仲間たち
「全国大会で会おうねっ!!」
それが皆と交わした約束だった。
テニス部のマネージャーをしてた私は中3に上がる前に本土へ引っ越す事になった。皆と一緒に全国大会に行くんだ!!という約束が果たせなくて、引越しが決まった日から何日も泣いたっけ。
そんな私に皆が言ってくれた。
「わったーは絶対に全国へ行く。だから、ぃやーは必ず応援に来る事!」
私はどこに行っても、沖縄比嘉中テニス部の一員だ…って。離れても…皆と一緒に全国を目指せるんだ――そう思った。悲しいはずの別れも、全然悲しいと思わなかった。
だって…夏になれば、また皆と会えるから!皆で目指した…全国の舞台で!!
***
「ここか…」
全国中学男子テニス大会会場。入り口に立って私は呆然としていた。やっぱり全国って言うだけあって広い広い。
「こんなに広かったら探すの大変だ…」
とりあえず入り口横に設けられた敷地内の地図を見る…があまりの広さに溜息ひとつ。
自慢じゃないけど、私は迷いやすい。所謂方向音痴。一度来た所なら何とか大丈夫なんだけど…。
「…とにかく、一ヵ所ずつ回るしかないか」
「…ぃやー、もしかしね相変わらず方向音痴なんば?」
「仕方あらんに〜……って!」
懐かしのうちなーぐちに普通に返したら…。
私が勢いよく振り返ると、そこには――
「凛!寛!」
紫のユニフォームに身を包んだ懐かしい2人が立っていた。
「やっぱ名前やさ!」
「久しぶりやっさー。元気してたば?」
「元気元気!2人も元気そうさー、全然変わってあらんにー!」
「って、いきなり飛びつくな!」
嬉しさの余り、勢いよく凛に飛びついた。
本当に久しぶりだ。たった半年くらい離れてただけなのに体つきも変わって。
「でもよかったさ!ここ広いからどうやって皆探そうか考えてたばーよ」
「わったーは向こうのコートで試合中さ」
「なま裕次郎の試合始まったとこさー」
「裕次郎か!懐かしいやー!じゃ、早速りっかりっか!」
「1人突っ走ると迷子になるんどー」
凛が指差した方向を目指して、私は駆けた。後ろから来る凛と寛を急かしながら。
他のメンバーにも早く会いたいなぁ!裕次郎の試合も久々に見るし!
「ほら、りーん!ひろしー!早く来ーさ!」
「相変わらず元気やし、あにひゃー」
「じゅんにな」
少しずつ比嘉中の応援の声が大きくなっていく。私はなかなか追いついて来ない2人を置いて、その声の下へ走った。
でも…ワクワクして皆の所へ着いた時…私の瞳に、信じられない光景が映った――
「おじぃーーー!!」
「おじい!大丈夫か?!」
「誰か!タンカだ!!」
裕次郎の打ったボールが、相手の監督の目に直撃した。そのままベンチから脆く倒れる監督の下に部員の皆が駆け寄っていく。
「ごめんちゃい」
軽く言った裕次郎の言葉。ゴメンと言う言葉とは裏腹に、ニヤリと笑った口元。
…わざと…なの?
目の前のフェンスにかけた手に力がこもる。
どうして…なんで…――
人1人が倒れて運ばれて行く。相手校の部員は、今裕次郎と試合してる人以外、監督を心配して行ってしまった。なのに、それを見た比嘉中の部員達は笑って…罵声を浴びせてる。…私はやりきれない思いだった。
前は…こんな事なかったのに…。どうして…こんな事するの…?どうして…相手を傷つけるの……。
『全国で会おうねっ!!』
こんな皆の姿を見たくて…言った言葉じゃなかったのに――
***
試合は6−4で裕次郎が勝った。明日への試合進出を果たした比嘉中の皆。1人、最後まで試合をする為に残った相手選手は、礼が終わると急いでコートを出て行った。
初戦を圧勝で勝った比嘉中の皆は喜んでいた。でも…私は素直に喜ぶ事が出来なかった。…出来る訳がない――。
「おーい、名前!そんな所で何してるば?」
「……」
手を振ってこっちへ来いと手招きをする凛達。
「久しぶりですね。名前さん」
「元気してたか?」
「…っっ!!」
私が顔を上げた瞬間、辺りに響き渡った頬を打つ音。叩かれた本人、裕次郎はあっけに取られた顔をしている。
