も…学校行きたいな


…すごっ!
目の前に並べられてる朝食を見て浮かぶ言葉がそれしか出てこなかった。

「……あはははは。いやー、なんと言いましょうか…」

珠紀も言葉に出来ないようだ。
豪華という言葉では言い尽くせない程のご馳走がテーブル狭しと並べられている。鯛のお刺身尾頭付き。かにの炊き込みご飯と、かにの殻で出汁をとったお味噌汁にえびの天ぷら。

「今、お飲み物を持ってきますから」

楽しげな美鶴ちゃんはあっちへこっちへと急がしそうに食事の準備をしている。

「……しかし、これはまた朝からすごいな」
「……うん、すごいね、これ」
「…これ、朝食だよね?」
「いいんじゃねえの?うまいものはありがたくいただく。これ基本」

確かに、真弘さんの言う事ももっともだけど…。とりあえず、私たちは食事を取り始めた。

食事が始まって数分。
美鶴ちゃんはニコニコしながら、空いた湯のみにお茶を注ぎ、おかわりといえば、さっとしゃもじを構える。給仕の鑑と言える彼女は、特に拓磨の世話を甲斐甲斐しくしていた。

「あの、お味のほうとか、どうですか?朝食ですからあまりお腹にもたれないものをと思ったんですが…」
「…いや、うまいけど」
「ほ、ほんとですか!」

パッと美鶴ちゃんの表情が明るくなる。かわいいな〜なんて思いながら美味しい朝食を口にして、悔しく思った。

「これまたずいぶんとまあ、初々しいな、おい」

面白そうに真弘さんが笑った。途端、美鶴ちゃんは真っ赤になって台所に引っ込んでしまった。

「ちょ、ちょっと!だめですよ、からかっちゃ!」
「お前、顔が笑ってるぞ?説得力ゼロ」

慌てて自分の顔に触れた珠紀の顔は、確かに口元が笑っていた。

「…だって、なんか、二人とも可愛らしいんだもん。ねえ、名前」
「……そうだね」

笑って応えたけど…多分、口引き攣ってるだろうな…。

「お、この天ぷらうめえな!珠紀、お前のもよこせ!」
「ちょっと、真弘先輩!何するんですか!!」

天ぷらの争奪戦を繰り広げる珠紀と真弘さんを隣に、私は黙々と料理に手を伸ばした。

「…なあ」

控えめな声で拓磨が声をかけてきた。

「半分食ってくれ」

そう言って差し出されたのは、さっき美鶴ちゃんが拓磨に渡した山盛りのご飯。

「……私をイノシシから豚にする気?」
「お前、まだ根に持ってるのかよ」
「別に持ってませんよ〜」

フンと視線を外せば、有無を言わさず拓磨は私の茶碗に、彼の茶碗に盛られてたご飯をのせてきた。

「ちょっと、勝手にいれないでよ!」
「大丈夫、お前なら食える」
「なんでそんな事拓磨が分かるのよ!」
「きついなら、お前の刺身もらってやるから」
「ちょ、刺身は大好物なんだから!絶対あげないからね!」
「お〜お〜。こっちはこっちで微笑ましいな〜」

からかい顔でこっちを見た真弘さんと珠紀。
あんたらに言われたくないよ!って言い返したかったけど、なんだか恥ずかしくて、私は何も言わず、ご飯を口に運んだ。



***



「おい、珠紀ー!まだか?置いていくぞー」
「ちょ、ちょっと待ってください!」

今日提出のプリントが見つからないとかで、部屋中ひっくり返してる珠紀。そんな姿を見ながら、私もよくやってたな〜なんて思ってた。
思えば、私も珠紀や拓磨と同じ歳なんだよね。いつもなら皆と同じ様に学校に行って眠たい授業受けて、友達とお喋りして…。それが当たり前だったのに、今は凄く懐かしく思う。
楽しいだろうな〜…珠紀や、拓磨と一緒のクラスだったら。もし、拓磨が私の席の前とかだったら、授業中、ずっと拓磨の背中を見てるんだろうな…。
そんな叶わぬ事を思っていると、ようやっとプリントを見つけた珠紀が二人と一緒に学校へ行ってしまった。
静かになった家で、私はポツンと佇んでいた。

