きでした…


また、陽が昇る。もう何日この景色を見続けてるだろう。窓辺にある椅子に座って、外を眺めるだけの日々。
この結界が張られた部屋に閉じ込められて数日が経つ。全ての宝具を手に収め、アーティファクトさえ手に入れれば、役目を果たせる…。そう思っていた矢先の事だった。
ドライが私の手から離れて行動し始めた。
前々から単独で何かを目論んでいると思っていた。ロゴスに送り返そうとしたが、本国と連絡が取れない。アインとツヴァイの行方も知れない。ドライの行動を監視させていたフィーアも私の前に姿を現さない。もう…私の傍に…誰も居ない。

「フィーア…お前はどこにいるのだ…?」

返事が来る訳がない。何故、言葉にしたのか私にも分からぬ。
それよりもドライだ。ドライはアーティファクトを…リメインをどうする気なのだ。我々はそれらを本国に持ち帰る、それ以外何も分かっていない。知る必要もない…。黒書に記されている通り、行動するのみ。それに、アーティファクトについての事は特殊な方法でしか読み解くことが出来ない。
…もしかすると、ドライはその先を既に解読し、行動に移しているのかもしれない。

「ドライ…お前は何を考えている…」

シビルやフェンフ等は、あいつを止める事ができるか…。リメイン…私がこんな事を思うのは、可笑しい事なのかもしれないが……――ドライには気をつけろ…。



***



……朝だ。
色々考えながら眠ったせいか、夜が明ける前に目が覚めてしまった。それから壁にもたれ掛かってずっと外を見ていた。
窓の外に陽の光が見える。黒から深い青になり、紫がかったピンクから橙色に染まる空。

「綺麗だな…」

穏やかな気持ちで空を見上げた。…ううん。そうあろうとする様に。
今日が、最後の日。私がこの世にいれる…。もう決めたはずなのに、それでもふとした瞬間に怖くなる。儀式ってどんな事するんだろう。苦しいのかな?痛いのかな?そう考えると手が震えてしまう。その度に考える。もし私が拒否すれば、私の代わりに珠紀が、守護者の皆が死んでしまうんだと。そんな事をしてまで、この先ずっと生きていたいの?って…。
それで、納得させようと何度も何度も言い聞かせた。それでも悩む時は…拓磨の顔を思い浮かべる。彼の微笑みを、私の事を好きだと言ってくれた言葉を―。
彼が、この先ずっと…笑って生きていてくれるのなら…私が死ぬ意味もある。ただただ老いて死んでいくより、価値があるんじゃないかな…。

「うん…そうだよね…」

私の言葉に返事をする様に、空高く飛ぶ鳥が鳴いた。
さ、境内の掃除をしよう。私がこの家にやっかいになる様になって最初に貰った仕事。最後まで全うしないとね!
美鶴ちゃんの配慮で部屋に閉じ込められる事はなくなった。ただし、家の敷地内から出ないという条件で。私が、もう逃げる気がない事を宇賀谷さんに言ってくれたのだろうか?それは分からないけど、部屋で儀式を待つばかりよりいい。
部屋を出ると、台所からカチャカチャと音が聞こえた。美鶴ちゃんが朝食の用意をしているのだろう。ひょいと顔だけ覗かせ、美鶴ちゃんに声をかけて境内へと向かった。

「ハァ〜…やっぱり朝は冷えるわ…」

両手を口の前に持ってきて、息を吐き、温める。
まだ暦的には秋なのにこの寒さ。冬になったらどれだけ寒いんだろう。辺り一面雪景色って拓磨が言ってたから相当寒いんだろうな。雪合戦とか出来るのかな?一回、皆でやってみたいな…拓磨は…お願いすれば一緒にしてくれるかも。真弘さんは、逃げるんですか?とか言ったら上等じゃねーか!とか言ってのってくれそう。
そんな姿を想像したらプッと笑いがこみ上げてきた。
でも、それが叶う事はない。だけど、夢見る事は許されるよね?そう思いながら箒で落ち葉をせっせと集めた。
朝陽を背中に浴びながら掃除をしていると、背後から人の気配がした。嫌な感じは特になくて振り返ると、思いもよらない人がいた。

「…遼?」

陽の光を浴びて現れたのは、初めて会った時と変わらないブスッとした顔。そんな彼は鳥居から中に入る気はない様でその場に立ち尽くしたまま。仕方なく、私が近くまで寄っていった。

「不良なのに、朝早いんだね?…もしかして朝帰り?」

そう言うと、一層私を睨んできた。でも、こんな怖い顔してても優しい奴って分かっちゃったから、全然怖くないもんねー!

「…お前、なんともないのか?」
「へ?何が?」
「……」

何を言っているのか一瞬分からなかったけど…そうだ、最後の宝具が奪われた時、私遼と一緒にいたんだよね。…それから意識失ってどうなったか覚えてなかったけど…もしかして……心配してくれた…とか?

「元気だよ?見れば分かるでしょ?」
「…あぁ。うっとおしい程だな」
「誰がうっとおしいんだよ!」

いちいち突っかかってくる遼の言葉も、前程イライラする事もない。

「で?どうしたの、こんな朝早くに」
「…お前、いつまでここにいるつもりだ?」
「え?」
「宇賀谷のババア…あいつ、何企んでるかわからねぇぞ。痛い目みたくなかったら、さっさと出て行くんだな」

それを言う為に、わざわざ来てくれたの?

