色のカケラ


「拓磨!今日、祐一先輩が大学休みで帰って来るんだって!で、うちですき焼きパーティーするから一緒に帰ろう?」
「あ〜…悪い。先帰っててくれ」
「あ…そっか…うん!わかった!でも、早めに来ないとお肉全部食べられちゃうよ?真弘先輩に」
「おう。わかってる」

ポンポンと珠紀の頭を叩いて、俺は教室を後にした。
あの闘いから季節が巡り、また秋がやってきた。あいつがこの季封村にやってきた、秋が―。
あれからロゴスの奴らはやらなければならない事があるとか言って本国に帰っていった。ドライに操られてたアインやツヴァイを連れて。
真弘先輩と祐一先輩は高校を卒業。真弘先輩はギリギリだったけどな。俺と珠紀…それと、狗谷の野郎も無事三年に上がった。狗谷とは会う度に何かと衝突する。唯一の救いはあいつとクラスが違うって事。同じ守護者だから仲良くしろって珠紀は煩いが、あいつが突っかかってくるのにどうしろってんだ?ま、突っかかって来なくても、俺とあいつが仲良くしてる姿とか…想像できねえな。
慎司も二年に上がったが、女子にちやほやされて戸惑ってる姿は変わらない。大蛇さんも前と変わらず暮らしているらしい。
鬼斬丸が完全に封印されて、宝具を護る事もなくなった俺達は、前より会う回数は減ってきた。だけど今日みたいに何かあると、珠紀の家で美鶴が腕をふるった料理を皆で食べたりすることもある。
その度に、…あいつの事を思い出す。

「あ、白菜!白菜食べたい!!ってか肉もうない?!」

もう…一年経つんだな。
色々やってたら、あっという間に過ぎていった季節。だけど、山が赤や黄色に染まりだすと、思いは膨らんでいく。そして俺は一人、あの場所に向かう。

「冬が来て、春が来て、夏が来て、また秋が来て…そしたら、またここも紅く染まるんだね」

あいつと…名前といた、あの場所に。


紅く、ハラハラと散る紅葉を体に受け、俺はゆっくり山を登った。
毎日の様に歩くこの山道も、山を彩る木々も少しずつ姿を変えていく。秋の終わりを告げる様に。
あの頃と同じ景色を眺める。だけど…ここにいるのは、俺一人。
静かな、葉の落ちる音しか聞こえないこの場所で、俺は天を仰いで立ち尽くす。

 待っててね 

光に溶ける寸前、俺に向かってそう言った気がした。それは、俺の希望だったのかもしれない。だけど…あいつが、笑って言ってたから…。
珠紀にそれを話したら、あいつは一言、うん、とだけ言った。
心の奥底では、分かってる。俺も、珠紀も。だけど、それでも、あいつが言ったから…待っててと、言ったから―

「待っててやる…だから…早く帰って来いよ……――名前…」

優しく舞い散る紅葉に向かって小さく呟いた。…名前に、この言葉が届けと願って…――。
その瞬間、一陣の風が俺の傍と通っていく。その風に紅葉の葉が飛び交った。そして、風が吹くその先から光が差し込んできた。そして、緋色に染まった先から――。



***



まどろみの世界。温かくも、寒くもない空間。なんの音もしない静かなこの場所で、水の中にいるみたいに体が浮かんでいる。だけど、そんな感覚もない。
何度となく感じた夢の世界に似ているな。なんて、瞳を閉じたまま私は思っていた。
あれから、どれくらいの時が経ったのだろう。時間の感覚もないこの世界でそれを知った所でどうしようもないのだけれど…。
ドライは…鬼斬丸は無事封印できたのかな?みんなは、元気にしてるかな?みんなが…拓磨が、笑ってくれているなら…私がこうしている意味はあるんだ…。

―真に、そなたはそう思うのか

音もないこの世界で、久しぶりに聞いた声に、私は一瞬空耳かと思った。だけど、その声は、何度となく私に語りかけた声。そして、とても優しくあたたかい―。

「―神様?」

呼ぶように呟き、固く閉ざしていた瞼を開けば、私と対面する様に神様の姿が現れた。その姿は前に一度みた姿と同じ。この空間にいても、私の想像力は変わらないようだ。

―この世を去る前に、そなたと話がしたくてな。

「この世を、去る?」

―闇に染まった我が半身の力が、そなた達によって封印された。その力がゆっくり浄化され、この地に溶け込んでゆく。二度と世に現れる事はない。そして、もう半身である我も、この地に溶け、消える。

「そっか…。じゃあ…、私も消えちゃうんだね」

―そなたは、…それを望むか?

「…え?」

その言葉に戸惑い、神様を見れば…神様は優しい眼差しで私を見ていた。

―我と共に消える事を、そなたは望むのか?

