予定外の証人3



「本当にそれでいくんですか?」
「何が悪い」
「だって、それ喪服…」
「正装に変わりないだろ」
「そうですけど」


昨夜、ラボに残った全員で今日の公判のための準備を全力でやった。
証拠の元素分析の依頼やそれを確認、そして書面に起こしたアレも。

眠い目を煙を吸うことで少しでも覚醒するようニコチンを摂取していると何故か中堂さんが裏口喫煙スペースに来た。

常にサンダル、ラボのツナギを適当に着用しているか、モスグリーンのコートを羽織る姿しか見たことがなかった。
だけど今日は、三澄さんの代わりに証人として裁判に出ることが決まったので正装するようにと神倉所長に言われ、渋々スーツを着ている。まあ、喪服だけど。
身長が高いから余計に長い足が強調されている。おかげで三割り増しに見える。
絶対口に出さないけど。
ふわふわと揺れる髪が目にかかっているのは少し、だらしなくも見えるけどその程度は目を瞑られるだろう。
風上に立つ中堂さんは何を言うでもなく、時折ネクタイを触るような仕草をしている。窮屈なのだろうな。

「触るからズレてますよ」
「…」

指摘してから手を伸ばそうとして、ハタ、と気がついた。今私は何をしようとしたんだろう。やめよ。
中途半端に出した手をすぐに降ろし、タバコを消す。

「中堂さん」
「なんだ」
「性別で舐めた態度をとるやつをギャフンさせてください」
「…断る」

「はぁ。…いきましょうか」
「あぁ」


運転席でタバコを吸うたびに「くせえな」と文句を言われたけれどこの車は私ので、貴方は助手席に座るだけの人間なので「これ私の車」とだけ返してやった。




「どんな感じ?」
「それが…」

「ありえない。成分表を見ればバカでもわかる」

「信じられないくらい態度悪くて笑いますよ」
「…です」
「………」

坂本さんへ会いに行っていた三澄さんが遅れて着席する。
公判が始まって少し経ち、中堂さんが証人として席を立つのを見送る。
証言台に座ると背もたれにたっぷり背中を預け、足を組んでいるのが見えた。態度でか〜い。

中堂さんの声に傍聴席はいちいちざわめく。
ああいう人であると知っていても少しハラハラする。裁判は印象が大事だから。意味わかんないとは思うけど。

「貴方の解剖実績はいかほどでしょう?」
「あぁ…3100だか200だったか」
「先日この包丁が凶器に間違いないとおっしゃった草野教授は、1万5000件の解剖実績をお持ちでした。それに比べるとかなり少ないですねえ〜」
「カビの生えた経験がなんになる。
医療と同じで法医学も年々進歩してる。件数より目の前の鑑定結果を見ろ。
それが全てだ。」

中堂さんの態度のデカさに少しの苛立ちを含んだ烏田検事は事前に指摘するんじゃないかと予想していたことを告げた。
この数値は凶器から出たものかどうか怪しいと。

「バカか。
解剖器具からそんなポロポロ微粒子が落っこちてたまるか。
凶器と背骨がぶつかったから出た成分だ」

「それは貴方の思い込みでしょう。何の根拠も客観性もない。まともな法医学者とは思えない言葉です。」

烏田検事はたぶん、検事としてはとても優秀なのだろう。刑事事件を扱う上で検察側は99%勝利するだろうと思われているし、実際そうだから。そういった実績を重ねてきた人なのだと思う。
だからこそチクチクとした言い方や性別、実績を盾にこちらに揺さぶりをかけてストレスを与えてより優位に立とうとする。

でも、中堂さんはそんなことはどうでもいい。

「知らないようだから教えてやる。
解剖で使うハサミは、切れなくなったら捨てて新しいものに替える。解剖で使うメスはカッターのような替え刃になっていて切れなくなったら刃を交換する。
解剖医によって気に入りのメスがあってな。
俺はドイツ製が気に入りだ」

立ち上がり、烏田検事の前まで向かうとニヤリと笑ったように見えた。

「裁判長、証人の無駄話をやめさせてください。」
「証人は聞かれたことに答えるように」

「聞かれたことに答えてる。何を聞いていたんだ?」
「いい加減にしなさい!!法廷を侮辱するつもりですか!」
「まあまあ、そう感情的になるな。」

勝った!し、とてもスッキリとした気持ちになった。
三澄さんが法廷に立った時は女性はすぐ感情的になるなどとほざいた口からあのような言葉を聞けるとは。
笑いそうになったのを俯いて隠そうとすると隣に座る三澄さんも笑っていてお互いに顔を見合わせた。