「…遼は、宇賀谷さんの事嫌いなの?」
「だったらなんだ」
「ううん。……ね、遼……遼ってさ、守護者なの?」
「は?」

ドライが手にした宝具を見た時、明らかに遼の様子がおかしかった。宝具は他の人からしたらただの飾り物。でも、それに共鳴している様に見えた遼。人波はずれた力もある…そう考えると、遼も守護者なんじゃないかって思ったんだけど…。



「そんな事はどうでもいい。俺はお前に早く出て行けって言ってんだ」

遼は…私の問いには答えなかった。だけど、その答えは…もう分かっているんだと思う。

「―出て行かないよ。私はここにいる」
「……」
「何が起こるとしても、私は逃げない。…そう決めたから」 

今まで沢山の事から逃げてきたと思う。嫌なこと、面倒な事。だけど、最後くらい…逃げずに挑みたい。

「遼は…逃げるの…?これからもずっと」
「っ、」

何かから…とは言わなかった。でも、遼を見ていてなんか、分かった気がした。…抗ってるんだって。事実から、逃げている。それを受け止めたくなくて。
いつも私が突っかかると返してくるのに、それがないのが答え。遼も……戦っているのかもしれない。私と一緒。

「…な〜んてね!そんな学校から逃げてばっかじゃ、留年しちゃうぞ!ちゃんと学校いきなよ!」

バシッと腕を叩けば、痛そうに顔を歪めた。ヘヘッと笑えば、遼は何も言わずに私に背を向けて石段を降りていった。

「―遼!」

私の呼びかけに、歩みを止めた遼。

「…ありがとね」

私が困ってる時、嫌そうな顔しながらもついて来てくれた事。ロゴスから私を守ってくれた事。それから…こうして、私を心配してくれた事。本当に感謝してるよ。
その想いを込めた一言に、彼は何も言わず、再び石段を下り始めた。その姿が、遼らしいなって思った。



***



「苗字さん、失礼します」
「どうぞ〜」

そう言うと、襖がゆっくり開けられ、風呂敷で包んだ何かを持った美鶴ちゃんが部屋へ入ってきた。畳の上に置かれた風呂敷を手際よく開けると、綺麗な麻で出来た白い着物がそこにあった。着物の襟には文字の様なものが描かれている。これは、珠紀が前に使った霊札に書かれていたものと似ている。

「儀式では、これを上から羽織って下さい」

普通の女性用着物より少し大きめのものだ。それは生贄となる人が必ず身に纏っていたものだそうだ。帯がないのをみると、本当に羽織るだけでいいみたい。

「儀式は日付が変わると同時に行います。それまで、気を沈め、静かにお待ち下さい」
「…うん。分かった」

頭を下げ、部屋を後にする美鶴ちゃんを見送った。いよいよ、始まるんだ。
最後の日だと言うのに、何をしたかと言えば境内の掃除、美鶴ちゃんの美味しいご飯をいっぱい食べて、借りてた部屋を綺麗に掃除した。…それだけ。特に変わった事は何もしていない。気が付けば、もう月が空高くにいる時間になっていた。
でも…それがいいのかもしれない。私らしくて。
日付が変わるまで…あと数時間。数時間の間で何が出来るでもないし…そうだな…思い出にふけったりしとこうかな。
そう思って目を瞑ろうとした時、部屋の隅に何かが動くのが見えた。一瞬、頭文字にゴが付くやつか?!なんて思ったけど、それとは全然正反対のとっても可愛い子が部屋の隅でじっと私を見ていた。

「おーちゃん?」

初めて珠紀に会った時、彼女の足元に隠れていた狐のおーちゃんだ。あの時と変わらず2本の尻尾と額の青い模様、愛らしい瞳をしたおーちゃんを見たのは、あれ以来だったと思う。

「…おーちゃん、おいで〜」

優しく言えば、おーちゃんはトトトッと私の近くまでかけてきた。前は手を差し伸べたらビクッとして逃げたのにね。

「どっから入ってきたの?」

この部屋に出入りできるのは廊下に続く襖か窓くらいだ。もしかしたら、美鶴ちゃんが出入りした時に入ってきたのかな?
傍に寄ったおーちゃんに手を差し伸べると、それに顔を沿わせてくれた。温かくて嬉しくて、優しくおーちゃんを抱きかかえた。

「…ねぇ、おーちゃん。…鬼斬丸が封印されて、世の中が平和になったらみんなにさ、伝えてくれるかな?」

首をかしげるおーちゃんは、まるで私の言葉を分かっているみたいだ。

「私…ここに来てよかった。みんなに会えてよかった。苦しい事や辛い事もあったけど、それ以上に、みんなと一緒にいた時間が、私にはとても大切なものだったよ」

じっと私をみるおーちゃんの瞳の奥に、不思議と皆の顔が見えた気がした。
大蛇さん、慎司君、祐一さん。真弘さん、遼、珠紀に美鶴ちゃん…そして――拓磨。

「私の事、…忘れないでとは言わないから…時々でいい…一年で一回だけでもいい…私の事を思い出してくれたら嬉しい」

できるなら、私達が出会った、緋色の紅葉散る、この季節に―。

「本当に、ありがとう。…みんなが…大好きでした…」

そう言うと、おーちゃんがチュッと私の額にキスしてくれた。それが嬉しくて、私もおーちゃんの額に優しくキスを落とす。体の中から温かいものが流れるのを感じた。
体を離すと、おーちゃんはトトトッと走りながら、部屋の陰へと消えて行った。
おーちゃんも、…バイバイ。
目を瞑って、もう一度心の中で呟いた。

みんな、ありがとう。みんな…私の分まで…笑って生きてね…。

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