死の報復5



唸り声を上げる二人がソファに横たわっている。今日解剖が無いことは不幸中の幸いだろう。
使い物にならない臨床検査技師と記録係だ。
むしろこんな状態でもかろうじて出勤して来た私たちは本当に社会人の鏡だと思う。

ピコン、PCの通知音にソファで項垂れていた首を上げる。

「…なんか来た。………あ、これ…」
「大丈夫か?」

最後までソファに埋もれている東海林さんに珍しく声をかけている中堂さんに驚きつつも。メッセージの内容、添付ファイルを確認する。

「あ、中堂さーん。鈴木果歩さんの死後CTきてます」
「……すりガラス状」

画面を見つめたままの中堂さんはつぶやくように言うと、何かを考え込んでいた。

「おい、……ついて、くるか?」
「え?どこに…」
「まあいい、来い」

買ってきたお味噌汁を飲んでいると、座っているソファに影が差した。のっぽ中堂さんだった。
多少回復したらしい東海林さんが検査室に、久部さんもファイリングや忙しくしている様を見ながら、平たく言えばサボっていたのだ。
そんなときに上司の登場に驚き、お味噌汁をこぼしそうになる。
言われた言葉の半分も理解していないというのに、お味噌汁の入ったカップを机に置かされ、掴まれた手首が痛かった。



「ついてこいって言うか…車貸して欲しかっただけじゃないんですか?」

何日も前から置きっぱなしになっていた車の鍵を寄越せと言われて投げ渡すと、まるで自分の車のように乗り込んで行く中堂さんに呆れながら。自分の車の助手席に乗るのは初めてだった。

「どこに行くんですか?」
「…鈴木巧のところだ」
「えっ」
「今回の死因はおそらく神経反射による溺死だ。死後CTはお前も見ただろ」
「……はい。肺の膨らみが小さい。ドライドローニングでしたね」
「そうだ。鈴木果歩は入水地点じゃなく発見地点で死んでるはずだ。」
「つまり……目撃者の話が変です、ね」
「……」

車はしばらく走ると、目的地に到着した。
パーキングには一つだけ、青森ナンバーのバンが駐車してある。
そこには鈴木さんが乗っていた。


「お前はここにいろ」
「えっ」

そう言うと中堂さんはすぐに出ていってしまい、反論も聞いてもらえなかった。
それに、止めることも。

「中堂さん」
「なんだ」
「…理解してますよね?」
「当たり前だ」
「あんなの教えたら…!」
「…」
「……私にはわかりません。」
「そうだろうな」


死因や、どう亡くなったかを詳しく話した様子で戻ってきた中堂さんが運転席に座る。
鈴木さんの運転するバンが走り出したのはその直後だった。
中堂さんの手がエンジンボタンを押すと、自動でついた暖房の風が顔に触れる。
暖かく重い空気だった。


理解できなくはない。けれど。
"お前はそこまで誰かを愛したことがない。"
そう、告げられたようだった。


「先に言っておきますね。」
「なんだ」

「私は、あなたが鈴木さんと同じことをしようとしたら。」
「………」
「私の命にかえても止めます」
















今日にもやり直しの葬儀が行われるとされるセレモニーホールに到着する。
車から降りるとちょうど三澄さんと久部さんの姿がそこにあった。

「鈴木さんは?」
「犯人のところへ行った」
「犯人?」
「彼女にあげたはずのネックレスをしていた女が、葬儀場に来ているらしい」


中堂さんの話に私たちは顔を見合わせて葬儀場へと走った。





「なして殺した?
なあ、なして殺した?」

「ごめんなさい!事故だったの!」
「事故…?」
「ネックレスちょっと借りたらすぐ返せってしつこかったんだもん。
ちょっと押したら海さ落ちて…」

「突き落としたんだ…!

助けてれば助かった。」

「自慢するんだもん!!!
なんであんな子が…私より幸せなの?」

「それが理由…?」

「待って!」
「鈴木さん…!」

「めちゃくちゃだ!」
「私は悪くない…!」

「鈴木さん!」
「ダメ!だめ…まだ、まだ…間に合うから!」

「何が間に合うのよ?果歩はもう死んだ」


私たちが到着する頃にはそれはもう行われていた。
血に塗れた女性の上に乗り、鈴木さんはナイフを振り翳した。

「やめて!」「鈴木さん!やめろ!」


降り頻る雪が、次第に地面にゆっくりと落ちていく。
スローモーションのようにナイフが振り下ろされるのを、私はどうにか防ぎたかったんだと思う。


「ああっ!」

突き刺さったナイフが引き抜かれ、ビュッと音が鳴るかのように血が出ていく。
放心した鈴木さんからナイフを奪い取ると咄嗟に遠くへと蹴飛ばした。

「なまえ!!!うそ、うそ!!」
「かす、…っ!かすっただけ!それより!救急車呼んで!六郎!」
「は、はい!」
「ミコト!来て!止血!はやく!」


今までずっと逃げてた。
あの日、父を、母を、失ってから私は立てなかった。だけど。

咄嗟に飛び出した。ナイフと女性の間に手のひらでも指先一つでも何かがクッションになればと。

意識を失った女性の出血点を抑えながら叫んだ。

「鈴木さん!!!」
「…っう、」
「この人絶対死なせないから!!」
「…!」



わたし、元、救命救急医だよ。なめないで。
あなたを殺人者にしたりしない。

刺された女性が救急車に乗り込むまでの時間を。酷くゆっくり感じた。
雪が頬に落ちてどおりで寒いなあなんて、思いながら。


私の意識はそこから途切れた。