に…いたいよ―


顔を洗いに行こう。
泣き腫らした目を擦り部屋を出ようとすると、襖がピクリとも動かなかった。

「…なんで…?」

襖なんだから鍵が付いている訳じゃない。つっかえ棒か何かかましてるのかなって思ったけど、それにしても動かなさ過ぎる。何だか、私を出さんとする圧迫感まで感じる。それ以前に…何で…閉じ込められてるの?

「ねえ!誰かいないの?珠紀!美鶴ちゃん!」

ドンドン叩いても揺れさえしない。何だか怖くなって襖と反対側の窓に手をかけたが、それもびくともしない。

「誰か!ねぇ!開けてよ!!」
「苗字さん。起きられたんですね」

廊下から美鶴ちゃんの声が聞こえた。

「今、結界を解きますので、少し離れていて下さい」

結界?何で…結界を張られてるの?
不安な気持ちを抑え、言われた通り襖から少し離れた所で立ちすくんでいると、感じていた圧迫感が消え、ゆっくりと襖が開かれた。その先には、無表情の美鶴ちゃんが立っていた。

「苗字さんが目覚めたらお連れする様、ババ様から言い遣かっております。こちらへ」

何故、宇賀谷さんが…何て疑問はすぐ消えた。封印が全部解かれてしまったんだもん。多分、その事についてなんだろう。

「…珠紀達は?」
「珠紀様は学校へ行っておられます」

言葉少なに言う美鶴ちゃんの言葉に、いつもの優しさや温かさはなかった。まるで…機械の様だ…そう感じてしまった。

「ババ様。お連れ致しました」
「入りなさい」

廊下の一番奥にある宇賀谷さんの部屋。言葉をかけた美鶴ちゃんが、手馴れた仕草で襖を開ける。小さな窓から光射す部屋で待っていたのは、いつもの様に厳しい顔をした宇賀谷さんの姿。暗いその部屋で、私は何を問われるのか…それだけを考えてドキドキしていた。
中に入り、宇賀谷さんの前にゆっくり座った。美鶴ちゃんは無言のまま襖の前に座っている。宇賀谷さんと一対一で話す事なんてなかったから、不安と緊張が半端ない。

「率直に聞きます」

通る声で、宇賀谷さんは真っ直ぐ私を射る様に見た。

「貴方の中にある力。それは何なのか。…何故、鬼斬丸と同じ波動を感じるのか」
「!」

宇賀谷さんの言葉に心臓が跳ねた。

「鬼斬丸が目覚めたあの瞬間、貴方から放たれたと思われる力に、鬼斬丸と同じ波動を感じました。同じ…世界を壊しかねない強大な力を。鬼斬丸の様に邪悪なものは感じられなかった。…しかし、基は同じ…感じたのです」

私の中にある力は、基は同じ神様から生じた力。だから…鬼斬丸と同じ波動を感じた事は不思議ではない。

「……」
「貴方はこの事について、知っている事があれば包み隠さず全て話しなさい」

命令形。私に拒否権はない…って事?
私は暫く口を噤んでいたが、膝の上に乗せた手をギュッと握って意を決し、言葉を発した。
この力は鬼斬丸の対の力だという事。この世に再び混沌が渦巻くその時、目覚めるように、その力で永久に消し去るために、神様が残した力。

そなたは我が力に溶け、そなたと言う存在は消えるのだ


それは…言葉にする事はできなかった。言ってしまったら、私にその先は…未来はないのだと、改めて突きつけられるみたいだったから。

「そうですか…」

私の話を聞いて、宇賀谷さんはそう呟いた。沈黙が続き、宇賀谷さんが何を言うのかビクビクしながら、私は俯きじっと待っていた。

「では…」

静かな部屋に、宇賀谷さんの言葉が響いた。

「やはり、貴方を贄にせねばなりませんね」
「――、え…」

に…え…?

「それは…どう、いう」
「そのままの意味です。貴方を生贄とし、鬼斬丸を再び封印します」
「!?」

そなたは我が力に溶け、そなたと言う存在は消えるのだ


再び、あの言葉が頭の中に響いた。

「今はまだ貴方の放った力で鬼斬丸の力は抑えられている。しかし、それもいつ壊れるか分からないもの。鬼斬丸は徐々に力を増しています。このままでは再び世に混沌が齎される。宝具を奪われた今、それを防ぐには、もう生贄を捧げる事以外に手段がありません」

神様にも言われた言葉と同じ…。

「で、も…私の力があれば、封印できるって言ってました!生贄なんかにしなくてもこの力で―」
「そう。その力は鬼斬丸と相対する力。だからこそ、貴方を贄とするのです…」
「え…」
「あの時、貴方の力は確かに鬼斬丸を抑え付けようとしていた。しかし、その力は不安定なもの。貴方が意識を戻した時、鬼斬丸は貴方の力まで自身に取り込もうとした」
「…あ」

その瞬間を…微かにだけど覚えている。呼ばれた気がして、私は必死に助けを求めたんだ。自分が何だか分からなくて、不安で怖くて…そしたら…真っ黒なものが体中を駆け巡ったんだ。恐怖、憎悪、哀しみ…そんな気持ちが襲ってきて、心が踏み潰される想いだった。あれが…鬼斬丸だったと…いうの?