「私も…学校行きたいな…」

私の言葉は、静寂の中へととけていった。


皆が学校に行ってから、私は自室に戻って爆睡した。昨夜あまり眠れなかったせいか、気づかぬうちに寝てしまっていた。次目が覚めた時にはもう昼をとおに過ぎていて、冷えてしまった昼食を美鶴ちゃんが温め直してくれた。文句一つ言わず笑顔で用意してくれた美鶴ちゃんに…本当にすみません…って心の中で謝った。
昼食を済ませて境内へ向かった私は、せっせと落ち葉を箒で集めていた。
この季節、掃いても掃いても山から枯れ葉が舞い落ちてくる。集めたら焼き芋ができそうだ。

「せいが出るね」

落ち葉をビニール袋に集めてた私に話しかけてきたの、いつぞや街で会った…。

「…あ〜!サボり公務員のおじさん!」
「サボりって…その言い方は止めてくれるかな?俺は芦屋って名前だと、前会った時に言ったはずだけど?それと、俺だってちゃんと仕事してるよ?」
「…でも、その姿見たら誰だって…」

だらだらとした姿にボリッと煎餅を口にする姿は、これで仕事してますなんて言われても全然説得力がない。

「ま、俺の仕事は特殊だからね」
「特殊?」
「公務員でも色々あるんだよ。それより、ちょっとこの家の人に用があるから、案内してくれないかな?」
「え、あ〜…はい」

なんだか、掴めない人だな。
とりあえず、言われた通り玄関へ案内し、美鶴ちゃんを呼ぶと美鶴ちゃんが私の後ろにいる芦屋さんを見て目を広げた。
少し躊躇って、美鶴ちゃんは少々お待ち下さいと言って奥へ行った。ほんの数分もしないうちに戻った美鶴ちゃんは、どうぞと言って芦屋さんを案内した。
私はとりあえず、途中だった掃除を済ませ部屋に戻った。居間を覗いたけど、芦屋さんの姿も美鶴ちゃんの姿もなかった。
…って事は、宇賀谷さんの部屋か…。美鶴ちゃんが芦屋さんを見た時の顔。凄く驚いてた。顔見知り…だとは思うけど…何だか険悪な空気が一瞬流れたんだよね…考えすぎかもしれないけど。
なんとも言えない緊張した空気が、家全体に流れてる…そんな気がした。



***



私達は蔵に来てる。調べ物をする為に。

「どうしたんですか、先輩」
「ここは苦手なんだよ。本持ち出して外で調べる」

午後の優しい光が、小さな明り取りの窓から差し込む。相変わらず埃っぽいこの空間は得意とする人の方が少ないと思う。
真弘さんは本を数冊持って蔵の外に出て行った。

「私も、外で読もうかな!」

珠紀も真弘さんの提案に乗って、何冊か本を選んで真弘さんの後を追った。
…珠紀、少しは元気になったみたいで良かった。


芦屋さんが来てから色々あった。
学校から戻った珠紀達と芦屋さん。顔見知りだったみたいだけど、美鶴ちゃんの時と一緒でいい雰囲気ではなかった。特に拓磨と真弘さんは芦屋さんを凄く睨んでいた。
芦屋さんは国の、典薬寮という機関の人間らしい。典薬寮とは、何百年も前からカミと人、人とカミの間の調停、管理してきた国の機関。普段は干渉してこないが、鬼斬丸の管理は世界の危機管理とイコール。状況が悪くなれば典薬寮も動かざるをえない。もう、そういう状況まできているという事だと、芦屋さんは語った。

