「涼しい場所に遊びに行こう。私の奢りで」
「すずしい、場所って?」
 電話を通すと、虎杖の声は低く聞こえる。
「チェンマイに行こう。どこ行っても雨は降るだろうけど、北部まで行けば暑さはここより少しだけどましになるでしょ。チェンマイの山の方に一棟貸しのコテージがあってね。前に遊びに行ってから気にいっててたまに泊りに行くんだ。良いところだよ。宿儺と虎杖と私と、三人で行こう」
「楽しそうじゃん!行こう!それはいいけど、奢りって?」
「事故の時、助けてもらったのにまだきちんとお礼ができてなかったから。お礼だと思って受け取ってほしいの。気をつかわないで楽しんでほしいから、一緒に遊びたいから言うけど、私がお金持ちっていうのだけは本当だよ」


 そして夏のバカンスが始まる。
 バンコクのスワンナプーム国際空港から一時間のフライトで、チェンマイ国際空港に着いた。タイ北部、古都チェンマイ。伝統ある寺院が並び、山岳民族の文化圏でもあり、緑の濃い豊かな街だ。チェンマイ空港から、手配しておいたタクシーに乗る。後部座席のそれぞれの窓側に虎杖と宿儺を座らせて、私はその真ん中に座る。コテージまではしばらくかかる。二人は、タクシーの窓から興味深そうに外を眺めている。飽きる様子もなく、ずっと。

 いつの間にか眠っていたようだ。車が停まった気配で目を覚ました。浅い夢から目を覚ましたばかりのぼんやりした意識のまま、窓の外を見る。タクシーはコテージの敷地の門の前に停まっていた。タクシーを降りると、コテージの管理人夫妻が出迎えてくれた。従業員と管理人の家族は近くの家に住んでいる。リゾートホテルのように至れりつくせりではないが、静かなところが気に入っていた。管理人夫妻の子供も出迎えてくれる。男の子だ。七歳ぐらいだろうか。宿儺と目が合うと、その場に立ち尽くしてじっと見つめた後、慌てて目をそらした。怖いのだろうか。男の子は私たちの荷物を運んでくれようとしている。
「自分で持つよ、ありがとう」
虎杖のタイ語は、流暢というわけではないがいつも分かりやすくて優しい。挨拶の合掌も滑らかだ。
虎杖と宿儺の荷物は驚くほど少なかった。虎杖は小さなボストンバック、宿儺は風呂敷のような風合いの布の包み、それぞれ一つきりだ。私は自分の大きなキャリーケースを転がして運ぶ。
深い緑の草地が広がる庭を進む。鳥の鳴く声が聞こえていた。少し傾斜を上った場所に、私たちが滞在するコテージがある。森に囲まれるようにして。ここで十泊の滞在を予定している。コテージは三棟、それぞれ十分に離れている。しかし他の棟には宿泊者はいないようだった。
コテージは二階建てで、一階の正面部分にはテラスがある。「ここで朝ごはん食べてもいいね」と話す。
 入り口のドアを開けると、まず吹き抜けの階段が目に入る。虎杖は駆け出して階段を昇り、途中にある踊り場でこちらを振り向いた。
「部屋全部見てくる!」
 虎杖はさらに二階へと階段を上がる。私も荷物を置いて、駆けだした。一階のテラス側の窓を開けて風を通す。開放的な造りの部屋を、新鮮な空気が走り抜けた。大きく伸びをする。息を吸いこむと、湿った草の匂いがした。
 寝室は二階に三部屋ある。それぞれに部屋を割り振る。割り振るというより、宿儺が一番広い部屋に入っていって、私と虎杖は残りの部屋をじゃんけんで選んだ。
「あいつ我儘だけど、嫌じゃない?嫌だったら俺に言ってね」
「猫の王様みたいでかわいいよ」
「猫の王様?」

 部屋を割り振ったら、もう日は落ちていた。移動の疲れもあり、早々に寝ることにする。白く清潔なシーツに包まれると、すぐに眠りに落ちてしまった。

- 6 -

*前次#


long
top