どうして、宝具をた瞬間に


異変が起きたのは、蔵で調べ物をした次の日の夕方だった。

「…もう、治ってる…」

足首に巻かれた包帯を取りながら呟いた。あれから幾日しか経っていないのに、体中についた傷は全て綺麗に完治していた。
瘡蓋にもならず、傷があったのかさえわからないくらいに。
傷が残らなかったのは嬉しい事だけど…。

「これも力のせいなのかな…」

あんな怪我初めてだったけど、こんなに治りが早いのは普通じゃない事くらいわかる。
これからどうなるのか…って考えたら、やっぱり身震いしちゃうけど、でも何があっても頑張る、逃げないって決めたんだから!
そう自分に言い聞かせ、みんなの帰りを待ちながら境内の掃除でもしようと外へ出た時、幾度きても慣れない苦しみに苛まれた。
宝具に何かあったんだとすぐ分かった。このままいけば、私はこの苦しみに意識を奪われ、次気づいた時には宝具の近くまで飛ばされている。意識を手放せば楽になれると分かっているけど、私はそれを拒んだ。
力が、宝具のところへ向かうと言うなら、私が自分で行く!自分の足で向かうから!
そう何度も呟くと、苦しみが徐々に引いていった。私の思いが通じたのか分からないけど、息を整えて鳥居をくぐった。
急ぎ足で階段を駆け下り、力が導く方へ向かった。赤く染まる夕空がやけに薄気味悪かった。鮮やかな色が…まるで血の色に見えたから。

「ハァ…ハァ…ッ、…ここか」

森の入り口に立つ。入り口と言っても道がある訳じゃない。木々が生い茂げ、少し先は真っ暗で何がいるか分からない不気味な森。でも、力はこの先だと私に話しかける様だ。
みんなは…まだ、来ないみたい。…もしかしたら、もうこの先に行ってるのかもしれない。
一人で森に入るのはやっぱり抵抗があるけど…そんな事言ってられないよね!

「よし!」
「なにしてる」
「うわッ!?」

意気込んだ瞬間真後ろから掛けられた言葉にびっくりして飛び上がってしまった。後ろを振り向くと、見知った顔がそこにあった。

「遼!」
「なんでお前はいつも森の前をうろうろしてる」
「そ、それはこっちの台詞!」

遼に言われて、確かに私が森の中に行く時やいる時によく会う事に気づいた。

「また森に行く気か?」
「…うん」
「あいつらは」
「わかんない。まだ来てないのか、もしかしたらもう行ってるかもしれないけど」

そこで会話が止まった。…実はいつもみたいな気まぐれでついてきてくれるのを望んでたりするけど…宝具に何かあったって事はロゴスと会う確立が高い。そんな場所に付いてきて!なんて言えないし…。

「………」
「……言いたい事があるなら言え」
「え、」
「チラチラ顔色伺うな。うっとおしい」
「うっとおしいって何さ!別になにもないですよーだ!じゃね!」

あぁぁあ、バカ名前!遼がせっかく言い出すきっかけをくれたのに!…でも、遼の言い方はいちいち私の勘に触る。あぁ〜…でもあそこは私が抑えてついて来てもらえばよかった…!
一人森に踏み込んでから大いに後悔したがもう遅い。引き返してついて来てなんていえる訳ないし、私は両手を胸の前で抱えてゆっくり奥へと進んで行った。

「お願いだから…何もでてこないでッ、―っと?!」

ブツブツ呪文を唱える様に呟いていると、石に躓いて地面にダイブした。咄嗟に手をだしたから顔面はセーフだったけど。
ハァとため息を吐いて立ち上がろうとしたら、急に腕を持たれ、グイと引き上げられた。

「どんくさいな」
「…遼」

私を起こしてくれたのは、さっき別れたばかりの遼だった。

「あ……ありがとう」

土埃を払って遼を見ると、彼も私をじっとみていた。まっすぐ向けられた紅い瞳。無駄にカッコイイその顔から視線を逸らして、私は足元に目をやった。
どうして、私を追ってきてくれたの?森に用事…はないだろうし。…私が…言い出すのを待ってくれてる…ついてきてくれる……とか?
そんな望みにかけて、頼んでみるだけ頼んでみよう!

