藍色で涙のラブソング


「沖田さん……」

七子は右手に握ったTNTを強く握りしめて、組み敷いているその真っ白な沖田の顔を見つめる。
いつも優しくて穏やかだった沖田が今は、もう人ではなくなってしまった。

後悔と罪悪感に押し潰されそうになりながら、それでも七子は自分の身を守るように自分の身体を抱き締めた。


(ほら、やっぱり駄目だ……)


沖田が自分を守ってくれたからこそ、自分はこうして生きているけれど、でもそれは同時に彼が犠牲になったということでもあるのだ。

自分が死ねばよかったんだと思う。

それなのにどうして彼は自分を庇ってくれたんだろうか、とそんなことを思う度に涙が出そうになる。
しかし泣いていても仕方がないのは分かっているが、どうしてもやり切れない感情に襲われる。

あの時、沖田が七子の代わりに死んでしまったという現実をどうしても受け入れられない。


部隊に所属したばかりの時に仕事でヘマをした七子を、フォローしてくれた優しい先輩だった。

自分のことを慰めるために大きな手で頭を撫でてくれたあの手のひらの温かさは、今でも鮮明に覚えている。
だから、好きになってしまったのだ。

いつの間にか惹かれていた。

最初は憧れているだけだったはずなのに、気が付けば彼のことばかり考えるようになっていた。
そしていつしか彼を好きになっていたのだが、結局告白する前に終わってしまった。


「ごめんなさい……! あの時に、私が沖田さんに助けてもらったりしたから!」

沖田が自分の代わりに死んだという事実に耐え切れず、ついに七子は泣き崩れてしまう。

「お、沖田さんが……! ごめんなさい……ごめんなさい!」

いくら嘆いたところでどうしようもないことは分かっていたが、それでも叫ばずにはいられなかった。

沖田が自分の代わりに死んだという事実に耐え切れず、ついに七子は泣き崩れてしまう。

いくら嘆いたところでどうしようもないことは分かっていたが、それでも叫ばずにはいられなかった。

ヘリが不時着するとなった時、真っ先に沖田が身を挺して守ってくれ、瀕死の重傷を負ってしまいそのままこうなってしまった。
その時に見た彼の表情や仕草を思い出すだけで胸が張り裂けそうだった。

「七子、そんなこと……」

沖田はかろうじて残る理性で七子にそう語りかける。

だが今の彼にできることは何もない。
ただ彼女の苦しみを和らげることしかできない。

しかしそれがどれほど残酷なことなのかも、理解していた。

そしてこんな姿になってもなお、まだ人の心が残っているということが何よりも辛かった。
いっそ何も感じなければ楽になれるかもしれないと思ったこともあったが、まだ人としての心がある以上、耐え難い苦痛があった。

意識はあるが肉体はすでに死に絶えており、魂だけが辛うじてこの世に留まっていて、それも刻一刻と消え去ろうとしていた。


沖田はそうやって否定しているが、七子はずっと自分を責め続けていた。
そして叫ぶように口を開き、沖田に向かって訴える。

今まで溜め込んできたものが一気に溢れ出すかのように、言葉が出ていく。


「それにっ! ……好きな人なんて、殺せないっ!」


嗚咽交じりの声で絞り出された言葉を聞いた瞬間、沖田の瞳が大きく見開かれる。

七子の言葉を聞いて驚いた様子だったが、すぐに悲しげな笑みを浮かべた。

彼にとって、彼女に殺されることは百も承知だった。

自分たちの存在は生者の敵であり、倒さなければならない存在なのだから。
沖田はもう自分の意思では動かせなくなりそうな腕を伸ばして、ゆっくりと七子の頬に触れる。

そして凋落した涙が沖田の頬に落ちて、そのまま地面へと零れ落ちる。


「……七子。俺は、後悔はしてない」

沖田は途切れ途切れになりながらも言葉を紡ぐ。
それは紛れもなく本音であった。

「命に換えてでも守りたかった、大切なお前を……七子を守れたんだから」

たとえ自分が死ぬことになったとしても、そこに後悔はない。
ただ一つだけ悔いることがあるとすれば、それは目の前にいる愛おしい彼女を幸せにしてあげられなかったことだけだ。

「だから、そんなに自分を責めないでくれ」

沖田は悲しそうな顔をして、七子の涙を拭うように指先で触れる。
すると七子は顔をくしゃくしゃにした状態で沖田を見つめると、彼も彼女の潤んだ瞳を見つめ返し、お互いに視線が重なり合う。
そして彼女の頭を撫でるように手を動かして呟いた。


