ときめき欠乏症につき


「うほっ!」
「…なんだよ、その気色悪い言葉は」
「あ、口に出してた?」
「はっきりとな…ってかさっきから何してんだよぃ」

ブン太が怪訝な顔をしながら手元のそれを覗き込んで来た。

「愛プラス」
「愛プラス?」
「そ!」

私が手にしてるのは、今オタクな女子に人気のゲーム、愛プラス!二次元の彼氏とリアルタイムでいちゃいちゃラブラブ出来るゲームだ。
画面に映ってるのは私の大好きな声優さんが声を担当してる翔くんという茶髪の男の子。

『名前。今日はどこ行く?お前の好きなトコ、連れてってやるぜ?』
「えっとね〜…今日はね〜」
「お前…画面に向かって話しかけるのやめろよ。傍からみたら痛いヤツだぞ」
「ここにはブン太しかいないから大丈夫」
「…ってか、お前は何で彼氏がここにいるのにゲームばっかしてんだよ」

そう、今隣にいる彼は私のリアル彼氏であります。中学の時から付き合い始めて早三年が経とうとしている。もう三年も経ってしまえばマンネリ化してしまい…。好きだよ!ブン太の事は好きなんだよ!でも一緒にいても昔ほどときめきもない訳で…。そうなるとやっぱり、オタクな女子としては、甘い言葉を語りかけてくれる二次元にときめきを求めてしまうわけですよ!

「ブン太だって切原くんの家行ったらずっとゲームしてるって言ったじゃん」
「それはあいつと一緒にやってんだよ。お前は一人でやってるじゃん」
「え、ブン太も一緒にしたいの?翔くんの相手」
「したくねーよ!」

ですよね。したいって言ったら、まぁまぜてあげなくもないけど…。
ブン太は気分を悪くしたらしく背中を向けて雑誌に目を通し始めた。昔ならブン太の機嫌を何とか直そうと頑張ってたけど、今は放置。そのうちお腹空いたって言ってお菓子与えればたいてい大丈夫ってのを学んだから、気にせず私はゲームに再び視線を落とした。

『名前…』

二人で遊園地に行って、日暮れの時に観覧車に乗り込む。向かい側には大好きな翔くんの姿。

『知ってるか?ここのてっぺんでキスしたカップルは幸せになれるらしいぜ』
「へ〜そうなんだ」

なんてベタな設定だ。普通観覧車と言えば一緒に乗ったカップルは別れると言うゴシップが当たり前。でもここはゲーム。どこまでも甘く作られている。
展開も大体想像できるけど、それでも…この甘い声で、その素敵な容姿で言われたらキュンキュンするではないか!!

『名前…』

この甘いボイスで名前を呼ばれ、自然と口元がニヤついてしまう。翔くんの顔がだんだん画面に近づいてくる。
来ましたキスターーーイム!!
タッチペンを持って、翔くんの唇にあてようとした時。

「名前」

後ろからブン太の私の名前を呼ぶ。でも、私は大事なキスタイム!ん〜と適当な返事をして視線はゲームに向けたままだった。
なのに、タッチペンを持った右手を勢いよく後ろに引かれた。

「ちょっ、今いいと―」

文句を言ってやろう振り返った瞬間、目の前にはブン太の顔があった。

「ん、…ッぁ…」

息継ぎもままならない深いキス。何度も角度をかえて交わされるソレに抵抗しようとしても、右手は掴まれたままで、頭もブン太の手に押さえられてて身動きがとれない。

「ッ、ぶ、…ん、った…」
「ん…ぁ…名前…」

艶やかなブン太の声が私の名を呼ぶ。
不意に起きた出来事に心臓がバクバクいって止まらない。
やっと息苦しさが開放され、閉じていた目をゆっくり開けると、ブン太の熱っぽい目が私を捉えていた。

「ど…したの、いきなり」
「…てっぺんでキスしたカップルは幸せになれんだろ?」
「え……――あっ!!」

慌てて床に落としたゲームに目をやると画面が真っ黒になっていた。

「え?!うそ!!なんで?!」
「俺が電源落としたから」
「えぇ?!マジで?!」

なんてことを!!リアルタイム彼氏なんだよ!!拒否したのと一緒になるんだよ!!いきなり電源おとしたら好感度が一気に急降下なんだよ!!

「ちょっとー!まじで…翔くんに嫌われた…」
「……」
「また好感度あげなきゃ――」

どれだけ下がってるんだろうとビクビクしながら電源をつけようとすると、横から伸びた手によって、ゲームがとりあげられた。

「ちょ、ブン――」
「好きだ」

ドキン。
久しぶりに聞いた、ブン太からの『好きだ』という言葉。私が告白した時以来かもしれない…。

「翔くんより、俺を見ろよ」

再び降りてきた深い口づけに、私はその場に押し倒された。

ときめき欠乏症につき

(ゲームのキャラに負けるなんて癪だし…)
(…やば。なんか今キュンとした)
(C)確かに恋だった


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