「あ…あの、さ…勝手なお願いだって分かってるんだけどさ……皆と合流するまで、ううん、途中まででもいいからさ…あの一緒に――」

そこまで言って気づいた。目の前に遼がいない事に。
え?え?!どこいった?!

「なにしてる」
「え、…あ、遼!人が話してるのにどこいくのよ!」
「誰がお前の話聞いてやるって言った」
「言っ…てないけども…」
「だったら黙って歩け」
「黙ってあ……え?」

そう言って歩いてく遼が向かうのは森の外ではなく、私が向かっていた奥へ向かう方向だった。
一緒に…行ってくれるの?

「あ、ちょっと!待ってよ!」

スタスタと先を行く遼を追って私は走った。少し後ろを歩いて遼の後ろ姿を見た。
こいつは口悪いけど、いつも私を助けてくれる。なんか、まるで…

「ヒーローみたい」
「は?」
「いや、いつも一人の時に助けてくれるから、ヒーローみたいだなぁって思って」
「気色悪い事言うな」
「あ…うん、そうだね」

遼がヒーロー…単色の全身タイツみたいな服を着て駆けつけて…大丈夫かい?なんて、爽やかに言ってる姿を思い浮かべると…違和感過ぎて…。

「プッ」
「…お前、今何想像した」
「え、…別に何も…ブッ」

脳内に残ったヒーローの遼像でまた吹いてしまうと、それが気にくわなかったのか彼が私の顔に手を伸ばしてきた。また殴るか抓るかするつもりなのだろうと、私は咄嗟に距離を取って手で顔をガードした。

「ふふふ。何度も同じ手はくわないよ」
「……」

出鼻をくじかれた遼は、出した手をスッと引っ込め、何も言わずに奥へ進んでいった。
勝った!…なんて心の中でガッツポーズをとって彼の後ろをついて歩いた。


歩いて十数分。今更だけど、不思議に思った事がある。
どうして…遼は私が行きたい方向が分かるんだろう?今も、その前もそうだけど、遼はいつでも私の前を歩いてくれる。この方角も何も分からない森の中で封印域へ、宝具のある場所へ向かって真っ直ぐ進んでる。私が位置を言った訳でもないのに…。

「ねえ、遼」
「なんだ」
「遼ってさ―、ッッ!!」
「、どうした!」

急に胸に痛みが走り、私はその場にうずくまった。
この心臓を抉られた様な痛み…まさか!

「遅かったではないか、リメイン」

森の奥から聞こえて来た薄気味悪い声。忘れたくても…忘れられない声。

「…ドライ」

ロゴスのメンバー、ドライ。

「相変わらずキミはリメインにつきまとってるみたいですな」
「…お前もな」

私を庇う様に前に立つ遼の睨みを何とも思わないのか、ドライは変わらず笑みを浮かべている。

「…宝具は…」
「ククク。その様なこと、聞かなくても分かっているのではないかね?」

そう言って前に出したドライの手の中には、勾玉の付いた首飾りが…。
やっぱり…もう、奪われてしまったんだ。

「くっ、…」
「遼?」
「なんだ?この…痛みは…」

急に遼が頭を抱えて蹲った。

「遼?!どうしたの?」

遼の体を支え、顔を覗き込んだ。顔をしかめて痛みに耐えているみたいだ。
本当に痛そう。でも、いきなりどうしたんだろう。ドライが何かした…訳じゃないと思う…。ドライが宝具を見せた瞬間遼が……宝具を見た?どうして、宝具を見た瞬間に?宝具に関係あるのは玉依姫や守護者の…――。

「みんなは…?」

そこまで考えて気づいた。皆の姿が見当たらない…まだ来てないの?でも、私の足より後に着くなんて…余り考えにくい…もしかして…――。
嫌な予感がする。それを否定して欲しくてドライに視線をやったが、彼は口角を上げてニヤリとした。

「みんなとは…彼らの事かね?」

ドライが杖をコツンと地に打つと、彼の足元に突如影が現れた。それが徐々に明るみになり、はっきりした時、息が止まりそうだった。

「祐一さん!慎司君!」

そう、ドライの足元に倒れていたのは、体中に焦げ跡や切り傷がついた祐一さんと慎司君の姿だった。

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