死の報復3
眠気を吹き飛ばすように新幹線では喫煙所にほぼいた、と思う。もはや記憶は曖昧だ。
昨夜の出来事が嘘かのように中堂さんはいつも通りだった。
仏頂面で寝起きの顔を見られた上に「不細工」と言われるくらいには通常通りだ。
流石にむかついたので足を蹴っておいた。本当に心外そうな顔をしているのが余計にムカつく。
東京に到着すると在来線に乗り換え、ラボに向かう電車に乗り込む。
持った荷物の重さが体に堪える。昨夜の眠りによる体力の回復など皆無だ。溜まった業務を思い出すと体はさらに重く感じた。
「あれ、なまえ。中堂さんと一緒にご出勤〜???」
「え"……いや、普通に下で会っただけですよ」
「ふう〜ん?」
「なんです?」
「……なんかやらし〜」
「…」
ラボに到着し、持っていたボックスケースを中堂さんへ渡す。並んでオフィスに入ると既に出勤していた東海林さんに見つかる。
心外だ、と言えたらいいのだけれど、そうもいかない。
事実として一緒に出勤しているし、なんなら昨夜は同じホテルの同じ部屋で眠ったくらいだ。
それ以上の追求から逃れるためにデスクに座って物理的に視線を切る。
当の中堂さんは無言だし。というか気付いてないかもしれないし。
「ね、今日異性間交流会あるの。なまえも来ない?」
「は?……あぁ、合コンですか。好きですねぇ」
確か勝手に命名した合コンの別称だっけ。
異性間交流会の意味が理解できずに一瞬ぽかんとする。以前からそれを多用しているのを思い出した。合コンって響きが嫌なんだったか。
「え〜…嫌ですけど」
「お願い!!!ミコトの代理!」
「余計嫌ですよ。美人の代わりなんて」
「何言ってんのよ!なまえも美人!アタシも美人!みんな美人だから!」
「……何言ってんすか?」
出勤してきた久部さんに突っ込まれるまで東海林さんのアピールは続いた。
結局根負けする形で退勤後に付き合うことになった。その代わりに回らない寿司のおごりを取り付けた。
「みょうじさん!これ!これ!知ってましたか!?」
「えっ……なんですか?」
神倉さんがオフィスに血相を変えて現れたのは夕方だった。
持った紙は見覚えのあるそれで。
666番と記入された検査用紙。少しグシャリと折れ目がついている。
提出したのは私だ。詰めが甘いと思ったのはその時だ。決済に回されるということはラボの所長に見られるのが当然。
しまった、と思ったのも束の間。表情を作った。
「えっ!?なんですか!これ!知りません!」
この瞬間、私はアカデミー賞をもらいたいくらいの演技を発揮したと思う。
「えぇっ!じゃあこれ…中堂さんの独断?!全くあの人は!!!」
騙された様子の神倉さんはラボ全体に届く内線放送をかけた。お怒りだぞ、これは。
しばらくすると三澄さんがオフィスに入ってくるやいなや。中堂さんに渡していたボックスケースを後ろ手に持ち、神倉さんから見えないよう持ち帰っていった。
少し白々しい話し方をしていたのを見るに、協力体制を取ったのだと推測する。
「みょうじさん」
「あ。すみません、じゃあ」
「うん……中堂さん見たら教えてね」
「はーい」
久部さんに呼ばれ席を立つ。神倉さんはラボ内を探しに行くようだった。
多分もういないと思うけれど。
「なまえ!いこ!」
「はぁ、めっちゃ憂鬱ですよ。やっぱ寿司だけじゃ足りないです。」
「も〜食いしん坊!わかったわよ!」
会議が終わり、はしゃいだ様子の東海林さんに腕を取られ、いよいよ逃げられなくなった。
でもこの憂鬱さは寿司だけでは採算が合わない。
そう告げるとその条件すら飲むと言い張るのだからよっぽど連れていきたいのだろう。
仕方ない、覚悟を決めるか。
▽△▽
「あれミコトだ」
「どうぞ」
「うん。
はーい、もしもし?どうしたの?………え?なにそれ。…うーん、わかった。なまえと行く。…え?うん、そうそう。じゃあ住所送っといて。はーい」
夜も更けてゆく午後二十一時。
合コン、もとい異性間交流会からの帰宅ルートだ。
散々だった結果に終わり、「飲み直す!」と高らかに宣言した東海林さんの後をついていると軽やかな着信音が路地に響いた。
電話口の声がかすかにくぐもって聞こえる。どうやら三澄さんからのヘルプコールらしい。
「なんか中堂さんちに来てだって」
「……あ、はい」
お酒の入った脳内は少しふんわりしていたというのに。その一言で途端に目が覚めた。
自分の頭にも、心にもよくわからない亀裂みたいなものが入った気がした。
ああ、そういう。
おととい、昨夜と色々あったせいでふわふわしていた心がスン、と落ち着いたのがわかった。
私は一体何を過剰に。
コンビニに到着すると東海林さんは酒を買うつもりだと笑った。つまみや欲しいものをカゴにぽいぽいと投げて行く。
そんな様を見ながら「タバコ吸ってきてもいいですか?」と断りを入れる。
コンビニの外に置かれた吸い殻だらけの灰皿の横にある椅子に座り、安っぽい百円ライターを取り出す。
中々火がつかなくてイライラした。
「なまえ、もういい?」
「あっ、はい。行けます。幾らでした?」
「いーのいーの。さ、行こ」
さっき見た時よりも優しく笑う東海林さんに不思議に思いながら、取り出した財布を上から押さえつけられた。
「今日付き合ってくれた分の貢物だよー」と返ってくる。いつもと比べて大人な声だった。
「頼まれたの、ありました?」
「あったあった。コンビニにあってよかったよー」
並んで向かう夜の道。
ぽん、と頭を撫でられそのままの流れで腕を組まれた。
なんだかそれが、今の自分の心を見透かされたような気持ちになって恥ずかしく思う。
それすらも笑って受け入れてくれそうな彼女の優しさに、今は甘えよう。