誰がために働く2



「三銃士来られましたー」
「なまえ!シッ!」

ぱちんと口元に当てられた東海林さんの手のひら。
「こら!…"三銃士"に聞こえるでしょ!」という声はぼそぼそと小声だ。でも面白がってるじゃん、という言葉を飲み込む。

菓子折りをそれぞれが持ってくるのを見つめながら、お茶の準備をする。それぞれを会議室に通し、これから解剖になることを伝えていく。
どことなく緊張した面持ちなのは、工場長さんだけのようにも見えた。
所要時間は不明と伝え、他のメンバーと共に解剖室へと向かうことにする。


本日は所長が中堂班のヘルプだ。
「似合ってる〜」と茶化す東海林さんに神倉さんは気まずそうにしている。
本来なら所長が入る必要はないものの、坂本さんがいない、穴埋めだ。

隣で行われている"責任の所在の所在"を調べるための解剖が始まった。

「神倉さん、ほらもっとしっかり持って!」
「血で滑るんだよ〜あんまり見たくないし!」

神倉さんは、とても嫌そうである。解剖助手をやりながらもよそ見に苦々しい表情で"嫌そうさ"がモロに出ている。

そんな二人の状態をマスクの奥で少し笑いながらも、ご遺体の記録をつけ、カメラを構える。

「あ、気をつけてね」
登った瞬間少しふらついた脚立を抑えようとしてくれる神倉さんを手で制する。

「あっ手袋!…すみません、抑えなくていいです」
「でも脚立高いし、落ちたら危ないから」
「神倉さん!だから手袋!」
「あっそっか!危ない!…血ついちゃうところだった」
「あーもう使えねえ」
「そんな言い方しないでよ!坂本さんの代わりがいないから仕方なく手伝ってるのに!」

ご遺体に触れた手袋ごと脚立を掴もうとする神倉さんはすぐに中堂さんから嫌味を言われることになった。
神倉さん、優しいんだけどちょっと違うんだよなぁと苦笑いをする。

「これならみょうじだけでいい」
「…」
「えぇ〜???」
「中堂さ〜ん???」
「なんだ?」

驚いて持っていたカメラを落としそうになった。

東海林さんが「デレた!」と言ったのを即座に否定するため首を振る。あれはデレではなくただの感想。
茶化すような東海林さんと三澄さんの声に中堂さんは特に何も思っていないのか不思議そうにしている。
これ以上はキリがなさそうだと判断し、"どうにかしてほしい"という眼差しで久部さんを見る。

「…あ。…てか、あれっていつからありましたっけ?」

助け舟を出してくれるつもりだったのかは不明なものの、無事に話題は転換されたので良しとしよう。
久部さんが指さしたのはホワイトボードの上に貼り付けられた紙だ。


【お前のしたことは消えない 裁きを受けろ】

「お前って…だれ?」



無事、滞りなく解剖が終了した。
よくわからない紙ビラはその後東海林さんが分析に回したらしい。何か思うところがあったのだろうか。

タバコを吸ってからシャワーを浴び、ラボに戻る頃には三澄さんが三銃士に説明を行っている。
会議室の一室はガラス張りな上、防音なわけでもなく中の声は聞こえる。
外側のソファに座るお子さんの姿が目に映る。

母親の声や、他の大人が声を荒げる姿。
大人の会話の中でも、特に聞きたくない話題だろう。
ある程度理解できる年齢の男の子が、睨みつけるように見つめているのに気がついていないばかりか父親を貶すような言葉を吐いた。
結局、ご遺体の死因が"責任の所在"に回答できるようなものではなく、三銃士の納得など得られないまま、親子は肩を落とすように帰宅して行った。



▽△▽


「不倫ってこと?!」
「騙されたの!」

黙々と業務をこなしていると東海林さんの声に驚く。昨日見つけた脅迫文の紙についてだ。

「5年!?」
「無駄にした!超無駄にした!返して欲しい私の1825日!うるう年入れたら1827日!」
「うるう年今いりました?」
「ねえ、心当たりって?」
「職場に奥さん乗り込んできて…」
「来たんですか!?」
「"あんたのしたことは一生忘れない、地獄に落ちろ!"ってゆで卵投げつけられた」
「ゆで卵…」

