帽子


「うきみそーち、甲斐君!」
「おう!ハヨ〜」
「ちゃんと夏休みの宿題してきたか?裕次郎」
「やってんよ!でないと木手にゴーヤー食わされるしな…」
「あはは、大変だな〜」

中学3年の2学期。夏でテニス部も引退して、これからは高校受験に向けて勉強が始まる。…あぁ…退屈さー。

「でも、その帽子は被ってるんだね?」
「ん?」

クラスの女子がわんの机に手を付いて言ってきた。

「部活してるから被ってたんでしょ?引退したから、もう被らないんだと思ってたけど」
「あぁ?たーがそんな事言ったば?これはわんの体の1部やっし」
「へぇ〜、でもいつもそれだね?他の帽子とか持ってないの?」
「…あるにはあるけど……」
「あるけど…なに?」

わんの顔を覗き込んで聞いてくる。…わんは視線を窓の外に移した。

「くぬ帽子は…思い出の帽子だから」
「思い出?どんな―――」
「HR始めるぞ〜!」

教室のドアを豪快に開けて、担任のハルミが入って来た。慌てて自分の席に戻る皆。
わんは…ハルミから視線を外し、また外を見た。
…あれから…もう3年か…。



***



「東京から来ました、苗字名前です。よろしくお願いします」

苗字と会ったのは、小6年の春。転校してきたあにひゃーは…太陽みたいな笑顔をしていた。

「それじゃあ、窓側の一番後ろね。甲斐君」
「…あっ、はい!」
「苗字さんに色々教えてあげてね」

担任の先生にそう言われ、わんはコクンと頷いた。

「甲斐君…って言うんだね。よろしくね」

わんの隣の席に座って、笑って言ったあにひゃーのちら…今でも忘れない。
…笑った女子のちらなんて結構見るのに…ぬーんちくんなに違って見えるんだって…あの時、思った。

「甲斐君、昨日提出のプリント出してなかったでしょ?先生怒ってたよ?」
「あぎしっ!忘れてた!」
「あははっ!早く出した方がいいよ?」
「おう」

慌てて机の中にしまってたプリントと教科書を出した。歴史のプリントと睨みあったけど、問題数が多くて調べてたら結構時間が掛かる。わんは溜息ひとつ落として、教科書を開いた。その時、机の上に1冊のノートが置かれた。

「はい。これに答え載ってるから、教科書見るより早く終わると思うよ」

いつもの笑顔で言ってくれた苗字。

「あっ…にふぇーでーびる」
「どういたしまして!」

そう言って隣の席に座った。わんは、にやけるちらを抑えてノート開いたっけ…。
苗字が引っ越してきて何週間経っても、なかなか上手く話せなくて、隣の席に居るのに…遠く感じてたっけな…。

夢で苗字に会える時は、他の奴と同じ様に話せるのにな…何でだろう…って、あの頃は思ってた。ガキだったわんは、その意味がまだ分からなかった。


苗字と知り合って3ヶ月が経った頃、何度目かの席替えがあった。
それまで、苗字とは隣同士か前後になるかだった。今度も…そうあって欲しい。
7月7日だったのもあったからか、柄にもなく七夕様に祈ったりもしたっけな…。

「甲斐君、席どこになった?」
「ん?…廊下側の後ろ」
「あ〜、…離れちゃったね。私、教卓の前の席」

やっぱり離れてしまって…残念に思った反面、そんな事を知られたくなくて、軽く返事をした。
皆席も決まって、移動しようと机を動かした時、苗字から小さな手紙を貰った。
笑って手紙を渡して、何も言わず自分の席を移動させた苗字。
わんは、その場で手紙をあけた。

『今日、一緒に帰ろう』

そう書いてたのを見て、わんは心躍る気分だった。
さっきまでの沈んだ気持ちなんて、どっかに飛んで行って、早く放課後にならないかって、その日は、そればかり考えてたな。



***



「甲斐君、帰ろう!」
「お、おぅ」

放課後になって、苗字が話しかけてくれて…すっげー嬉しかった。でも、初めて一緒に帰って緊張して、まともに会話も出来なかった。通学路を歩きながら、何を話そうか…そんな事を考えてた。

「…あっ、雨!」

学校出た時は降ってなかったのに、いきなりの夕立。わったーは近くの木陰で雨宿りをする事にした。

「…結構降るね」
「あぁ。…やしが、すぐ止むさ」
「そうだね」

2人、空を見て言った時、大きな雷が鳴った。

「きゃぁっ!」

雷が怖いのか、目を瞑って自分の腕を抱いた苗字。それから、雷が鳴る度に体をビクリとさせてた。

「……ん」
「…っえ?」
「…手…掴まってろよ。…少しはマシになるさ」
「……うん。ありがと」

わんの差し出した手にそっと触れ、ぎゅっと握って…笑った。その笑顔をみて…わんも自然に笑顔が溢れた。そのまま…雨が上がるまで、ずっと手を繋いでた。
あの時…このままずっと、雨が降ればいいのにな…って思ったな。

