死の報復4



「こんばんは、お邪魔します」

鳴らしたインターホンからは応答の声はなく。代わりにガチャリと鍵の開く音がする。
出てきたのは家主でも呼んだ本人でもない。

「あれ久部さんも?」
「はい。顕微鏡持ってこいって言われて」
「わあ、重労働。お疲れ様です」
「あはは」

くたびれた様子の後輩を労いながら、ズカズカと入って行く東海林さんを二人で追う。

室内にはいろんなものが広がっていた。エプロンをつけた三澄さんが立っている。

「東海林ぃ〜!なまえ〜!ありがとー!」
「お疲れ様です〜」
「アンタたちホント仕事好きね。
はい、これ。これのほうが水酸化ナトリウムの含有量が高くて粘り気があるから…」
「よくやった」
「殻のないプランクトンを殺さない程度にゴミを減らせると思う!」
「さっすが臨床検査技師!」
「多分だけどね!普通こんなやり方しないし」

持ってきた袋の中から取り出したのはパイプ掃除用の洗浄剤だ。
ここに来るまでの道のりにあるコンビニに置いてあってよかった。

買ってきた荷物、もといお酒やおつまみを取り出している東海林さんとそれを見た久部さんが「飲む気満々ですね」とつっこんでいる。

「異性間交流会を切り上げて来たんだからいいでしょ!」
「いせいかん?」
「合コンのこと」
「異性間交流会!」
「それ言ってるの東海林さんだけですよ」
「どうだった?」
「ちょーう!不毛!超!ド級の不毛!」

コートを脱ぎ、適当に畳んでカバンの上に置く。
想像の域を出ない中堂さんの自宅は、やはりソファやラグもなければテレビも無い。
あんなに所長室を私物化、自宅化しているのだから想像がつく。
それにしても何も無い。床に座るしかない。

取り出した酒瓶を丸ごと久部さんに渡したところから酒盛りは始まった。

「なまえも連れて行かれたんだって?」
「!」

「お寿司奢るって言ってくれたんで」
「メシに釣られたんですか」
「回らないお寿司三回分くらいを請求する予定」
「えっ聞いてなーい!」

久部さんの視線が東海林さんに移り、少し憐れむような生温かさを含んだ。

「なまえは今日モテモテだったよー!」
「…」
「いや、あんなのにモテたくないです」
「四人中二人が既婚者だったもんね〜」
「みょうじさん、合コンでもこうなんですか?」
「こうってなんですか?」

「そう!ちょーう!クールだよ?自己紹介なんてこんな感じ!

【みょうじと申します。寿司に釣られました。よろしくしなくていいです】……だったからね?!」

「あはははははは!」
「久部さん笑いすぎ」
「逆にウケちゃって。そっから全員なまえをロックオンだったわよ!」

キッチンで法医解剖医二人が顕微鏡を見つめているのを横目に、二人の飲むペースは早くなっていく。
不毛な合コンの場にいたときよりも、楽しいので良しとする。

「みょうじさんってやっぱモテるんですね」
「でも既婚者に興味ないし…いや独身でもどうでもいいですけど」

寝室らしいマットレスが敷かれた和室には、大きなビーズクッションが置いてあった。
そこに体を預けながらほてった頬を冷ますように引っ付けると体温より低いクッションの冷たさが気持ちよかった。

「それよ!半分が既婚者とか信じられる?!」
「そりゃダメですよね、最低だ」
「信じらんないもう!なにしに来たんだ!って話よ!」
「そうだ!何しに来たんだ!」


「何しに来たんだこいつら…」
「私たちが呼んだんです」

素面の解剖医二人のツッコミにも、東海林さんも久部さんも気がついていない。
私も酔っ払いの自覚があって少し口角が上がるのがわかった。

「でも東海林さん、みょうじさん。そんな男ばっかじゃないですよ。
遺体を強奪した鈴木さん。鈴木さんは果歩さんのことめっちゃめっちゃ好きだったんです。人生全部だったんですよ。
そんな人のこと好きになれるって、あります?」

「い〜いね〜!!思われたいね〜!!!」
「まあ、早々ないですけどね。」
「そうですね」



▽△▽


いつの間にか眠ってしまっていた。
気がついたらマットレスの上で、普通に、爆睡していた。
二日酔いの主張をする頭痛に自然と眉間に皺が寄った。
周りを見回すと、東海林さん、久部さんがビーズクッションを枕に眠っていた。
二人とも相当飲んでいたから、同様の二日酔いがこれから待っているとも知らずにすやすやと気持ちよさそうに眠っている。

「起きたのか」
「!……はい、すみません」

最後に見た景色では三澄さんと二人で顕微鏡の前に座っていたはずの中堂さんが床に転がったゴミを集めていた。

「三澄さん…は?」
「報告に行った」
「あ、…そうですか」

起きているのは中堂さん一人。きっと二人で今まで調査を続けていたのだろう。
散らかったゴミを集めるのを手伝い、その足で洗面所を借りる。
鏡に映る自分の顔は、メイク崩れどころの騒ぎじゃない顔をしている。最悪だ。
マスカラの滲んだ下瞼を指で擦った。
昨日は、気分が一気に下落したのを唐突に思い出した。

ずっと自覚していた気持ちが青森でふわふわとしたことになり。それでもまざまざと見せつけられた気になって。

私は三澄さんに嫉妬していたんだなあ。




「念のため聞きますけどメイク落としとかないですよね」
「あると思うか?」
「…すみません」

コーヒーを飲んで酷使したであろう目を揉んでいる中堂さんにおそるおそる聞いてみた。結果は想像通りだ。いや、あってもそれはそれで嫌な話だけれども。

「お疲れ様でした」
「ああ」

私は今、帰宅すべきなのか。二人を起こしてしまうべきなのか逡巡する。
渡された自分のコーヒーを受け取り、対面するようにキッチンカウンターの椅子に座る。

「……合コン、」
「え?」
「合コン、楽しかったのか?」
「…昨日の話聞いてました?既婚者ばっかりで…」
「………」

どこか不機嫌だった。
いつもの、解剖の時やPCに向かって苛立っている時とは違う。見慣れたものじゃないそれが、自分に向かっている。
不思議に思いながらも、昨夜の感想を述べる。
ただただ不愉快な眼差しを受けるばかりだったし。勝手に追加されたメッセージアプリのアカウントも、その後に届いたメッセージも煩わしかった。

「…お前は、………彼氏が欲しいのか?」
「はい?」
「合コンに参加するなら、そういうことだろ?」
「いや…だから。東海林さんに頼まれただけの、ただの数合わせです。お寿司奢ってもらえますし」
「………寿司なら。」
「え?」
「寿司なら俺が奢ってやる」
「……はぁ。どうも?」
「…くそ、」


口癖の一つが耳に届く頃、二日酔いの二人の呻き声が部屋に響いた。