「大事なことだからもう一度教えてやる。
メスもハサミも刃は使い捨て。研いだりはしない。」
「それがどうした?」

「成分表をよく見てみろ。ケイ素の数値が異常に高い。包丁だけではあんな数値にはならない。
元素分析で原因を特定したら、合砥だった。」

「あわせど?」

今度こそ本当に勝った。
ニヤリと笑う三澄さんともう一度顔を見合わせた。だって、急いで分析してもらった結果が届いた時から。あの成分表を見た時から、この瞬間は見えていたから。

「希少な石で、京都の料理人が包丁を研ぐ時に使う中でも最高の砥石。セラミックの包丁は合砥では研げない。解剖器具は刃を研がない。残された可能性はひとつ。
真の凶器は、合砥で手入れされたステンレスの包丁。
以上だ。」
「勝手に終わらせるな!」

「ぶふっ」
「ちょっと…!なまえ!」
「ごめん、なさい…ふふ」

証言台から勝手に動き、傍聴席のほうに戻る姿に笑いが込み上げ、吹き出してしまったのを三澄さんに咎められる。人が死んでいる裁判なのだから笑うのは良くない。
ぐっと上がった口角をバレないよう力を込めた。
戻ってきた中堂さんは三澄さんと私に視線を合わせると面倒そうにしながら歩いていってしまう。

立ち上がって傍聴席を見つめる被告人はすぐに「殺してません!私はやってない!」と声を上げた。外に出て行こうとする中堂さんに向かって「ありがとうございました」と丁寧なお辞儀をする。

「ふざけるな。女は信用できねえだとお前がクソ小せえことを言ってるから俺が駆り出されたんだ。」

「んぐっ……」
呆然とする被告人の男にピシャリと言い放つ姿に笑いが漏れ出る。
ダメだもう。中堂さんと一緒に外出ていよう。立ち上がろうと脚に力を込める。

「人なんてどいつもこいつも切り開いて皮を剥げばただの肉の塊だ。死ねばわかる」
「……」

後を追うように立ち上がると、後方の席の男と目が合った。サングラスと、笑いが出ないようにか上がった口角を手のひらで抑えている。
「…」
互いに合った視線を外さないまま。隣を通り抜け、中堂さんの元に向かうことにする。



「中堂さん」
「…なんだ」
「タバコ吸ってきていいですか?」
「あ?さっさと帰るぞ」
「車も、運転するのも私ですよ?」
「チッ。ここにいるからさっさと行け」
「あれ、ついてこないんですか?さっきは居たのに」
「……」


本当についてくるとは思わなかった。中堂さん、多分タバコ嫌いなはずなのになぁ、と思った。
特に何か話すわけでもなく、喫煙所の前のスペースにあるベンチに座りながら自販機で買ったお茶を飲んで待ってくれている。

「くせえな」
「本当についてくると思わなかった」
「なんだ?ついてこいって言ったろ」
「来いとは言ってません」

帰宅のために喫煙所から出ると、ちょうど裁判が終わったのかたくさんの人が出てくるのが見えた。

「中堂さん。
法廷でお会いするとは思いませんでしたよ。それもまさか、証言台に立つとは。」
「…」

「皮を剥げば、全員同じ。あなたが言うと説得力がある。法医学者は殺しの方法を知り尽くしたプロですからね。」

「いつまでも逃げおおせると思うなよ。」
「…」
「…なかどう、さん」
「……気にするな」


烏田検事が消え、中堂さんが何かを口にすることもなく駐車場に向かう。
帰りの車内でも中堂は口を開くことはなく、ラボにつくと早々に中に入って行ってしまった。
私は、あれを聞いて良かったのだろうか。追求すべきだったのだろうか。



「肉食べる人!」
「はーい」

予定していた三澄さんが購入した肉の処理パーティーをラボのみんなで始めた。
バーベキュースタイルに肉を焼く係は所長が担ってくれている。
最中に三澄さんのスマホには今回の裁判の弁護士から"犯人は被害者の弟だった"と告げられ、また自供を始めたと連絡が入った。
相当な性格の持ち主だった被害者に同情はできない事件だった。

そこへ木林さんがするりと現れ「おいしそうですね」と一言いうとすぐに離れていく。なんの用で来たのだろうと目で追うと、食堂スペースのガラスの向こうに中堂さんが座っている。
並んだ二人が話しているのに東海林さんが「仲良いの?」と茶々を入れているのを、聞き流した。




「逃げおおせると思うなよ…?」