、いや…」

そう思った時ハッとした。さっきまで響いていた声は消えていた。

「この先は危険だから、ほら、戻るぞ」
「あ……うん…」

一度森の奥へ目を向けたが、もう鼓動も落ち着いていた。
…さっきまでのは…何だったんだろう…。

「何してんだ?置いていくぞ」
「あ、ちょっ、待って!」

慌てて鬼崎君に駆け寄った。鬼崎君の後ろを縋る様について歩く。
改めて周りを見渡すと、私、よく一人でこの森に入ってこれたなって思った。
こんな不気味な森、獣だって寄り付かないよ…絶対。
実際、ここに来るまで獣や動物に遭遇しなかった。それくらいヤバイ森なんだって、今更気づいた。

「…!」
「んぎゃっ!」

周りをキョロキョロ見ながら歩いていた私は、急に立ち止まった鬼崎君に気づかず、そのまま彼の背中に顔をぶつけてしまった。

「…どうしたの?」

顔を抑えながら彼の顔を覗き見ると、険しい顔をして前を見ていた。
視線の先に私も目を向けると、黒い影がゆっくり、ゆっくりとこちらへ歩いてくるのが見える。
…まさか…。

「…下がってろ、名前」

呟くように低い声で言った鬼崎君の言葉に頷き、私は後ろにあった木の陰に隠れた。
私達の前に現れた黒い影は、この前の化け物と違っていた。3メートル近くある身体にはカマキリの様な手が数本あり、頭部には目が5、6個もついていた。
その紅い瞳が鬼崎君をじっと見つめている。

「ォォォオオオォォオオオオオオーーー!!」

大きな雄たけびと共に鬼崎君に向かって手が振り下ろされた。
カマキリの様なその手は地面に突き刺さり、その周りは地が割れ、地肌が露になった。横に避けた鬼崎君は自らの拳を化け物に突き当て、その瞬間化け物は木々をなぎ倒しながら吹っ飛んだ。
轟音と共に化け物の叫び声が聞こえる。十数メートル先で止まった化け物の身体。だが少しすると、その巨大な身体をゆっくりと起こして、またこちらへと歩いてくる。

「チカラガ…チカラガホシイ……」

呟くようにそう何回も何回も言う化け物。
力って…鬼崎君の力の事?
そう疑問に思うと、今までゆっくり動いてた化け物が一気に鬼崎君に迫った。それに立ち向かう様に彼も化け物目掛けて走り出す。繰り出す化け物の攻撃をかわしつつ、確実にダメージを与えていく鬼崎君。
それでも化け物の攻撃はなかなか衰えない。攻撃を避けきれず、身体に傷をつくる彼の姿を、私は木陰に隠れて見守る事しかできなかった。
震える手をぎゅっと握り、この戦いが早く終わる事を祈る事しかできない。そんな自分が、無力だと思った。
そう思ってると、再び化け物が殴り飛ばされた。息を荒くする鬼崎君に目をやって、倒れた化け物に視線を移すと、化け物ももう限界が近いのであろうか、なかなか起き上がって来ない。
もしかして、死んだのかな?
鬼崎くんと飛ばされた化け物に挟まれた位置にいた私は、彼の下に駆け寄ろうしたその矢先、静かに立ち上がった化け物の身体。ゆらりと揺れる巨体のいくつもの紅い瞳が…一気に私に向けられた。

「…チカラダ…」

金縛りにあった様に、化け物の視線から目が離せなかった。

「何やってんだ!」

鬼崎君の声。でも…振り向けない。

「チカラ…チカラ…ホシイ…」

ゆっくりゆっくり…私に向かって歩いてくる。
…なんで…なんで私に向かってくるの?力って…鬼崎君の事じゃないの…?

