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「あー……あの、八神さん?ですか。」
「"あの"って、オレみんなに裏でなんて言われてんの?
…八神隆之、よろしくね。」
無表情のままコテン、と首をかしげた彼女は源田先生のところの新しい事務員らしい。
夜のネオンを横目に歩いてきた源田法律事務所は外から見てもまだ電気がついていた。
よかった、と安堵したのも束の間
そこにいたのは目的の人物でもなく、見知った顔でもなかった。
初対面の相手に仕事の打診に来たなどというのはなんとなく申し訳ない気持ちになり、あーだのえーっとだの、自分でも珍しく口籠もってしまった
誰かしらいるだろうと高を括っていた少し前の自分にバカだったと後悔する。
源田先生もさおりさんも、星野くん、まさかの新谷ですら不在だったそこに電気をつけていたのは、少し前に源田先生から知らされていた女性、みょうじなまえさんだった。
「ご存知かと思いますが、みょうじなまえです。よろしくお願いします」
「やっと会えたよ。先生からよく聞いてる
めちゃくちゃ優秀だって」
「あぁはい……どうも」
「わ、否定しないんだ?」
「仕事はできるほうだと自負があります」
「なんか…イイね、そういうの。オレ好きだわ」
「ありがとうございます」
自信満々というより、これが普通って顔で薄く笑っているところに好感が持てた
なるほど、確かにこの子はアタリだな。
源田先生からよく聞いているのは彼女の迅速丁寧かつ、依頼人や同僚への配慮がうまい仕事っぷりだった。
まるで娘ができたかのような先生の話ぶりに、以前から会ってみたいなと思っていたのだ。
「んー、先生たちこのまま直帰なんだっけ?よかったらこのあと親睦深めるのに飲みに行かない?」
「…………いいですよ」
「えっマジ?いいの?」
「特に予定もなかったので」
「あー…じゃあ、ウチの調査員も呼んでいい?海藤さんっていうんだけど…」
「いいですよ、私コレ戻して荷物まとめてきますね」
「うん、じゃあ下で待ってる」
「はい」
こんな距離の詰め方をしたのは初めてだった。
自分で口にした言葉に内心で驚きながら、相手の二つ返事にまたも予想外な展開。
誘っておいてそんな態度なのは失礼だとはわかっていたが、思わずにはいられないのが彼女の起伏の少ない表情のせいかもしれない。
エレベーターをおりて、スマホのメモリを呼び起こして該当の人物の名前をタップするとすぐにプルル、と音が鳴った。
「あ、海藤さん?いまオレ源田先生のとこ行ってたんだけどさ、ホラ先生が言ってた子、会ったんだけど…」
「おーター坊か。
…お?おお、そうか!どんな子だった?美人か?」
「その子とこれからテンダーで飲もうと思ってんだけど、海藤さんもきなよ」
「そんなの行くに決まってるだろ!待ってろ!」
「はいはい」ピッ
短い問答をしつつ、ワクワクした様子の海藤さんの声になんだかオレも楽しみになってきた。
持っていた短くなったタバコを携帯灰皿に入れていると、背後のエレベーターが到着を知らせる短い音を鳴らす。
うん、オレも楽しみだ。