夏の終わり


神様なんてのがホンマにおるんやったら…こんな仕打ちないと思うわ。

うちは入学式の日、同じクラスの白石に一目惚れした。たぶん、うちみたいな人は沢山おったと思う。だって、他の男子なんかほんまにじゃがいもに見えるくらいかっこよかったから。
ただのクラスメイトで終わりたくなくて、白石と同じテニス部に入るって言った謙也に頼んでマネージャーに推薦してもらった。
ただのミーハーやと思われるのも嫌で、テニスの事一生懸命勉強した。白石の、みんなのサポートできるように応急処置の本も読破した。勉強もそれくらい力入れーやっておかんに言われたけど…ってそんなん関係ないねん!
それで、白石とはマネージャーとして、友人として仲良ぉなれて、部活帰り一緒になった時に聞いてみたってん。

「白石、モテんのに彼女つくらんの?」
「もうすぐ全国やからな。今はそれに集中したいねん」

全国終わるまで彼女はつくる気ない。それならうちも、自分の気持ちを封印しようって思った。
白石の力になりたくて、それにはうちの気持ちは邪魔や。だから全国終わるまで自分の気持ちを封印して、終わったら……そう、思てたのに…神様、これはどういう事なん?

「名前!ちょ、聞いて驚け!!」
「なんやねん謙也。帰って来て早々煩いやっちゃなー」
「煩さなるわ!白石に彼女できたんや!」
「………え…?」

3年の夏休み。7月末から8月始めにかけて行われたサバイバル合宿。うちの学校からは白石・謙也・千歳・金ちゃんが参加した。
残り組みのうちらが練習してる時に帰ってきた合宿組の謙也の第一声がそれやった。
なんでも、選抜合宿に向かう船に乗り合わせた女の子達がいて、なんや色々あって彼女達も一緒にサバイバル合宿に参加してて…そこでええ雰囲気になって…そのうちの一人とくっついたと…。
…全国終わるまで、彼女つくらん言うてたやん…。やのに、なんでなん?うち頑張ってんで?白石の近くにおりたくて、白石の助けになりたくて…それやのに…。

「どないしたん?苗字。ぼーっとして」
「え、あぁ、ちょっと考え事しててん!」
「ほーか?ほな、コート移動しよか」
「うん!」

全国大会初戦当日。
オーダーを提出してうちらはコートに移動した。あぁ…行きたないなぁ。だって、謙也から聞いた。

『白石の彼女、全国大会応援くるらしいわ。白石がニヤけた面して言っとった』

白石のニヤけた面か…白石にそんな顔させる彼女が見てみたい様な見たくない様な…。
…やっぱ見たない!だって、負けを認めるみたいやもん!!…でも、マネージャーであるうちが全国大会でサボる訳もいかず、渋々ついて行くしかない。

「何しけた面してんすか、名前先輩」
「すんませんねー先行き悪い面してしもて」
「分かってるんやったら直したらどないです?」

生意気後輩の財前が私の隣に来て言った。

「部長、上機嫌すね」
「……そやね」

その話はしたくなくて、素っ気なく返したら、それを察したのか財前も何も話さなかった。
程なくして目的のコートに到着。

「まずは初戦。しまっていこか!」
「「オォオーー!!」」

初戦の相手は岡蔵中。シングルス3、ダブルス2、シングルス2と圧勝で勝ち進んでゆく。これでこの試合は突破できたが、これが初戦の我ら四天は5戦全てしなくてはならない。次はダブルス1。無我マニアの千歳とテニスの聖書(バイブル)、白石の2人。
ま、これも負ける事はないやろ。

「こっちやこっち!」
「え、でも…私あそこでも十分見えるので」
「何言うてんねん!ここの方がよー見えるで!白石にも来たったでーって言うたらな」
「で、でも…」
「謙也、試合始まんのにうっさいで!……って、誰?」

謙也が手を引いてフェンス前に連れて来たのは私服姿の女の子。うちの学校の生徒ちゃうよな…。

「あ、初めまして。小日向つぐみと言います」
「前教えた白石の彼女や!」
「……あぁ」

ついに会ってしまった…いや、会わされてしまった?ほんま、謙也いらん事しかせーへんな…。

「白石ーー!小日向にええトコ見せたれよーー!」

謙也がコートに向かって叫ぶと、白石は彼女を見て優しく笑い、手を上げた。それに答える様に彼女も小さく手を振っている。
あぁ…ほんまに彼女やねんな…。こんな所でみせつけんなや…。
スコア表に視線を落とし、ムシャクシャした思いを押し殺していると、頭をコツンと叩かれた。

「イタッ!」
「何ボケっとしてんすか?試合始まってますよ」
「分かってるわ」
「せやったら、さっさと集中して下さい」
「へいへい。すんませ〜ん」

せや、今はそんなん気にしてたらあかん!これが最後の全国大会。絶対優勝して有終の美を飾る!その為に邪心は捨てるんや!!

