ピアス


「名前って綺麗なピアスしてるさー」

沖縄に来て早1ヶ月。

「このピアスは彼氏に誕生日プレゼントで貰ったんだ〜」
「名前、彼氏いるんだ!」

沖縄に来て最初に出来た友達、寛子。地理も言葉も全然分からなかった私に、色々教えてくれた大好きな友達。

「うん。でも遠距離だし、相手部活で忙しいからなかなか連絡取れないんだ」
「そっか〜、寂しいね…」
「何が寂しいさー?」

私達の隣の席に座った赤い帽子がトレードマークのその子が口を挟んだ。

「おはよ〜、甲斐君」
「ウィッス!」
「今朝練終わったば?」
「そそっ!朝から部長の機嫌悪くてよ〜。危うくゴーヤー食わされるとこだったさー」

ゴーヤ嫌いの甲斐君は下敷で体を扇ぎながら言った。
…にしても、テニス部で何でゴーヤ?

「で、何の話してたんだよ?」
「ん?あぁ、名前の彼氏の話〜」
「っちょっ!違うでしょ!元はピアスの話でしょ!」
「……苗字、彼氏いんのか?」

さっきまで通る声で喋ってた甲斐君トーンが落ちた。

「…うん…まぁ…ね」
「…そっか」
「ん〜〜どうしたのかな〜〜甲斐坊?」
「たーが甲斐坊だ!」

目の前でじゃれ合ってる2人。私はその姿を見てニコニコ笑った。
その後先生が来てホームルームが始まった。

「落ち込むなよ、甲斐坊」
「だから…別に落ち込んでねぇし…つーか甲斐坊はやめろ」
「えっ、合ってると思うけど?甲斐帽」
「そっちかよ」
「コラッ!そこの2人、ちゃんと聞け!」
「「すみません」」

横の2人が先生に怒られてる…何の話してたんだろう?



***



「やっべ!先生の話に付き合ってたら遅くなったさー。木手にゴーヤー食わされる」

廊下を走って、教室の鞄を取りに向かった。
誰も居ない筈の放課後の教室に入ると、1人自分の席に座って携帯を触ってる苗字が居た。

「あれ?甲斐君。部活は?」
「先生とあびってたら遅くなってな。今から部活さー」
「そっか。頑張ってね!」
「おう!」

机に寄り、鞄を取った。

「…ぃやーは何してるば?」
「寛子が委員会終わるの待ってるの」
「そっか」

携帯を弄りながら、わんの方を向いて言った。

「ぃやー凄いな。携帯打つの早ぇ」
「へへっ、毎日使ってればコレ位すぐだよ」

毎日…多分、彼氏に…なんだろうな。
そんな事を思ってると、苗字の携帯がブルブルと鳴った。その瞬間、苗字の顔がほほころぶのが分かった。
わんは…そのちらを見たくなくて、じゃあと言って教室を出ようとした。

「もしも〜し!……えっ…」

元気よく出た苗字の声が…一瞬にして変わった。
わんは、足を止め苗字の方を見た。

「…えっ…あなた…誰?」

呟く様に言った苗字のちらに、さっきの笑顔はない。
少しして、力なく耳に当ててた携帯を下におろした。

「苗字?」

わんの声に体をビクリとさせ、少しだけわんの方にちらを向けた。

「…ん?…どうしたの?…部活…行かないと……ぉくれちゃ…よ?」

途切れ途切れ言う苗字が気になって、寄って行くと、ちらを隠そうと下を向いた。
長い髪が苗字のちらを隠してるけど…差し込む夕陽が…頬に流れる雫を光らせた。
わんは苗字の腕を勢いよく掴むと、驚いてちらを上げた苗字。

大きな瞳から…溢れ出してる涙。

「っ、どうした――」
「なっ、何でもないの!ちょっと…目にゴミ…」
「ゆくしさんけ!」
「ゅっ…ゅくし…じゃっ…っっ」

うなだれて必死に言葉を出そうとする苗字。その時、教室に誰かが入って来た。

「名前〜、お待た……どうしたの?」

入って来たのは相川だった。わんの奥でうなだれた苗字を見て、顔色を変えてわったーの下に駆け寄って来た。

「ちゃーさびたさ、名前!…甲斐!ぃやー名前に何かしたば?!」
「何もしてあらん!」
「ちがっ、…甲斐君は関係ないの…」

まだ瞳に涙を溜めた苗字が少しちらをあげて言った。

「ほんと…なんでもない…から…。……っ、ごめっ…私先に帰るねっ…」
「苗字!」
「名前っ!!」

わったーの声に振り返りらず、教室を出て行った…。

「甲斐、名前に何があった…っちょっと、甲斐!!」

わんは苗字の後を追った。
部活に行かないと木手にゴーヤー食わされるとか、どうでもいい!
なんで…苗字が泣いたか分からないけど…わんに…何が出来るか分からないけど…ただ……苗字の傍に……いたい――。