「…ぬ、ぬーがよいきなり!…って…」
突然頬を叩かれ訳が分からないって感じの裕次郎は、私の顔を見て言葉を止めた。
「ど、どうしたば?!何泣いてるんさ?」
瞳から溢れ出す涙。私は、涙を拭う事もせず裕次郎をキッと睨んだ。
「何であんな事したば?!何で人を傷つけたさ!!」
私の訴えに、皆口を噤んだ。
「…わったーは、うちなーの力をやまとぅの奴等に見せ付けるって誓ったさ。大会初出場のわったーはなりふり構っていられね」
「だからって、あんな事して何とも思わないば?!」
怒りで、悔しさで、叫ぶ声が震えてるのがわかる。皆、私の顔から目を逸らして下を向いた。
「わったーが目指してたものは…こんな勝ち方だったば?…あんなに一生懸命練習したのに…こんな勝ち方しかできんば?」
私の問いかけに答える声は聞こえない。
「今日…私、皆と会えるの楽しみにしてた。…皆が、全国で会おうって約束守ってくれて…しんけん嬉しかった。やしが…こんな裏切り方ってないよ!!」
「っ、名前っっ!!」
そう言い捨てて、私はその場から逃げ出した。後ろから聞こえる私を呼ぶ皆の声。
ずっと会いたいと思ってた皆の声…だけど、今はその声に振り向く気になれなかった。
会いたいと思っていたからこそ…哀しかった。
一緒に頑張って来たあの日々を…裏切られた思いだった。
***
私は病院へ向かった。相手の監督さんの容態が気になったから。幸い大事には至らなかったけど、病院に着いた私を見た六角の選手達は私を見ていい顔をしなかった。でも、何度も何度もすみませんと頭を下げた私に副キャプテンの佐伯さんが優しく言ってくれた。
「君も、辛かったんだね」
その瞬間、涙がいっぱい溢れてきた。
…辛いよ。裏切られた事も辛いけど…なにより、皆が卑怯な選手と思われるのが辛い。
本当は凄くいい奴等なのに。仲間が辛い時、悲しい時、いつも傍にいて励ましてくれる…仲間思いのいい奴等なのに…。
それを伝えたかったけど…止め処なく溢れる涙のせいで言葉が出なかった。そんな私を六角の人達はそっと頭を撫でて、優しい言葉をかけて励ましてくれた。
この人達も一緒だ…皆と一緒…仲間思いの優しい人達。こうしていると思い出す…優しい…私の仲間達の事を―――
病院からの帰り道、携帯が鳴った。ディスプレイを見れば…。
「…もしもし」
『よー。泣き止んだか?なちぶさー』
「…そんな事言う為に電話してきたば?凛」
凛はいつもこうだ。喧嘩しても、何も無かったかのように電話をかけてくる。
『いや…。今日は、悪かったやー』
「………」
『名前を傷つけた事は謝る。…やしが、わったー後悔はしてねぇ』
はっきりとした声で言った凛。
『皆でうちなーの海に誓った。…絶対、全国で優勝してみせるって。…卑怯だって分かってても…わったーは前に進まなきゃならね』
ただただ黙って凛の話を聞いていた。
…わかってるよ。平気であんな事出来る奴等じゃないって。何かを犠牲にしてでも…勝利を勝ち取りたい。…そうなんだよね…。
『…他の奴等にわったーをどう思われ様が気にならねぇ。…やしが、ぃやーには…名前には分かって欲しい。…ぃやーは、わったーの仲間だからよ』
…また涙が頬を流れる。真剣に話す凛の言葉から伝わる思い。
そうだね。…そういう奴等だもんね。バカなくらい真っ直ぐで素直で…そんな皆が――
「…うん。…ホント…無器用バカだね」
『バカ?!』
「アハハッ!」
よかった…またこうしてふざけ合える事ができて。
『…あとよ〜、裕次郎がな、でーじへこんでるんさ』
あ…そうだ…私、裕次郎を思いっきり叩いたんだった…。
『何か声かけてやって。あにひゃーなりに気にしてるみたいだからよ〜』
「…うん。わかった」
凛との電話を切ったあと、すぐ裕次郎にかけようと思ったけど…やめた。やっぱり直接言いたい。明日、会ったらちゃんと謝ろう!
***
次の日、早く起きて行かなきゃ!と思ってた私は、こんな時に限って寝坊してしまった!!
