誰がために働く3
「なるほどぉ〜」
「お手伝いいただけたら…」
「いいですよ」
「!助かります!ありがとうございます!」
佐野さんの死因が事故死と確定してから。
三澄さん親子が奥様から聞いた話を元に、どうやら佐野さんは実際に亡くなられる事故の前にも事故を起こしていたことが発覚した。
「超!人海戦術が必要じゃないですか?」
「いやでも実際は三人とか…四人?」
「その日に緊急解剖とかがなければお手伝いします。焼け石に水にしかならなそうですけどね」
「いやいや、ありがたいですよ。今も、アプリ作りまで」
事故の場所を特定するため、バイクに残った塗装からどうやらマンホールの近くで滑るなどしたんじゃないかと予想したのだ。
そしてそれが西武蔵野市内にあるマンホールだと確定したために、私と久部さんはとあるアプリを作っている。
西武蔵野市内の地図と下水道局からもらったデータを元に、地図上にマンホールを表示して、そのマンホールにチェックを入れると地図上から消える仕様に。
市内に二千個も点在しているマンホールを、四人ないし五人で確認する。
気の遠くなるような作業だけれど、これがなければ一つの家族が苦しむことになる。それならなんだろうとやってあげたい。
聞かされた話に二つ返事で了承し、手伝いを申し出た。
久部さんはこういった面にも明るいようで二人で作業しながらも驚くようなPCスキルを見せられる。
翌日、出て行こうとする私の背中になんらかの文句を吐き出す中堂さんを神倉所長が宥めている隙にラボを後にする。
スマホにインストールしたアプリを立ち上げると、きのう作ったばかりの地図が表示される。数多あるマンホールの表記を見ながら、足元にあるカラフルを確認する。
「おすい、傷なし、汚れなし」
一つずつ確認していると、残り何個、と表示されているところが続々と数字をカウントし始めた。
ピコン、軽い音と共に画面上部に新しい通知が表示される。
【工場の方たちにもご協力いただいています】
久部さんからの通知にスタンプを返し、また足元を見つめながら歩き出す。
本当に超人海戦術になってきた。
それから夕方になる頃には【見つかった】という三澄さんからの連絡が届く。
自分のいる地点からはかなり遠い上に、監視カメラが現場にあったらしい。
そこから確たる証拠もゲットできそうだという連絡を受けて先にラボに戻ることにした。
「またいるんですか?そろそろ中堂さんこそ過労で死んじゃうんじゃないですか?」
「ほっとけ」
ラボに戻ると、そこにはただひとり。
今日も今日とて泊まるつもりでいる中堂さんがいた。
シャワーを浴びたばかりなのか少しだけ湿った髪が、普段よりもくるりと巻いている。
むすりした表情でPCに向かいながら軽口を言い合う。あの日の烏田検事との邂逅以降、こんなのは久しぶりだった。
しばらく業務外での会話をする気がないとばかりに無視されるし、業務中もたまに無視されたし。
「証拠は?見つかったのか」
「はい。バッチリだったそうですよ」
それっきり、会話はない。
外に出ていた分溜まった業務をこなしながら、時折聞こえる資料を捲る音やキーボードを叩く音がひどく心地よかった。
何時間か経過すると、中堂さんの荒い声がする。スマホの着信に応対している声はどこか真剣で、鋭いものだった。
「出たか?」
相手が誰なのかはわからなくとも、きっと"あれ"なのだと理解する。
彼の過去。事件のことを。
トレーナーをその場で脱ぎ捨てている彼を見ないようにしながら、気にしていないふりをした。
どくどくと脈打つ自分の心臓の音が耳鳴りのようだった。
「…出てくる。帰るなら戸締りしていけ」
「あ、はい…」
「気をつけろよ」
喪服を着て、ケースに乱雑に何かを放り投げると半ば走り出すようにラボを抜けていく後ろ姿。
こちらの返事も聞かず、駆けていく彼に何も言えないまま。
「あれ?三澄さん、お疲れ様で…「なまえ!今すぐついてきて!」…えぇ?」
ラボを出るとちょうど三澄さんが戻ってくる姿とかち合う。どこか焦ったような様子で腕を掴まれ困惑する。
「中堂さんの後、追うよ!」
「えっ?…えぇ!?」
タクシーに乗り込むと、「前を走る車を追いかけてください!」とまるで刑事ドラマのようなセリフを吐き出す三澄さんに、こちらはいまだに理解が追いつかずに目を白黒させるだけだ。
「どう…一体どうしたんですか三澄さん」
「この前の裁判の時のこと!気になってるでしょ!?なまえは中堂さんのこと気になってるよね?!」
「!……なんで」
「なまえが、悲しそうだったから」
「え?」
あの日、裁判の帰り道。
助手席で不機嫌そうに眉を寄せながら、眠ったフリをする中堂さんに何も言えなかった。
私に協力させて欲しいと。
この気持ちの正体をずっと見て見ぬフリしてきた。