「貴方の力を鬼斬丸が完全に取り込んでしまったら、もう止める事のできないものになる。貴方の力を鬼斬丸を封印するための贄とするしか、道はないのです」
「……私じゃなくても、いいんじゃないですか」

そこまで言って、私はハッとした。私…何言ってるの…。

玉依、そして守護者の血により、我半身は永久に消える

自分の言った言葉に吐き気がこみ上げて来た。あれだけ守ってもらっといて、あんなに守られるだけじゃ嫌だ、皆の力になりたいと望んだのに…どうして私は――。

「…確かに、貴方でなくとも鬼斬丸を封印する事はできます。しかし、貴方の力は鬼斬丸と対となる力。鬼斬丸の様に邪悪なものにならないとも限らない」
「、そんなッ!」
「そんな事ないと言い切れますか?鬼斬丸も、元はあのようなものではなかった。振るう者の気持ち一つで簡単に変わってしまうのです」
「私は、そうはならない!」
「そう思っても、感情を制御できないのが人間という脆い生き物なのです」
「ッ!」

反論…できない。もし、みんなが…傷ついてしまったら…自分が殺されそうになったら…冷静でいられるかなんて…絶対無理だ。

「危険分子は取り除かなくてはならない。分かってくれますね。これ以外に方法はないのです」

危険…分子…。
もう、何も考えられなかった。私は、皆の力になる所か…皆にとって、危険なもの…だという事に。俯き、ただただ、自分の手の甲を見つめていた。

「贄の儀は二日後に行います」

二日後。二日後に…私は、…死、ぬの?残されたのは…たった、二日?

「…いち、にち」
「……」
「一日…私に時間を、…下さい」
「……」
「村を…みたいんです…。皆が暮らす…村を…。…逃げたりしません…絶対…戻ります」
「……分かりました」

静かに言った宇賀谷さんの言葉を聞いて、私はゆっくり腰を上げて、部屋を出た。足が、鉛のように重たい。足を引きずる様に廊下を歩く私の後ろを美鶴ちゃんが、それにあわせて付いて来てる。

「…美鶴ちゃん」
「はい」
「この事…珠紀達は…」
「ご存知ありません。珠紀様始め、守護者の方々も」
「そっか…」

私は…誰に知らされもせず、…消えるんだ。死ぬ時は…温かい布団の中で、大好きな人達に看取られて死にたいな…なんて思ってたのに……それは、叶わないんだ…。
そう思っていると、玄関の戸がカラカラと開く音がした。ただいま〜と言う珠紀の声がする。ゆっくり顔を上げれば、私を確認した珠紀が私に向かって駆けてきた。

「名前!目、覚めたんだね。よかった〜!…どうしたの?目、腫れてる」
「…なんでもないよ。…ごめん、私、疲れたから…」

そう言って、私の腕を掴んでいた珠紀の手を振り払って自分の部屋へ逃げた。

「名前?!」
「珠紀様、ババ様がお呼びですのでこちらへ」
「…でも…」

襖の向こう側に居た2人は、少しの沈黙の後ゆっくり去っていく音が聞こえた。そして再び圧迫感が襲い、結界……また張られたのかな?なんて冷静に考える私がいる。

―贄の儀は二日後に行います

私はその場にドサッと倒れこんだ。じわっと、また目頭が熱くなる。

「…生贄……か」

神様だけじゃなく、宇賀谷さんからも言われてしまった。…もう私は死ぬ以外にないのかな…?私は…世界の危機を救う道具として…消えるしかないの?
…ハハッ、かっこいいじゃん。世界の危機を救うなんてヒーローみたい。誰でもできる事じゃないんだよ?私にしかできない事。なんか、それってかっこいいじゃん…。

「…っ、…ぅ、アッ…」

そう思うのに、涙は溢れて止まらない。
…無理だよ。そんな風に思うなんて……できない…。漫画のヒロインとかなら、自分の運命を受け入れて、仲間の為に命を捧げたりするんだろうな。皆を守れるなら、私の命など…とか言って。でも…私は漫画のヒロインみたいにすんなり受け入れられないよ。だって、まだ17だよ。まだまだやりたい事いっぱいある。学生ライフも楽しみたいし、好きな人と…好きな人…と――。

―お前は、俺が守ってやる

「―ッッ…たく…ま…」

彼ともっと一緒にいたい。彼の事をもっと知りたい。傍にいて、笑ってる顔をみていたい。普通の17歳が思う事を…私はもう望んではいけないの?

彼の傍に…隣に…いたいよ――


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