「もう試合始まってるよな〜。試合前に謝りたかったのに…とにかく急ごう!」
台所にあった菓子パンを口の中にほりこみ、慌てて家を出た。電車とバスを乗り継いで会場に着いた時は、もう第3試合の最中だった。
「えっ……」
試合は、2−0で青春学園がリード。
…皆が…2試合とも負けてる…。それに…。
今戦ってるのは、裕次郎と菊丸さんって人。ゲームカウント3−0で…裕次郎が負けてる。
「…お、名前」
「寛!どうなってるば?」
「…見ての通りさ。裕次郎、調子悪さよー。相手の奴も結構やるしな…」
「…裕次郎…」
「ゲーム菊丸!4−0!」
またゲームを取られた。湧き上がる青春学園の応援。裕次郎も比嘉の皆も…下を向いて悔しがってる。
「…なにやってるんさ…」
「…名前?」
私はフェンスをガシャンと掴んで大声で叫んだ。
「ふらーーー!!裕次郎ぉお!!」
私の叫びに周りにいた皆が目を向けた。
「なにしてるんば!!ぃやーくぬままやられっぱなしでいいんば?!出し惜しみさんけ!自分の力をむるだしーね!!」
「…名前」
「やったーも、何黙ってるば?!こういう時こそ、わったーが応援するべきやし!しょげてる暇あったら、声枯れるくらい応援しーね!!」
部員の皆が目を丸くしてる。新入部員の1年生は特に。
「…ハハッ」
「…凛?」
「ぃやー、相変わらずだなー」
「久しぶりに聞きましたね。名前さんの怒声」
「怒声って…」
「そうだな…こういう時にちばらんとやー」
「甲斐せんぱーい!ファイトー!!」
「はいでー!甲斐先輩!」
部員達が次々と声を出して応援し始めた。
「裕次郎!あにひゃーに裕次郎の力、見せ付けれー!!」
私の言葉に、裕次郎は笑って右手に持っていたラケットを天高く舞い上げ…左手に持ち替えた。
裏手のレフティー。これが裕次郎の本当のスタイル。
「いっけーー!!裕次郎ぉぉ!!」
「はいでーーー!!」
その後、裕次郎が同点まで持ち越したが、相手選手も奥の手を出してきて…。でも裕次郎も負けじと頑張った。タイブレイクまで持ち込んだけど、結局7−6で裕次郎は負けてしまった。
「…お疲れ」
「名前…」
試合を終えてコートから出てきた裕次郎に、タオルとドリンクを手渡した。
「…負けちまったさ」
「うん…」
「わったーの夏…終わっちまった…」
「うん…」
すまなそうに頭を下げたままの裕次郎。
「でも…いい試合だった」
「…名前」
「あんな我武者羅に頑張ってる裕次郎、久しぶりにみたさ。真剣に試合してる裕次郎、でーじカッコよかった」
「…ヘヘッ…にふぇーでーびる」
まだ少し辛そうだったけど、笑ってくれた裕次郎。
「それから…昨日殴ったりしてゴメンね」
「いいって。わんも、ゴメンな」
2人で笑った。また…こうして笑い合えて…よかった。
「さぁ!皆、沈んでる場合やあらに!残り2試合、ちばって応援すっさー!!」
裕次郎を始め、近くにいた部員の背中をバシッと叩いてカツを入れた。最後の最後まで声を張り上げて応援した私、そして比嘉中の皆。でも…青春学園の勢いは止まらず、結局5−0で青春学園の圧勝。
私達の夏は、これで幕を閉じた――
***
「…残念だったね」
「…まーな」
「でも、仕方ないやし。また1から出直しさ」
「そうだな…」
会場の入り口でコートの方を見つめ、私達は呟いた。皆で目指した全国大会。…もう、ここで試合をする事はない。皆は明るく振舞ってるけど、やっぱり心の中には悔しさや後悔があると思う。でも――
「名前…」
「ん?なんか、裕次郎」
「サンキュな。あの時応援してくれて」
「…なに言ってるんさ。仲間やし、応援するのは当たり前さー」
「うん。…ぃやーは大切な仲間さ。ぃやーがいてくれて、じゅんに良かったさ」
「…裕次郎」
沖縄にいた時によく見た、裕次郎の無邪気な笑顔――
「じゅんになー。ぃやーのカツはでーじ効くさ」
「…ゴーヤーの次ぐらいにな」
「アハハッ!」
「…平古場くん。そんな事言ってるとゴーヤー食わすよ」
「…ゴーヤーだけは勘弁」
変わらない皆との会話。懐かしさ感じる、皆の隣。
「にしても腹減ったやー」
「慧君はいつもそうやし」
「じゃあ、どっか食べにいかやー!私もやーさんさー」
「何かむんかやー」
「そうだな〜」
部活帰りを思い出させるこの光景を、私は後ろから眺めていた。振り返ると、さっきまで試合をしていた場所がある…。
――バイバイ、全国。
「おーい、名前!何してるば?置いて行くんどー」
手招きして私を待ってくれている…大事な仲間たち。私は笑顔で駆け寄った。
「先々行くけど、どこ行くか決まったば?」
「適当に歩いて見つけるさー」
「そうだね!じゃあ、りっかりっか!」
手を引いて、笑って、これからも大切にしたい――
共に歩んできた、最高の仲間たちを――
fin
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