***



「…はぁ…はぁっ…ったく、あにひゃーどこ行ったば…」

いなぐって…こう言う時に限って足早いんだよな…もう家に着いたのか…わん、あにひゃーの家知らねぇしな…。
そう思って海を見渡すと、灯台の建ってる岬に、誰が居るのが見えた。

「…あれは…」

遠目でも分かる……潮風になびく髪の間から見える、耳元で光る青いピアス――。

「…っ…苗字…」

岬に着いて声をかけた。ゆっくりと振り返った苗字の瞳に涙はなかった…でも…目の下が真っ赤に腫れてる。

「…甲斐君……部活は?」

辛そうに…それでも笑顔をみせようとする苗字。声が…少し渇れてる…。
わんは何も言わず隣に座った。

「……へへっ…甲斐君には、みっともない所見せちゃったね」
「…そんな事…あらん」

それから暫く黙ったまま海を見てた。
くんな時…何て声をかければいいんさ…。

「…さっきのね……彼氏から電話だったの…」

沈黙を破ったのは、苗字だった。

「……でも…聞こえて来たのは…彼氏の声じゃなくて……女の子の声だった」
「………」
「…誰って聞いたら……彼女だって……だから…もうメールしないで…て」

また苗字の瞳に涙が溢れだす。
…何となく予想はしてたけど…彼氏…浮気してやがったんだ…。

「ははっ…ほんとっ…びっくりだね…」

言葉ではそう言ってるけど…すげぇ辛そうなちらしてる。
…正直…腹が立つ。苗字を泣かせて…くんな辛そうなちらさせて。そいつが今この場所にいたら、おもいっきりちら殴ってやるとこさ…。

「……私…っっど…したらいぃ…かな…」
「…っ!」

わんは…苗字をきつく抱き寄せた。

「…か…甲斐…く…」
「…わんは…ぃやーに何もしてやれねぇけど…でも…話聞く位ならできる」

腕の中で何も言わず…ただじっとしてわんの言葉を聞いてる。

「愚痴でも…泣き言でも…何でも聞く。今…ぃやーが思ってる事…全部吐き出せばいいさ。…わんが…全部受け止めてやるから」
「…っぅぅ…っばかぁ……っぁあっ」

腕の中で…ただただ…泣き続ける苗字。
わんは…苗字が泣き止むまで、ずっと抱きしめてた



***



「…落ち着いたか…」
「…うん。……ありがとう、甲斐君」

2人、海を見て話した。

「甲斐君があぁ言ってくれなかったら…私、いつまでもウジウジしてたかもしれない」
「…わんは…ぃやーが笑ってくれれば…それでいい」
「うん…ありがとう」

甲斐君の言葉が嬉しくてお礼を言うと、彼も優しく微笑んでくれた。

「…そうだ…」
「?」

私はピアスを外し、自分の掌に乗せた。

「…バイバイ」

そう別れを告げ、青く光るピアスを海へと投げた。

「っぁああ〜〜っ!!これでスッキリした」

私はその場で背伸びをした。

「でもこのままじゃ耳不細工だなぁ〜。…今度新しいの買いに行こうかな!」
「…わんが」

口を開いた甲斐君を見ると、甲斐君は海を見たまま続けた。

「わんが買ってやんよ…新しいピアス」
「えっ…でも」
「いいんだよ……わんが、そうしたいんだから…」

帽子を抑え、顔を隠す甲斐君。
…でも、なんでだろう…。甲斐君が、今どんな顔してるのか、分かっちゃう。
私はしゃがんで、甲斐君の顔を覗き込んだ。

「…じゃあ、今度一緒にピアス見に行こうね」
「…おぅ」

頬を熱らせ、にっこり笑ってくれた甲斐君。私もそれにつられて…一緒に笑った。



***



あの後、私は彼氏に別れの言葉を告げた。
電話を切る前に、ごめんと言った彼氏。私は言葉を返さず、そのまま電話を切った。もっと腹が立つと思ってたけど…以外と心は穏やかだった。それはきっと――

「あれ?名前、それ新しいピアス?」
「そっ!オニュ〜」
「珊瑚のピアスやっし!可愛いさー!」
「へへ〜いいでしょ〜」
「…さては、誰かから貰ったな〜」
「ふふふ〜内緒」
「怪しい〜!たーに貰ったば?教えろぉ!」

首に腕を巻き付けてくる寛子。

「朝から元気だな、やったー」
「あっ、おはよう!甲斐君」
「甲斐!名前がピアスをたーから貰ったか知らんば?」
「…さぁ…知らねぇ」

そう言って、私と目を合わせ少し照れる甲斐君。
こうして笑っていられるのは、きっと――

耳で光る珊瑚のピアスと隣で笑う、彼のおかげ――

fin

−−−−−−−−
海に物を捨ててはいけません。



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