やっと…このが来た


頭が煩い。電気が私の脳内で暴れまわってる様な音が響いてる。身体中が痺れて、感覚がどんどんなくなっていくみたい。
このまま、感覚がなくなって…私は消えていくのかな?痛いとか苦しいとかなくて少しホッとしてるけど…本当に……終わるんだ…。
色々な人の顔が思い浮かんだ。事故で死んだ両親、高校の友達、近所のおばちゃん、珠紀や季封村の人達…それから…拓磨。

「名前――」

彼が私の名を優しく呼ぶ声を思い出す。それだけで、私は幸せだと感じれる。…もう、呼ばれる事はないけど、最期まで思い出していよう。彼の姿を、彼の声を――。
そう思った時、バチバチッと結界が音を立て、いきなりの事で身体がビクッと跳ねた。
何か起こるの…もしかしたら今からが本番でこれから痛かったり苦しくなったりするんじゃ?!
内心プチパニックになってると、突然地面が大きく揺れ、足元の光や決壊が不安定に揺らいだ。
地震?!
吃驚して閉じていた瞳を開けると、陣の光がフッと消え、白い空間が晴れていった。

「――名前!」

幻か幻聴か…私が見せてる夢かと思った。最期にもう一度だけ会いたいと願った人が…私の名前を呼んで――。

「…たく、」

その人の名を呼ぼうとしたら、彼の胸に抱き寄せられ、すぐ傍に温もりを感じた。
…本当に、拓磨だ…。幻でも夢でもない本物だと確信したら、心の底から安堵するのが分かった。

「ッ、しっかり掴まってろ!」
「へ?、ぅわぁッ!?」

感傷に浸る間もなく、私は拓磨に抱き留められ、宙を飛んだ。その瞬間、さっき私達がいた五芒星の場所に何かが飛び込んだと思うと、ドォォオンと轟音を上げて地が割れた。
えっ!?何っ?!
周りから遮断された結界の中にいた私はいきなりの事に驚いたが、何度も同じ様な光景を見てきたせいか、何が起きたのか大体想像できた。それが確信に変わったのは、視界の端で捉えた、あの妖しい笑みが見えたから。
ロゴスが、再び動き出したんだ。少し考えれば、分かっていた事。宝具を奪って鬼斬丸を解放したのはあいつらなんだから、再び封印しようとすれば、それを阻止しようとする事くらい…。
ゆっくり地に立たせてもらい、改めて辺りを見た。鬼斬丸を挟んで対峙する様に私達は立っている。

「こんな所で何をしようとしているのかと思えば…まだ諦めてなかったみたいですね」
「…ドライ」

いつも以上に不気味に見える笑みを浮かべたドライの後ろにアインとツヴァイを従えている。…だが、その二人に違和感を感じる。彼ら重圧な空気は変わってないが…何と言えばいいんだろう…覇気が感じられない。目に力強さがない。
…まるで…人形みたい。それに、アリアは?あと、フィーアも見えない。…どこかに隠れているとか…?

「これ以上私の計画を邪魔しないでもらいたいね〜」
「生憎だな!お前の計画なんて、はなっから叶えさせるつもりなんてねーよ!」

構えたまま、真弘さんがドライに言った。クックックッと笑う彼は、伏せていた瞳をゆっくり私達に向けた。それは、思っていた以上に冷たいもので、私は背筋がゾクッとした。

「最後まで私の邪魔をしますか…では、私はそれを全力で叩き潰しましょう!」

そう言うと、力強く杖で地を着く。禍々しい黒い蛇の様な力がうねり、奇声をあげながら私達に襲い掛かる。みんな、迫り来るそれを必死で避けたり魔法で防いだり。私も拓磨に抱かれて攻撃を間一髪で避けた。その瞬間、視界の先で何かが動いた。そう思った時だった―肉を刃物で抉った様な生々しい音が聞こえたのは…。

「…っ、――ぁ…」
「ぁ…ぁあッ―、おばあちゃん!!」
「ババ様!」

珠紀の悲痛な叫びが辺りに響く。見れば、ツヴァイが持っている大きな鎌が、宇賀谷さんの背中から心臓を貫いている。その鎌から伝う、真っ赤な血が、ポタッポタッと地に落ちる。

「…不味い」

ツヴァイは一言そう言って、宇賀谷さんの体から鎌を一気に抜いた。その瞬間、おびただしい血と共に、宇賀谷さんの体がドサッと地面に倒れた。もうピクリとも動かない宇賀谷さんの傍に珠紀と美鶴ちゃんが駆け寄った。

「まずは一人、ですね」

ニヤリとしたドライ。そして、その言葉と共にドライの後ろで控えてたアインが一気に私達のもとに迫って来た。

ドゴッォ!!