いちいち傷つくのもイヤで。だけど、離れがたくて。
でも、彼にとって"今"などどうでもよくて。"過去"を追い求めてる。"過去の真実"をずっと探している。
だから、聞かなかった。言えなかった。
後を追った先は所沢にある葬儀場だった。
親族のいないセレモニーホールには大きな棺が一つ、鎮座している。
三澄さんと合わせて息を殺し、おそるおそる盗み見たのは棺を開け放ち、許可も取らずに検案をする中堂さんの姿。
口腔内にライトを当て、見つめている。
引き結ばれた口元がぎりりと歯軋りするような音が響いた。
財布から取り出した一万円札を手渡すと、足早に出ていく姿を二人で見つめる。
「絶対、ご遺族の許可とってないよね」
「…ですね」
幸い、バレることもなく私たちはまたタクシーに乗って帰宅した。
帰り際の怒っているらしい三澄さんに、「明日はいつも通り出勤してくれる?」と告げられる。
二つ返事で頷くと、口角を上げただけの笑みを浮かべて帰っていく後ろ姿を見つめた。
自分も帰宅すると、昼間の疲れがどっと現れて一瞬にして意識を失う。
気がつけばいつも通りの朝にアラームが響いていた。
メッセージは一件。「今日、詰めよ」とだけ。
ひやりとする風に身震いしながら、冬の寒さを思い出し始めた。徐々に朝の気温が下がり、そのうちに車の窓を開けるのもイヤになる季節だ。
愛車に乗り込みながら、メッセージを返す。「今から出勤します」とだけ。
ラボに着き、駐車場から喫煙所へ直行する。何回かに一度は必ず中堂さんや木林さんが居るけれど。流石に昨日の今日ではいないようだった。
吐息なのか煙なのかもわからないものを吐き出して、オフィスへと向かうエレベーターに乗り込んだ。
「おはよ」
「おはようございます」
昨夜見た表情のままの三澄さんがオフィスの前に立っている。
そのうちに所長が現れ、昨日の証拠探しに出ていたのだから「お昼から出勤すれば良かったのに。」と言われるのを「だから出勤しました」と返す三澄さん。
中堂さんは結局昨夜はラボに戻らなかったようだ。私が施錠した時と何一つ変わっていない。走って出ていったせいで落ちた書類の束が残っている。
「中堂さんは、誰を殺したんですか?」
「三澄、さん」
神倉所長に詰め寄るように話し始めるのにギョッとする。確かに詰めようと言われていたけれど。
「殺していないとしたら、なぜ疑われて、逮捕までされたんですか?
証拠不十分で釈放された中堂さんを、日彰医大は解雇した。その経歴を神倉さんは知らないはずがない。」
「…中堂さんは昨夜、所沢の葬儀場まで行って、葬儀前のご遺体を検案してました。ご遺族には、無断だったはずです。葬儀屋にお金を渡すところも見ました」
「許されることじゃありません。あれは、何をしていたんですか?」
私と三澄さんの話に神倉所長の真剣な眼差しを受ける。
「私も詳しく知らないんです。」
「神倉さん…!」
「でも、何のためにそれをしているのかはしっています。
中堂さんがここで働く理由。
八年前、一人の女性が殺されました。そのご遺体は日彰医大の法医学教室に運ばれました。」
話し始めたのは彼の過去。
法医解剖医として、恋人の解剖をした。
「なにも言わずに?」
「法医学者としては当然の行為です。ご遺体は毎日のようにやってくる。でも…そのご遺体は、中堂さんの恋人だった。
運ばれてきた恋人の他殺体を彼はなにも言わずに解剖したんです。」
何も言わない。
そのせいで誤認逮捕となったと告げる神倉所長に私は声を出せずにいた。
何も知らず、いきなり他殺体ですと言われ、ジッパーを下げた時に見た恋人の姿。
想像を絶する瞬間だろう。
「なんで、中堂さんはそん…いや…確かに私も同じことするかも。
もし大切な人のご遺体だったら…自分の手で真相を掴みたい」
「……そう、ですね」
同じ解剖医として三澄さんは中堂さんの行為に同意を示した。私も、…解剖医じゃないけどそうするだろう。
そう、だったから。
「彼の恋人、糀谷夕希子さんを殺した犯人はまだ捕まってません。
UDIラボには厚労省、警察庁と全国の医大を結ぶネットワークがあります。
年間十七万体に及ぶ不自然死の情報が集まるのはここだけ。」
「それが中堂さんがここいる理由…!」
「はい。糀谷夕希子さんの遺体と同じ特徴を持つ遺体を捜しているようです。」
「犯人は連続殺人犯なんですか?」
「中堂さんはそう見てるようですね」
「そのご遺体の特徴っていうのは?」
「口の中に、印があると言ってました。警察を動かすほどの証拠にはならない、かすかな。
赤い金魚のような」
「金魚」
「赤い…金魚…!」
思い出したのはあの日の喫煙所のことだった。
木林さんが現れて、ご遺体の搬送で…中堂さんが受付に来て…。そして。
木林さんが「金魚」と口にしていたことを。