そう思ったけど、順調に勝ち進む我ら四天の応援に欠かさず来る白石彼女。部員の迷惑にならんよーに端っこで一生懸命うちらの応援(主に白石)をしてくれる。
…ええ子やね…。この前は差し入れやゆーていっぱいドリンク持ってきてくれたし。
その姿も、ついに見納めの時がやってきた…――。

「3勝1敗、青学の勝利!両チーム共整列して下さい」

全国大会準決勝。我ら四天宝寺は、東京の青春学園に敗れた。
試合に出てたメンバーがコート中央に集まって握手を交わす。皆、やりきった顔をしてる…。そんな皆の顔みたら、泣きたくても…泣けんやん。

「終わった…な」
「終わりましたね」
「あんたは終わってないやん、財前」
「先輩らとの夏は終わったゆーたんです」
「あ、…ま〜そやな」

視線を向ければ、少し離れた木陰で泣いてる彼女を白石が慰めてるのが見えた。
一生懸命応援しとったもんな〜…彼女。…彼女か…うちが憧れたポジションやな。全国終わったら告白しようって、思ってたのにな…。告白せんと終わるんや。

「あ、でも先輩はまだ終わってないですやん」
「え?何で?」
「先輩、このままやったら終われんでしょ…白石部長に告白せんと」
「え?!な、何で今更告白せなあかんのよ!ってか、」

なんで全国終わったら告白しようとしてたん知ってるん?!

「先輩、謙也さん並に分かりやすいっすもん」
「えぇ…謙也並か…厳しいなぁ」
「俺がなんなん?」
「何もないわ!出てくんなスピード野郎!」
「なんやねんお前!」

はぁ〜と溜息を吐いて頭を抱えた。横にいる財前はじっとうちを見てる。うちの出方を見てる…みたいや。

「…今更言ってもしゃーないやん」
「言っても振られるのが見えてますもんね」
「うん」
「ま、何でもいいですけど…言わんかったら、今まで部長思ってた気持ちが可哀想ちゃいます?」
「…可哀想?」
「日の目みんと消し去られる。それやったら、伝えてきっぱり振られた方がすっきりするんとちゃいます?」
「……」

確かに、この2年半思ってきた気持ちをこのままなかったことみたいにすんのは悲しい。でも、言ってスッキリしようなんて、うちの自己満足や…。白石には迷惑な話かもしれんし…。

「大丈夫」
「え?」

いつも無表情で何考えてるか分からん財前が…微笑んでる――ようにみえる。

「部長は先輩の気持ち受け取って、ちゃんと返事くれますって」
「…そっか。うん……よし!うち、言ってくる!」
「お〜。当たって砕けて来て下さい」
「任せろ!粉々になって来るわ!あんたが仕掛けたんやから、ちゃんと亡骸拾いや!」
「ほうきとチリトリ用意しときますわ〜」

うちは自分の両頬をパンッ!と叩いて戦場へ向かった。
彼女はもう帰ったのか、白石一人でさっきおった木の傍に立っとった。

「お疲れ、白石」
「おぉ。苗字もお疲れな!」
「…なぁ、白石。うち、白石に言わなあかん事あんねん」
「ん?なんや、あらたまって」

心臓がドキドキ高鳴って顔も熱ぅなってきた。…でも、なんやろ…考えてたより、緊張はしてない。

「うちな…一年の時から、白石の事、好きやってん」
「……苗字」
「あ、白石彼女おるし、つき合ぉてとかそんなんちゃうねん!…ただ、全国終わったら告白しようって決めてたから…けじめつけたくて」

頭を掻いてヘヘッと笑ううちに、白石は優しく笑って言ってくれた。

「ありがとう。苗字の気持ちに応える事はできんけど、俺を思ってくれて、おおきに」
「…どういたしまして!…彼女としては無理やったけど…これからも仲間として接してくれるかな?」
「何言ぅてんねん、当たり前やろ?」
「…ありがと!」