「チカラ…ホシイ…クイタイ…チカラ」

いやだ…

「チカラクウ…チカラクウ…チカラチカラチカラ!!」

呟く様に言っていた言葉が雄たけびになり、化け物は私に向かって突進してきた。怖くて、逃げる事もきなくて、気がつけば化け物が眼前に迫って、手の鎌を振り上げていた。
……いやだ!
そう思った時、振り下ろされた鎌と同時に何かが私を抱きとめ横に飛んだかと思うと、地面に転げ落ちた。

「…大丈夫か?」

きつく閉じていた目を開け、見上げると鬼崎君の顔があった。

「だ…だいじょ…―!」

大丈夫だと告げようとしたが、言葉がつまった。彼の背中が袈裟懸けに斬られたいたからだ。

「…ッッ!!」
「鬼崎君!」

傷はそれ程深くないものの、鮮やかな赤い血が傷口から流れ出ている。私は傷口をふさがなきゃと思い、鞄の中のタオルを取り出そうとした…その時、黒い影が私達を覆った。
見上げれば、化け物が目の前に立っている。

「名前、逃げろ…」

息絶え絶えに言う鬼崎君の声。
逃げたい…でも逃げれるわけない…。この化け物からも…なにより、鬼崎君を置いて逃げるなんて出来ない…。

「チカラ、ホシイ…タベタイ…チカラ…チカラー!!」
「逃げろぉぉぉおお!!!」

振り上げられた鎌が振り下ろされようとしていた。私は咄嗟に、鬼崎君を庇う様に彼に覆いかぶさった。その時――

――力を…―

その声と共に、自分の身体の中から何かが溢れ出した。勢いよく飛び出た何か…その何かが後方に向かって放たれた。

「ァア…ァァアアァ……」

襲ってこない攻撃に、私はゆっくりと振り返ると、そこには弱々しく声を上げながら、空へと溶けていこうとしている化け物の姿。それはどんどん薄くなり、何もなかったかのように、視界が開けた。

「…いったい…なにが…」
「…おまぇ…―ッッ―!」
「―鬼崎君!」

傷の痛みで立ち上がろうとした鬼崎君が崩れ落ちた。鞄の中からタオルを取り出し、傷口にあてる。淡く白かったタオルがみるみるうちに赤く染まっていく。
鬼崎君が…死んでしまうのではないかと…怖くて涙が溢れ抱いた。

「…泣くな。…大丈夫だから」

痛い筈なのに、苦しい筈なのに、笑顔を向けて頭をポンっと叩いてくれた。それを見て、私はまた苦しくなって…涙を止める事ができない。

「おーい!!」

遠くから声が聞こえる。風の様に現れた彼は鬼崎君を見て苦笑した。

「おうおう、酷くやられたなぁ〜」
「…どうって事…ないっすよ」

強がってんじゃねーよ!と、傷口をポンと叩くと、鬼崎君は悲鳴を上げた。
鴉取さん…なんか…凄い人だな…。さっきまでの沈んだ空気が一気に明るくなったよ。

「お前は怪我、ねぇか?」
「あ、…はい。…鬼崎君が庇ってくれた…から…」

あの光景を思い出すと…また目頭が熱くなってくる。

「泣くな泣くな。よしよし、怖い思いしたんだな〜」
「……子ども扱いしないでください」

ニコニコ笑った鴉取さんは、倒れていた鬼崎君を起こそうと肩を貸した。その姿を見て私もと、鴉取さんと反対の肩をとった。鬼崎君と私達の身長差が20センチくらい違うせいか、凄く歩き辛そうだ…。でも、文句言わず、逆にサンキューって言ってお礼を言われた。
…お礼を言わなきゃいけないのは…私の方なのに…。

3人で歩き出そうとした時、誰かがこっちに向かって来るのが見えた。鴉取さんも気がついて足を止める。戦闘体勢に入ろうとした鴉取さんだが、急に顔の強張りがなくなる。

「ご無事でしたか」

影の正体が露になった。

「…美鶴ちゃん…?」

そう、着物姿の美鶴ちゃんがその場に立っていた。

「…ババ様がお呼びです」

私の目を見て、そう言った美鶴ちゃん。

「…宇賀谷さんが……私を…?」
「はい」

淡々と話す美鶴ちゃん。
…何だか、今朝の美鶴ちゃんと違うみたいに感じた。

「鬼崎さん、鴉取さんもご一緒に」

そう言うと、踵を返して歩いていった。私は混乱したまま鴉取さんに目をやると、美鶴ちゃんの方を見ながらゆっくりと歩きだした。
私もつられる様に歩く。

…一体…何なの…?

不安を抱えたまま、私はその森を後にした。

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