だって…私は神様の入れ物で…だから…――でも…。
私は俯き、ゆっくりと首を横に振った。

「私は…まだ生きたい。…私が必要だと言ってくれた人の横にいたい…」

すると神様は私の目の前に来て、頬にそっと手を当てた。

―これまで、沢山そなたを苦しめたな。…これからは器としてではなく、一人の人間として、道を歩んでいきなさい。

「…神さま…」

すると、後ろから光が差し込んでくる。その光に振り返れば、そこから風が舞い込んできた。
そして、…微かに聞こえてきた。…私を呼ぶ声が―。
誰か…なんて、考えなくてもわかる。何度も何度も…私を繋ぎとめてくれた声。

―そなたを求める声だ。…いきなさい。

「…はい!」

私は、ゆっくり声のする方へ歩き出した。

「…―神様!」

眠りにつくように、薄くなる神様の姿。

「ありがとう!私、凄く辛かったけど、あなたと共にいれて、良かったって思う!」

神様の力に、何度も苦しんだり泣いたりしたけど、でも、あの力がなかったら私はみんなといれなかった。みんなを護る事もできなかった。それに、何度も私を助けてくれた。だから、私は今、心の底からありがとうって神様に言えた。
神様は、安堵したように優しく微笑んだ。そして…言ってくれた。

―そなた達の未来に、幸あらんことを…、と。


―――名前

優しい…でも、どこか震えた声。その声に呼ばれて、私は瞳をゆっくり開けた。
一面に広がる緋色。そして、それに似た、綺麗な赤と、私を見る紫色の瞳。
私を見る彼は、驚いたような、お化けでもみたって感じの顔をしている。だけど、いつも私を護ってくれた、支えてくれた彼に変わりはない。

「……ただいま―」

かすれた声で小さく言えば、彼は涙を浮かべ、笑った。

「…遅ぇよ、バカ」

変わらない彼の態度がとても心地よくて、私は自然と微笑んだ。そしてきつく、お互いを確かめる様に抱きしめあった。
彼の温もり、匂い…全部覚えてる。頬に添えられた拓磨の手。私を見つめる瞳。優しい笑顔。そして…唇に触れた温もり。

私…帰ってきたんだ―。

溢れ出した涙を、拓磨は優しく拭ってくれた。



***



「じゃあ、早めに帰ってくるから」

この世に戻ってから数日。私は村外れのバス停に来た。
あれから珠紀の家に行って、皆に驚かれたり抱きつかれたり泣かれたりと色々あった。宇賀谷さんがあの闘いで亡くなって、珠紀が新たな巫女様として美鶴ちゃんと二人であの家に暮らしているらしい。亡くなったと言えば、私も死んだという事になってるみたい。典薬寮である芦屋さんがそう言っていた。まあ、実際死んじゃった様なもんだしね、とその事実をすんなり受け入れられた。

「でも大丈夫!おじさんに任せておきなさい」

笑って言ってた芦屋さんに、うそ臭い笑みを信じていいものかどうか…って言ったらコツンと頭を叩かれた。私の不安は要らぬ苦労だった様で、芦屋さんが私の為に、新しい戸籍を作ってくれた。生前の苗字名前ではなく、新しく生まれた苗字名前として。
典薬寮って、そんな事もできちゃうんだね…。すげぇ…。まあ、今回は特別って言ってたけど。
そして、今まで暮らしてきた家も私が死んだ事で他の人に渡ってしまい、帰る場所がなくなってしまった。それを聞いた珠紀が、じゃあ一緒に住もう!って言ってくれた。
芦屋さんの計らいで珠紀達の通ってる紅陵学院の二年生として入れるようにもなった。珠紀や拓磨の…そして遼の後輩になるって所にえぇ〜って思ったけど、仕方ないよね。
そして、これからこの地で暮らす前に、もう一度、私が今まで育った地を目に焼き付けたくて、私は今、ここにいる。

「…俺はまた待たされるんだな」

私を見送りについて来てくれた、拓磨と一緒に。

「待っててくれるよね?」

フッと笑った拓磨。
遠くに、バスが見えてきた。小さくて、私が地元で乗っていたのよりちょっと古いバスがゆっくり近づいてくる。

「でも、待つのはこれが最後だ」

そして、ぎゅっと、抱きしめてくれた。

「帰って来たら、もう離さないからな」
「……うん」

耳元で囁かれた言葉に、体中が、心が熱くなる。
私達のもとで止まったバスに乗り込み、ビーとなって扉が閉まった。
でこぼこの道を走るバスに揺られながら、遠ざかる拓磨の姿が見えなくなるまでそこで見つめてた。
このバスに乗って帰るはずだった私が、気づけば季封村の林で倒れてて、珠紀や拓磨達に出会って…。
数週間の間に起きた事を思い出しながら、バスの座席に腰を下ろした。
不思議な感じ。今まで住んでいた場所に帰るんじゃなく、お別れを言いに行くみたいで。
でも、私は決めた。仕方なくとかじゃなく、私が望んで決めたんだ。
みんなと一緒にいたい。拓磨の傍にいたい。これから一緒に笑って、泣いて、生きていきたいって。

「とりあえず、帰ったら一番にあそこに連れて行ってもらわないとな」

緋色のカケラ舞う、あの場所に――。


...fin.

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