結局その後は神倉所長、三澄さんまでもが自分の心当たりを話し始めた。
所長は厚労省時代の敵対者、三澄さんは週刊誌掲載で過去の誰かに。
恨みを買わないでいられるような職場でもないし、そもそも他人に嫌われないことなんて不可能だ。私にもそれなりに心当たりはある。

「あの…もしかしたらなんてすけど」
「なに?」
「私きのう、それっぽい人見ました」
「えっ脅迫文の!?どんな人!?女だった?!」

昨日の説明会の終了後。誰か居残っていないか確認に行った時のことだ。
講演していた会議室や案内した研究所内すべてのエリアを見て周り、ついでにロッカーに入れていたストックのタバコを取りに行った時のこと。
ロッカールームを過ぎた奥には解剖室しかないのに。
そちらから誰かの走る音が聞こえた。

「残念ながら見てなくて…ただシルエット的には男性っぽかったですけど」

そう説明すると東海林さんは途端に安堵したように息を吐いている。女性ならば、先ほど話していた奥さんの可能性もなくはないからだろう。

「こわ!!怖すぎる!」
「一応セキュリティにも連絡しておきますよ。我々の心当たりじゃなかったとしても、危険ですからね」

きのうは入ろうと思えば誰でも入れた可能性が高かった。
しかし普段のセキュリティレベルを少しあげるべきと所長は警備室へと向かっていった。
この話はそれでお開きとなり、それぞれが業務に戻ることになった。



「なまえ、ちょっと」
「どうしたんですか、三澄さ「しっ!ちょっと来て!」……はい?」

お昼休憩のタイミングで外出からそのまま喫煙所に向かう足を真横から伸びてきた手のひらに阻まれ、立ち止まる。
自分よりも幾分も小さい三澄さんがそこにいた。
誰かから隠れるように姿勢を低く、コソコソとした様子に疑問符が浮かぶ。
備品倉庫へと誘われ、ふわりと揺れる髪を見つめながらついていくことにした。


「聞きたいことがあるの」
「なんです?改まって」
「…なまえは、中堂さんと面識があったんじゃない?」
「!」

真剣な眼差しに少しだけたじろぐ。
確信的な物言いは、答えを聞きたいのではなく確認したいだけなのだろう。

「…はい」
「!どうして黙ってたの?」
「言う、必要がないと判断しました」
「…それはまあ別に、そうか」
「…」
「中堂さんはなまえのこと知らないの?」

「はい。年齢的にも被ってませんし。一方的に…知ってます」
「事件、のことも?」
「!…当時は私も在籍してましたので。多少は。」
「!そっか。そうだよね…。それ、聞いてもいい?」

三澄さんはあの日、裁判所で烏田検事が中堂さんに吐き捨てるように言った言葉を聞いていたらしい。
そして、たくさんの疑問が浮かんだ。

「なまえはあのとき、烏田検事に怒ってるみたいだった。…驚いてなかった。だから…知ってるんだと思ったの」


烏田検事は当時の検察官だった。
中堂さんは不起訴となって釈放。
大学にはいつも誰かのゴシップが流れる。その中でも特大の噂話だったのをよく覚えている。
だから、私は今ここにいる。




「私も詳細までは……。
ただ、容疑者として逮捕されたこと。証拠不十分で釈放されたこと。そのあたりは在籍していた一部の人間なら知っています。
中堂さんは……私が知っていることを知りません」


「そう……答えてくれてありがとう。」


三澄さんはそう言うと、背中をぽんと叩き出ていってしまった。
私が知っていることがバレてしまった。
だからと言って彼女が言いふらすような人ではないことを知っている。
けれど。
あの人に、直接聞きにいくくらいには行動派な人だとわかっている。

今、何かできるわけじゃない。この問題は八年も前から続いてることなのだから。