アインの放った拳が地にめり込む。その瞬間、地が割れ、地鳴りと共に爆風が辺りに吹き荒れる。

「ぐぁッ!」
「ッぅア!」

アインの攻撃が私を庇ってくれた拓磨の背から私にまで響いてきた。衝撃で拓磨の腕から飛ばされた私は、そのまま地面に叩きつけられた。
あまりの衝撃に息が出来くなる程で、視界がゆらりと揺れて気分が悪くなりそうだ。

「、たく、ま――」

朦朧とする中、私を庇ってくれた拓磨の名を呼んだ。でも、ザクザクと土の音を立てて近づいて来たのは、私の求めている人ではなかった。

「やっと…この時が来た」

背筋の凍る様な声がした。伸ばされたそいつの手が、私の首を掴み、ゆっくり私を持ち上げた。

「―ッ、ぁ、っ」

苦しい。この老体のどこに、こんな力があるっていうの?!

「名前ッ!!」

拓磨の呼ぶ声が聞こえた。私も彼の名を呼びたかったけど苦しみから声を出すことすら出来ない。薄く開けた瞳の奥で、アインと対峙しながら私に向かって来てくれる拓磨の姿に胸が熱くなった。

「さぁ…復活の時だ――」

立ち止まったドライ。その視線の先には不安定な封印の中で今にも飛び出しそうな程力を暴れる白鞘の刀。ドライが私の体を鬼斬丸に近づけた瞬間、鬼斬丸の力と封印が反応してバチバチと音を立て、勢いよく電流が体を流れる感覚に襲われた。

「ッア、―っぁあァアアア!!!」
「名前ー!!」

黒いものが、体を覆う。憎悪が恐怖が、私の頭を支配しようとする。

いけない―。このままでは…

「っ、あ、ぃ―…だ、ァアァアアッ!!」

鬼斬丸に支配されまいと、私の中の力が抗ってる。お互いの力が反発しあって、感覚が麻痺してくる。激しい痛みのせいか、息をすることもままならない。苦しい。このままじゃ…――

「い、…ゃだッ…ゥァア゛アア゛ーーーッ!!!」

叫んだ瞬間、パリンッと言う音が聞こえた様だった。薄いガラスが割れたみたいな、そんな音。それが封印が解けた音なんだと分かったのは、ドライが目を見開け、今までにない程妖しく笑っていたからだ。

ゴゴゴゴゴゴ――

奥底から沸き起こる地鳴りが聞こえて来た。温く体に纏わりつく様な嫌な空気がどこからともなく流れ込む。
封印が、破られた―。
ドサッとその場に倒れこんだ私に目を向けず、笑みを浮かべたまま鬼斬丸を見上げるドライ。

「クックッ、…フ、フハハハハハ!ついに、遂にだ!!」

声を荒げ、ドライは開放された鬼斬丸に手を伸ばした。
…だめだ。こいつが鬼斬丸を手にしたら…世界が…みんなが…!

「―、ん?」
「だ…め……」
「…フッ、安心しろ」

あざけ笑う様に私を見下したドライは、持っていた杖で彼の裾を掴んでいた私の手を力強く突いた。

「ッアァ!!」
「すぐお前の力も私のものにしてやる」

ダメ…

いけない

「く、そぉぉおーー!!」

ドライを止めようと皆が必死に戦っている。だけど、アインとツヴァイに邪魔をされ、ドライの周りで轟音と地響きが起きるだけ。
周りなど気にしない。いや、見えていないのかもしれない。ドライは吸い寄せられるように―

「ッ、だめぇええ!!」

珠紀の制止も空しく空間に解け、ドライはその手に世界を滅ぼす程の力を―手にした。


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