イケメンなんすけッ!!


一瞬の事だった。
ドライが鬼斬丸を手にした瞬間、そこから強烈な風圧に押され、体がいとも簡単に吹き飛んだ。手を伸ばせば届く所にいたドライが次の瞬間には遠くにいて、意識混乱する中、私は勢いよく何かにぶつかった。

「大丈夫か?」
「、拓磨ッ!」

思ったより痛みがなくて不思議に思ったら、拓磨が私を抱きとめてくれたみたい。普通ならポッとする様なシチュエーションだけど、今はそんな事言ってられない。
一気に流れていった爆風が止まり、沼に目を向ければ、さっきと変わらずその場に立ち尽くすドライの姿があった。でもその体からは、今まで以上の力を纏っているのが離れた場所にいる私の肌にも感じてとれた。
鬼斬丸の気配が、ドライのなかからする。彼の身体から、ゆらゆらと黒く禍々しいものが立ち上がっていて、前以上に不気味に見えた。
十数秒フリーズしたみたいに動かなかったドライだが、次第に肩を小刻みに揺らし始めた。多分、笑ってんだろうな。それが徐々に大きくなり、ドライは天を向いて声を上げた。

「あはははははははッ!これが!これが世界を滅ぼす力か!!」

狂った様に笑うドライの声に、若干違和感を感じた。
上手く言えないけど、張りがあると言うか、艶っぽいと言うか…。
そんな疑問を抱えながらドライを見ていると、彼はゆっくりと私達に体を向けた。

「身体中に漲る力…まるで若返ったみたいだ」
「?!」
「って、――」

若返ってますけどぉー!!?
という突っ込みを声に出しそうになって、慌てて心の中に飲み込んだ。
曲がった腰はピンと伸び、身長も少し高くなったような。なにより、皺だらけの顔がつるっつる。どっからどう見ても20代くらいにしか見えません。
ってか…めっちゃイケメンなんすけどッ!!別人か?って思うくらいカッコイイんですけど!!
でも髪型とか、あの妖しげな笑みはドライを思わせるものだから、本人であることは間違いないだろう。
このイケメンが…あぁなるのか…。じゃあ私なんかは………年とるのが怖くなってきた。

「おい」
「え、―ィタッ!?」
「こんな時に何考えてる」

いきなり頭をコツンと叩かれ見上げれば、拓磨が呆れた様子で私を見ていた。

「…すんません」
「ま、お前らしいけどな」

あはは、と苦笑いをして再びドライに目をやった。見た目は変われどドライはドライ。隙を見せれば殺られてしまう。そんな緊張感が再び辺りを支配した。皆、ロゴスの動きに神経を集中してにらみ合っている。

「…さぁ、そこの娘をこちらに渡してもらおう」

ドライの視線が私を射る。その瞬間ドクンと心臓がなり、背筋が凍る思いだった。口元が笑っているのに、目が全然笑ってない。シンと静まり返ってるこの空間で、私の心臓の音だけが、大きく響いているみたいだった。

「渡せと言われて渡すと思うのか?」
「フフフ、渡さぬなら…奪うまでだ」

そう呟き、杖を地についた瞬間――。

「!!」

ドガァアアアアアアン!!

恐ろしく小さな黒い塊が私と拓磨の横をかすめていった。凝縮された凄まじい魔力が弾ける様に後方で爆発し、地鳴りと爆風が奔流のように私達の間を駆け抜けていく。
一瞬の事で、そして見せ付けられた力の差に私も、おそらく拓磨も動くことさえ出来なかった。

「おやおや。まだ力のコントロールができないようだ。慣れるのには、少々時間がかかりそうだな」

事も無げに見せたその力は、この場にいる誰もの予想を超えていた。

「さて、これで分かっていただけたかな?諸君らがどう頑張ろうとも太刀打ちできない事を」

ドライは悦に入った様にクツクツ笑っている。
確かに、こんな力の差を見せつけられたら、どうしようもないよ…!

「その娘を渡すんだ」

殺される…。一瞬にして、微かな抵抗さえ許されず殺される…。
宇賀谷さんが、ツヴァイに殺された瞬間が脳裏に浮かんだ。口から血を吹き、体をピクピクさせ倒れた姿。次は…私?
足が、手が、震える。気持ち悪いくらい心臓が波打って息が詰まる。
生贄として死ぬ事を受け入れた筈なのに…死を間近で見て、体が動かなくなってしまった。

「―さあ」

ドライが一歩、私に向かって歩こうとしたのが見えて、私は恐怖から目を瞑った。
その時、私の目の前に影が動いた。一瞬、ドライかと思ったけど…そうじゃない。温かくて優しい―彼らの気配を感じてきつく閉じた瞼をゆっくり開いた。
そこには…いつも私を護ってくれた拓磨や真弘さん、祐一さんに慎司君、大蛇さんの後姿。そして、私の横に立ち、大丈夫だと言う様に手を握ってくれる…珠紀がいた。

「心配すんな。俺達が護ってやる」

何度と言われた言葉。
大丈夫なはず…ないのに。それでも、私にいつも笑顔を向けて言ってくれる。
頑張ると決めて、逃げないと決めて、それでも土壇場で怖気付いてしまう私を、その言葉で支えてくれた。そして、私は前に進めるんだ。
震えていた手足が、乱れていた鼓動が徐々に静まってゆく。
大丈夫だ…皆がいる、一人じゃない。皆と一緒だから、私も…負けない…逃げない!

「…ほう…抗うか。愚かな」
「ああ。俺達は諦めない。―お前をブッ倒すまでな!!」

拓磨の言葉が合図となって皆が一斉にその場から飛んだ。
祐一さんが青い炎の珠をドライに向けてうち、慎司君が援護。拓磨と真弘さんがドライに向かって一直線に飛び、それをアインとツヴァイに遮られ、大蛇さんが防御魔法を唱える。
皆全力を出して戦ってる。だけど、ドライは鬼斬丸のあった位置から一歩として動いていない。ドライに辿り着く前にアインとツヴァイに邪魔される。2人を突破してドライに一撃を加える事も出来ない。そんな様子を私と珠紀は、ただ見守るだけだった。

「どうするかね?このまま奴らが殺されていく様をただ見ているか?それとも、私にその力を捧げ先に消え去るか」

…やっぱり、ドライの狙いはこの力なんだ。

「…それ程の力を手に入れても、まだ力を欲するの?」
「ああ、そうとも。まだ足りない。アーティファクトの力のみでは、私の野望は完遂できないんだよ」

野望?

「待つのはもう飽きたよ。…さぁ、その力を渡せ!!」
「珠紀、名前!!逃げろ!!」

真弘先輩の叫びが早いか、再びドライがコツンと杖を地に付いた。
さっきの攻撃が…来るッ!!
そう思った瞬間、ドライの放った魔力の塊が私達の目の前で爆発した。巨大な爆発音と爆風が辺り一面に流れ、私と珠紀は飛ばされまいと必死に地に足をついた。
でも…一体何が?!

「…これは…」

ドライの呟きが爆風の波間に微かに聞こえた。それが治まった頃、ドライに目をやれば、彼は私達の少し後方に目をやっている様に見えた。

「お前から死にに来るとはな」

ゆっくりと振り返れば、褐色の肌に豊満な体型の女性に、大きな目をドライに向け、凛々しく佇む金色の長い髪を靡かせた少女がそこに立っていた。

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