セコみたいだね


「うめぇーー!やっぱ美鶴の飯は最高だな!!」
「真弘先輩、お肉ばっかり食べないで下さいよ!」
「珠紀が取るの遅いだけだろ?」

今日の晩御飯は超豪華だ。
慎司君が帰って来たという事もあって、すき焼きにお寿司を始め、沢山の料理が座卓いっぱいに用意されている。どれも美鶴ちゃんの手作りらしく、凄く美味しそうだ。
皆、わいわいと各々が食べたいものを自分の小皿に取って食べている。
お肉を取り合う鴉取さんに珠紀に鬼崎君。静かに野菜とお稲荷さんを食べる弧邑さん。
大蛇さんと話しながら近くにある料理に手をつける慎司君。そして、小皿いっぱい乗ってる肉を黙々と食べる美鶴ちゃん。
…美鶴ちゃん、結構肉食なんだね…野菜派だと勝手に思ってたよ。
そんな彼らを傍観してる私の小皿には、まだ何も入っていない。いつもの私なら、珠紀達と一緒に肉争奪戦に参加していると思う。
でも…なんだか食欲が沸かない。さっきまでの事が、頭の中をぐるぐると回って離れないからだ。


「…じゃあ、あの力は名前の…」

驚きを隠せない珠紀。私は、苦笑するくらいしか出来なかった。

「彼女の力がどういうものなのか。鬼斬丸と何の関係があるのか、それは分かりません。しかし、封印の薄れたこの時期に彼女が来たのはただの偶然じゃない」

宇賀谷さんの言葉だけが、この静かな空間に響き渡る。外で鳴いていた鈴虫も、この空気に押されてか綺麗な声をピタリと止めてしまった。

「彼女には、暫くの間この家に留まってもらう事になります。玉依姫の珠紀同様、守護者の皆は彼女の警護をお願いします」


その後の事は余り覚えていない。皆が宇賀谷さんに何か聞いていたのは分かったが、私はこれから先の事を考えてて、皆の言葉は届いてこなかった。
昨日、今日で色々な事が一気に起こって、私のちっちゃな脳では考えが追いつかない。
私はどうしたらいいのか。何をしたらいいのか。いつまでここにいたらいいのか。何が起こるのか。疑問は沢山出てくるけど、それに対する答えは出てこない。
堂々巡りな思考を振り払おうとしても、少しするとまた同じ事を考えてしまう。
考えても、何も解決しないって…分かってるんだけどな…。
溜め息を一つ落とすと、ずっと左手に持ったままの小皿の上に、お肉がポンと一枚置かれた。

「…?」
「食べなければ、考えもまとまらないぞ」

いつの間にか隣に座ってお鍋から肉を取って私の小皿に乗せていく弧邑さん。
ぼーっとしてる様に見えるけど…弧邑さんってちゃんと周りを見てるんだな…。

「…そうですね!…うん…食べます!!」

何の宣言だよ。と鬼崎君がつっこんできた。
考えたって、解決なんかしないんだ。分かりもしない未来(さき)の事を不安に感じても仕方ないんだ。自分に言い聞かせ、小皿に乗ったお肉を口に運んだ。

「…美味しい!」
「そうか。…早く食べないと、真弘達に全部食べられてしまうぞ」

弧邑さんが優しく笑ってくれたのを見て、私も笑みがこぼれた。

「あ、白菜!白菜食べたい!!」
「白菜だったらいっぱい余ってるぞ?」
「って、それ生!!ってか肉もうない?!」

不安を吹き飛ばす様に、私も彼らの輪に入っていった。



***



「ふぅ〜…食べた食べた…」

一人、中庭の縁側に座り、景色に目をやった。月明かりしか入ってこない中庭は、楽しい話し声が聞こえる居間とは反対に凄く静かだ。月明かりを受けて、小さな池の水面がキラキラ光る。空を見上げれば、満天の星空が広がっている。
地元と違って、ここは月明かりしかないから、星が綺麗に見えて吸い込まれそうだ。

「…長いトイレだと思ったら…何してんだ?」

居間から出てきたのは鬼崎君だった。幾分か疲れた様子の彼は、私の横にゆっくり腰を下ろした。

「…あ、そうだ」
「ん?」
「今日は、ありがとう。助けてくれて」

あ、今日だけじゃないか。と言うと彼は笑ってくれた。

「ねぇ」
「ん?」
「何で私があそこにいるって分かったの?」

あの時、周りには誰もいなかったし、どうして来てくれたのか不思議だったんだよね。

「あの森には幾重も結界が張ってあって、侵入者や結界に異常が起きれば俺達守護者は感知できるんだ」
「あ、そうなんだ。セコムみたいだね」
「…せこむ?」

あ、田舎にはセコムとか縁ないのかな?

「でも授業中じゃなかったの?」
「自習だったんだよ。ま、授業があったとしても、俺達守護者は封印の地に何かあれば駆けつけなきゃならない」
「…何があっても?」
「あぁ…」
「…そっか」

何があっても…か。使命みたいなものなのかな?
響き的に、一瞬カッコイイななんて思ったけど、珠紀達が宇賀谷さんの部屋に行ってる時の彼らの顔を思い出したら、そんないいものじゃないのかもしれない。

「……今度色々教えてくれる?守護者とか、玉依姫?とかの事」

私もこの家に残れと言われた以上、何も分からないままではいたくないし。

「…説明とか、苦手なんだよな。…大蛇さんとかに聞いてくれ」
「ふふっ。確かに、そういうの苦手そう」
「説明下手のお前には言われたくねぇよ…」
「ハハッ、確かに!」

お互い、雲間から顔を覗かせた月に目を向けて笑った。

「…お前、家に連絡しなくていいのか?親とか、心配してねぇの?」
「ん?あぁ、大丈夫。…両親は去年事故で死んじゃったから。今は一人暮らしなんだ」

鬼崎君の質問に、私は空を見上げたまま答えた。

「…悪い」
「…なんで謝んの?」
「いや…」

頭を掻いて外を見る鬼崎君の姿に、私はクスッと笑った。

「確かに最初は寂しかったけど、もう慣れた。友達もよく遊びに来てくれてたし」
「…そっか」

緩やかな風が、中庭を渡っていく。後ろから聞こえる賑やかな声をBGMに私達は、静かに庭を眺めていた。

「大丈夫だ…」
「え?」

いきなり切り出された言葉に、私は鬼崎君に目を向けると、彼は庭に目を向けたまま言葉を続けた。

「これから何が起こるか分かんねぇけど…俺達がいるから。心配するな。ちゃんとお前を家に戻してやるから」

ポンと頭に手を置かれ、クシャクシャと撫でられた。
…あたたかかった。鬼崎君だけじゃない…珠紀も他の皆も…。あんな化け物に襲われる危険があるとは思えないくらい、明るくて…温かい。まるで、家族の様な…そんな温かさ。

「…ありがとう」

私が笑うと、鬼崎君も微笑んでくれて…不安に思ってた未来が…少し明るくなった気がした。

「これから…よろしくね?」
「…何で疑問系なんだ?」

クスクス笑う私達。
居間の襖が開いて、お前らそんな所で何してんだ〜って鴉取さんがニヤリとして言って来た。別に慌てるでもなく、鬼崎君が立ち上がり、賑やかな輪の中へ戻っていった。
私はもう一度空を見上げた。

「…なんとか…なるよね」

誰に聞くでもなく呟いた言葉は、空へととけていった。

「名前ー!トランプするけど、名前もやる?」
「…うん!やるやるー!」

幾分か心の軽くなった体で、温かな彼らの下へ向かった。

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