俺達がってやるから


「では、少々お待ち下さい」

そう静かに言って美鶴ちゃんは襖を閉めた。鬼崎君は怪我をしてるから家まで送ろうと思ったけど、ババ様がその場にいる全員来る様にと言っていたらしい。
再び舞い戻った宇賀谷家の居間に私と鴉取さん、そして傷の手当を終えた鬼崎君。

「…鬼崎君、大丈夫?」
「あぁ。そんな深い傷じゃねぇし、すぐ治る」

すぐ…には治らないと思うけどな…あの傷は…。
私を庇ってできた傷って思うと、自己嫌悪に苛まれる。それを悟ったのか、鬼崎君は私の頭をコツンと叩いた。

「しけた面すんな」
「…いたい」

鬼崎君なりの気遣いなのだろうな。少し…救われた様な、そんな気持ちになった。

程なく、襖がゆっくり開き、宇賀谷さんが入ってきた。私の前に敷かれた座布団に腰を下ろすと、私達3人に目を向けた。昨日と同じ、見透かす様なその瞳で。

「苗字名前さん」
「は、はい!」

名前を呼ばれ、一気に緊張する。

「何があったのか、詳しく話してもらえますか?」
「…はい」

私は小さく深呼吸してゆっくり話し始めた。バス停に向かって歩いている時、森の奥から何かを感じた事。

「行かなきゃいけない…そんな気がしました」
「…それで?」

森の奥の開けた場所が見えた時、心臓が飛び出すくらいに鼓動が高まった事。頭に響いた謎の声の事。

「…声?」
「はい…ぼやけてしか聞こえてこなかったんですけど…力がどうとか…」
「…ちから…」

それから鬼崎君が来た事。化け物に襲われたこと。化け物が私に向かって力が欲しいと言ってきた事。鬼崎君が斬られ、化け物が私に向かって刃を振り下ろそうとした時、体の中から何かが放たれ、化け物が消えた事。

「……やはり」
「…やはり…?」
「何か心当たりがあるんですか?ババ様」

鬼崎君が真剣な表情で宇賀谷さんを見た。

「…貴女がこの村に来たのは、偶然ではないようですね」
「偶然じゃ…ない?」
「えぇ」

宇賀谷さんは、淡々と続けた。

「貴女が今日入った森は、鬼斬丸が封印されている森です」
「……おにきりまる?」
「鬼斬丸とは、この世に現れたカミの化身。世界を滅ぼす力です」
「…世界を滅ぼす…?」

ゆっくりと首を縦に振った宇賀谷さん。

「貴女が見た開けた場所とは、おそらく鬼斬丸が封印された泉のある場所の事でしょう。神代の昔より私達、玉依姫の血をひく者が鬼斬丸を封印、管理しています」
「でも鬼斬丸の封印されてる場所は幾重にも結界が張られていて普通の人間は入っていけないはずじゃ?」
「えぇ…ですから、彼女は少なくとも普通の人間ではないんでしょうね」

普通の…人間じゃ…ない?なに言ってるの?私は普通の人間だよ?

「あの結界を容易く通り抜けた。私達が僅かに感知できる程の痕跡しか残さずに。それ程の力が貴女の中に眠っていると言う事でしょうね」

ちから?ちからって何?

「貴女がこの村に来てから、森の神々がざわつき始めています。鬼斬丸の封印が薄れ、隔離されていた人とカミの世が近しくなり、貴女を襲ったオボレガミが度々森に姿を現すようになるばかりか、静かに眠っていた神でさえ、力を求めて荒れ始めている…貴女の中にある力を我が物にしようと」

そんな事言われたって…わからないよ。
私は俯いて、膝の上に乗った手をぎゅっと握った。

「貴女が最後に言いましたね。体から何かが放たれた、と…それが貴女の中に眠る力のなのでしょう。その波動は離れた場所にあるここにも届く程のものでした」
「………」

何を言っていいか分からない。それくらい頭が混乱している。
そんな私に構わず、宇賀谷さんは少しの沈黙のあと、口を開いた。

「…貴女には暫くこの家に留まって頂きます」
「……えっ?」
「鬼斬丸の封印された森に何か感じたのなら、貴女の中に眠る力は鬼斬丸に関係しているものかもしれない。封印が弱まったこの時期に貴女がここへ来たのには何か意味があるはず」
「…そんなこと…言われたって…私、学校とかあるし…」
「学校にはこちらから連絡しておきます。鬼斬丸と関係のある可能性があるなら、この村から出す訳にはいきません」

宇賀谷さんの瞳はさっきまでのものとは違っていた。厳しく、鋭く、有無を言わせない、そんな瞳だった。

「身の回りの物は美鶴に用意させます。閉じ込めようと言う訳ではありません。そんなに怯えなくても大丈夫です。詳しい話は夜、他の守護者も集めてお話します。それまで部屋で体を休めておきなさい」

そう言って、宇賀谷さんは居間を出て行った。

「……」
「……」
「……」

暫く沈黙が続いた。訳の分からぬまま話が進められて、帰れなくなっちゃって…。
え、なんで?どういうこと?力がなに?力ってなに?なんで帰っちゃだめなの?どうしてここにいなきゃいけないの?
色んな事が頭の中を駆け巡る。パニックになって頭を抱えていると、ポンと肩に手が置かれた。

「悪いな。俺たち、ババ様の決めた事には逆らえねぇから」

眉を下げ、申し訳なさそうに微笑む鬼崎君。

「ババ様が言うんだ。きっと考えがあるんだろ」
「もし帰ろうとしても、またタタリガミに襲われかねないしな。とりあえずこの家に居れば安全だ」
「……うん」

鴉取さんと鬼崎君がそう言うもまだ納得がいかず、俯く私の頭に大きな手が乗っかった。

「心配すんな。俺達が護ってやるから」

鬼崎君の言葉が嬉しくて笑顔になる。

「あ〜ぁ、お守りがまた1人増えたか。大変だなこりゃ」

ムッ

「小さい人に守られようなんて思いませんからご安心下さい」
「だぁぁあれが小さいだぁ?!」
「誰でしょ〜ね〜」
「〜〜、お前いちいちムカつくな!」
「その台詞そのまま返しますよ!」
「んだとー!」

今朝に引き続き口喧嘩をする私達をみて、鬼崎君は深く溜息を吐いた。他愛無い喧嘩をしながらも、私は心の中で脅えていた。私の知らない所で色んな事が起こってる様な、嫌な予感がする事。
そして、そのせいで…今日の様に、彼らが傷つくのではないかと…――。


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