笑えた。ちゃんと伝えられた…。

「…ほな、そろそろホテル戻ろか!」
「おん、せやな」

白石に背中を向けて、うちは皆の所に戻って行った。



***



「よっしゃ!流すでー!」
「おぅ!じゃんじゃん流せー!」



何でこんな場所で流しそうめんするんや?焼肉屋の駐車場やで?店の人に許可とってんのかいな…。
ベスト4に入ってオサムちゃんがうちらに流しそうめんをご馳走してくれた。いつの間に作ったんか知らんけど、ちゃんと流し台まであるし。皆、ワイワイバカやりながら楽しそうにそうめんを食べてる。
うちも楽しい。こうして集まってワイワイする事も夏越えたら減ってしまうんやろうから、今のうちに騒いどかな!
そう思て竹の器と箸を持って皆の輪に混ざろうとした時、肩をトントンと叩かれた。

「財前。なにしてん?はよせな、金ちゃんに全部食われてまうで?」
「砕け散りました?」
「…あ〜…見事にな」

アハハと笑って言った。拾うの大変すわ〜とかそんな嫌味な言葉が来ると思ったら…頭に手のせられてポンポンってされた。

「よく頑張りました」

なんでやろ…泣きたいとか思ってなかったのに…いっつも口悪い財前がそんな事言うから、胸が一気に苦しくなって…。

「…っ、ぅう…っ…白石の…あほー」
「…ん」

ふっと、財前がうちの頭に腕をのせて、顔を財前の懐に寄せた。うちが泣いてるのを隠す様に。

「ぜ、こく…まで彼女…つくる、気…ないっ、ってたから…うち…」
「待ってたのにな…」
「何が、サバイッ、バル合宿や…ただのバカンスやんけ!」
「ほんまにな」
「白石なんか、彼女とイ、チャイチャしとったらええねん!エクスタシー言う、ドン引きされたらええねん!」

財前の胸で、溜め込んでた想いを思いっきりぶつけた。それに文句も言わずうちの頭を優しくポンポン叩きながら聞いてくれた。

「でも…ほんまに、ッ白石が好、きやってん…」
「……」
「っ、ぅ、ぁぁああッ!!」

皆が流しそうめんでも盛り上がる中、財前は建物の陰に隠れて泣き止むまで私を抱いていてくれた。



***



「あぁ〜…泣いた…」
「泣きましたね、えらい鼻声なってますよ」
「ティッシュ持ってない?鼻かみたい」
「先輩、女なんやから持ってたらどうですか」
「女が皆ハンカチ、ティッシュ、裁縫道具を常に持ってると思ったら大間違いやで」
「偉そうに言っても空しいだけすよ」

そう言って差し出されたティッシュでチーンと音を立てて鼻をかんだ。かみ終わってあ〜〜って言ったら親父か!ってつっこまれた。

「…ありがとうな、財前。なんかスッキリしたわ!」
「そら、あれだけ泣いたらね」
「ハハッ、あんな泣いたん久々やったわ。…ほんま、ありがと」
「…どういたしまして」
「でも、疑問に思うことがあるねん」
「なんすか」
「なんでな、財前はうちの背中押してくれたり、愚痴聞いてくれたりしたん?」

『めんどい』が口癖の財前が、文句も言わず傍におってくれた。うちは凄い心軽くなったけど…何で財前が?なんか見返りを求めてくるとか?…ぜんざい奢れとか言われるんかな?

「先輩が好きやからちゃいますか?」

……ん?………え?
多分、うちの目は今、点になってると思う。だって…え?なに?好きって…鍬?like?冗談?それとも――。

「ま、今はこのままでもいいっすわ。でも――」

横に座ってた財前がそう言いながら立ち上がり、不適な笑みを浮かべてうちの目の前に顔を寄せてきた。

「――そのうち惚れさしたる」

ボッと顔に火がついた気分だった。漫画的に言ったら顔一面に斜めの線が入ってる感じ。ボソッと言われたあの一言に、うちは凄いダメージを受けた。
まさか…まさか…財前が…――。

「おーい!お前らそんなとこで逢引かー?」
「謙也さん、うっさいっすわ」
「逢引かー言うただけやろ?!」

いつもの財前が、謙也達のもとへと歩いて行く。うちはまだその場に座って、さっき財前が言った言葉が脳内エンドレス。

「先輩が好きやからちゃいますか?」

「――そのうち惚れさしたる」


「え…えぇ?…えぇぇ?!」

頭パンク状態でとりあえずえーを叫ぶ私を、財前が面白そうに見ていたが、そんな事気にも留めれんかった。

「…なに叫んでんねん、あいつ」
「片思いしてたんが自分だけやと思ったら大間違いっすわ」
「は?何の事や」
「なんでもないです」
「なあなあ!なんや、青学が焼肉食ってるらしいで!ちょー覗きに行こうや!」

こうして、私の夏はドタバタと慌ただしく終わっていった―。

fin...

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