「うわぁ〜!甲斐君、みてみて!」

雨が上がって、歩いてたわんの前に走り出て、海を指した。
夕焼け色に赤く染まった空の向こうに、白く光る星達。

「これで、織姫と彦星も会えるね!」

さっきまで怖がってたのに、今では無邪気な笑顔。
わんは、苗字の横に立って海を見た。

…確かに綺麗だ…雨が降った後だから、余計綺麗に見えた。

「甲斐君って…夕陽みたい」
「…え?」

急に言われて、意味が分からなかった。

「暖かくて、優しくて…包み込むようなやわらかい笑顔するから」
「…そんな事あらん…」
「そんな事あらん事あらん!!」

少し強く言って笑った苗字。

「私、甲斐君の笑顔…好きだよ」

好きの意味は…どういう意味なのか分からなかったけど…うるさく響く心臓の鼓動…夕陽に照らされた苗字の笑顔。
それが…涙が出そうになる位…嬉しかった。



***



「明日から夏休みです。皆、宿題ちゃんとしてくるようにね!」

1学期の終業式。小学校最後の夏休み。今年は…苗字を誘って、夏祭りに行こうかな…そんな事を考えてた時だった。

「えー、それから、お知らせがあります。急な話ですが、苗字さんがお父さんの仕事の都合で東京に戻る事になりました」

……えっ……。

教室が一気にざわめいた。わんは呆然とした。
先生にそう言われ、教壇にゆっくりと立った苗字。

「短い間でしたが、沖縄に来て、皆に会えて、とても楽しかったです。皆と一緒に居れた事、絶対忘れません。ありがとうございました」

いきなり言われた『さよなら』の言葉。
わんは、何も考えられず、ずっと苗字を見ていた。



***



「苗字!」
「…甲斐君」

HRも終わって、クラスの奴らと別れ、正門を潜った苗字をわんは追いかけた。
正門前に止まってた車に乗ろうとした苗字を呼び止めた。
…追いかけて来たけど…何を言っていいのか分からず、ただ黙ったまま苗字を見つめた。
すると…苗字は車から何か取り出した。

「…はい。これ、甲斐君にプレゼント」

差し出されたのは…2人で見た夕陽色に染まった、赤い帽子だった。

「この前街で見つけて、甲斐君にぴったりだと思って買ったんだ!」

なにも言わないわんの頭に、その帽子を被せた。

「うん、似合う!甲斐君にピッタリだ!」

満足そうに笑う苗字。

「…にふぇーでーびる」

太陽の笑顔を見て…涙が出そうになるのを帽子で隠して呟いた。あの時のわんには…それが精一杯だった。

「帽子…大切にする」
「うん!ありがとう」

そう言って、小さな手をわんの前に差し出した。

「元気でね」
「……っあぁ。ぃやーもな」

ぎゅっと握った苗字の手は…あの時と同じで…暖かかった。

車に乗り込んで、窓を開けて…ゆっくりと走り去る。
窓からちらを出して、大きく手を振ってくれた。

「またねー!私の事、忘れないでねー!!」
「忘れねー!!絶対忘れねーから、ぃやーも忘れるなよ!!」

遠くなる苗字の姿に大声で言った言葉。
…学校で泣いたのは…あれが初めてだった…。


あれから苗字の姿は見てない。連絡先も知らなかったから、声も聞いてない。
でも、今でも鮮明に覚えてる、笑った…太陽みたいなちら。
今なら分かる…あれが、わんの初恋だったんだって…。
今…もしまた、苗字と会う事が出来たら…昔のわんとは違って、自分の気持ちを正直に言えるかもな…。
また…季節外れだけど…七夕様にでも祈ってみるか…なんてな。

「おい、甲斐!!聞いてるのか!」
「っぁ?!き、聞いてます!」
「じゃあ、あにひゃーの隣の席だ」
「はい」

外を見てたわんがハルミにちらを向けると、横に見慣れない女子が立ってる。
わんは自分の目を疑った。

「甲斐君…って言うんだね。よろしくね」

さっき思い出してた言葉と…同じ…。

「今日から、このクラスに転校してきた苗字名前です」

記憶の中でしか会えなかった……太陽の様な笑顔。

「その帽子…ちゃんと被っててくれたんだ。でも、教室で被るのはどうかと思うよ?」

呆れた様に言った…。

「…苗字」
「ん?」

優しく笑う…変わらぬ笑顔。

「…じゅんに…か」
「…うん。…久しぶりだね。甲斐君」

七夕様が…わんの願いを聞いてくれたのか…この帽子が逢わせてくれたのか分からないけど…。
苗字が…あの頃のままの笑顔を、わんに向けてくれたから…わんも…夕陽色に染まった、この赤い帽子を、これからも被っていく。
できれば…苗字の隣で――。

fin
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コブクロの「太陽」を基に作成。
雷鳴ってる時、木に雨宿りするのは危険です(汗)

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