「このままいけば、少なくとも、確実に守護五家は全員殺されるだろうね」

私は目を見開いた。その時、美鶴ちゃんの昨夜の言葉を思い出した。

『逃げてください』

第三者にそう言われると、真実味が増して寒気がする。

「じゃあ、どうしたらいいって言うんですか!」

私の後ろにいた珠紀が悲痛な叫びを上げた。

「皆の力になれるなら、何だってやりたいってそう思ってますよ!どうしていいか分からないんです!どうすれば…私は無力じゃなくなるんですか……」

訴える様に、すがる様に珠紀は言う。

「どうすれば皆の足を引っ張らないですむんですか。私だって、ただ守られてるだけなんて、嫌なのに…」

暫くの沈黙があった。それを破ったのは芦屋さんだった。

「状況は極めて悪いが、僕はまだなんとかなると思っている。特に珠紀君。君が玉依姫でいる限り、切り札はこちらにある」

切り札?
そう思った時、居た堪れなくなったのか、珠紀が居間を出て行ってしまった。
私はどうしようか、珠紀を追いかけたいけど…なんて言葉をかけよう。そう悩んでると、芦屋さんの視線に気づいた。

「切り札はこちらにある」
「……」

さっき言った言葉を、再び私を見ながら言った。気のせいかと思ったけど、芦屋さんとばっちり視線がぶつかっている。
困惑した私は、とにかく珠紀の傍に行かないとと思い、居間を後にした。


その後、自室にいた珠紀を連れ出してこの蔵へ来た。

『分からない事は調べる』

真弘さんの言葉に、落ち込んでいた珠紀がありがとうと小さく呟いて立ち上がった。
そして、今に至る。
蔵で色んな本を広げるが、やはり全然読めない。それは拓磨も同じらしく本を取ってペラペラ捲るが、直ぐにそれを元に戻している。
私も読める…というか、感じれるものは一冊のみ。最終的に行き着いてしまうその本を手にして、ページを捲る。見るだけじゃなんて書いてるのか分からないのに、文字に触れると不思議と映像が頭に浮かび上がる。夢で見た、同じ映像が。
目を閉じ、その映像に集中する。まるでその中に溶け込んでしまった様にリアルに感じる。空に浮かんでる浮遊感。駆け抜ける空気の冷たさや音。それに…私の中の力が反応してるのが分かる。いつもみたいに苦しいものじゃないけど、緩やかな波の様に、身体中を巡って…満ちるって、こういう事を言うのかな。
だけど…私はそれを素直に受け入れられない。気持ちは力の事を知りたい。でも体が無意識にそれを拒否しているようだ。
文字に触れる指が、微かに震えている。ノイズの入った映像の先を知れば、何かが変わる気がするのに、それを受け入れるのが怖い。
でも、みんなの為に知らなければ…!
自分を奮い立たせ、ゆっくり震える指を先に進ませようとした時、肩にポンと何かが触れた。ビクッとさせ振り向くと、拓磨がすぐ傍に立っていた。

「あまり無理すんな」
「え…」
「震えてる」
「あ、…あ、はは」

手をグッと握り、震えを抑え込んだ。

「情けないな〜…知りたいって思ってるのに…」
「…誰だってそんなもんだ」
「拓磨も…そうだった?その…自分の中に他の人と違うものがあるって知ったとき」
「あぁ…たぶんな。もうずっと昔の事だから覚えてないけど…人と違うものを持って、素直に受け入れられるヤツなんていない。みんな、悩んで迷って…それでも前に進まなきゃならない」

…そうだよね。みんな、一緒なんだ。拓磨も珠紀も…守護者の人達みんな、色々悩んで生きてるんだ。私だけじゃない。

「うん…そうだよね…頑張るよ、私」
「無茶しない程度にな」
「は〜い。拓磨に迷惑かけない程度に頑張りま〜っす」
「…別に迷惑かけたって構わないさ」
「え…」
「あ、いや、なんでもない。…さーて、調べ物調べ物」

背を向けて書物をあさりだした拓磨。
え〜っと…あ、あれだよね!仲間としてってやつだよね!別に…意味があるわけじゃない…。
そう思うけど、顔が凄く熱くなる。ここが暗くてよかった。

「おーい。そろそろ戻るぞー」

入り口から真弘さんの声が聞こえた。

「…いくか」
「…うん」

どうかこの暗がりを抜けるまでに、頬の熱がひいていますように。

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