「俺も七子が好きだ……」


それは小さな声であったが、七子にははっきりと聞こえた。

沖田の告白を聞くと七子は信じられないというように何度も瞬きをして、呆然とした表情で彼を見た。
まさか、そんなことを言われるとは思っていなかったのだ。

沖田は自分に対して好意を寄せてくれていることは何となく分かっていたが、それが恋愛感情だとまでは思ってはいなかった。

「うそ……」

それはあまりにも唐突すぎて、現実味がなかった。

しかし彼が自分のことを大切に想ってくれているというのは、痛いほど伝わってくる。
だからこそ自分のことを庇って死んでしまった事実を受け入れられず、自分のせいだと思ってしまうのだ。

だが彼はそんなことはないと言ってくれた。

その言葉にどれだけ救われたか、きっと彼は知らないだろう。

その証拠に、涙が止まらなかった。

そしてずっと好きだった人から想いを告げられたことも、たまらなく嬉しかった。


「七子に、嘘はつかないよ」


そうして沖田は七子の頬を両手で包み引寄せると、唇を重ねた。
突然の出来事に彼女は驚いて目を大きく見開いたが、抵抗することはなかった。

「んっ、ふぁっ……」

重ねただけの優しいキスだったが、それでも十分すぎるくらい気持ちよかった。

「ぅ……んっ」

沖田は角度を変えながら、啄むような口づけを繰り返す。
やがてどちらからというわけでもなく舌先が触れ合い、そのまま絡めていく。
お互いの唾液を交換しあうかのような濃厚な接吻に、七子は頭がクラクラしてしまう。

「はぁ、はぁ……おきた、さん……」

しかし嫌な気分ではなく、むしろもっとしてほしいと思うほどだった。
ようやく唇を離すと、互いの間に銀色の糸が伸びていた。

沖田は彼の上に跨る七子の肩を引き寄せて、強く抱きしめた。


「七子……俺の最後の頼みを聞いてくれないか?」


耳元で聞こえた彼のその声に七子は顔を上げて沖田の顔を見ると、その表情はどこか切なげだった。

その表情を見て七子は、彼の言わんとしていることが何なのか察しがついたようだった。


「なん、ですか……?」


恐る恐る尋ねると、沖田は彼女の目を真っ直ぐに見つめる。
嫌な予感がして、ときめきとは違う胸騒ぎがした。



「……俺を、殺してくれ。」



沖田は、覚悟を決めた声で静かに言った。

それを聞いた瞬間、七子の目が大きく見開かれ、そんなことは絶対にできないと言うように大きく首を横に振っている。

自分の好きな人が目の前でもう一度死ぬなんて耐えられないし、ましてや殺すだなんて考えただけでも無理だ。

「どうして……!」

七子が大粒の涙を目に浮かべていたが、沖田は気にせず話を続けた。

「七子を困らせたくないんだ……俺が居ることによってさ」

沖田は苦笑しながら言う。
それは彼が最後に残す純粋な優しさだった。

「それに、そんな風に泣いてほしくないし七子の手で殺されるなら、本望だから」

沖田は優しく微笑みながら、七子に語りかける。
それは七子を安心させるためでもあった。

彼はもう自分がこの世界から元の世界に帰ることはできないことはとっくの前に理解していた。

自分が死ぬことによって彼女が悲しまないはずがない。
だからせめて自分が死んだ後のことは心配しないように、笑顔で逝こうと思ったのだ。


「なあ、泣くなよ七子。笑ってくれ……」


そう言った沖田の声も震えていたが、涙を流す七子の頬に触れて涙を拭うように指先で触れる。

すると七子は涙を堪えるように歯を食い縛って、ぎこちないながらも精一杯の笑顔を浮かべようとする。
しかし上手くいかずに、結局また泣き出してしまった。


沖田はそんな彼女の姿を見て、愛おしくて仕方がなかった。

彼は、七子のことを愛していた。
それは紛れもない真実であり、この先も変わることのない思いだった。
だから自分の命と引き換えにしても守りたいと思ったし、どんな姿になろうとも彼女を愛し続ける自信があった。

そうして涙を拭っているうちに七子はもう涙は流すまいとして上を向くと、無理矢理にでも笑って見せた。


「七子は、やっぱり笑ってる方が可愛いよ」


そう言われて七子も少し安心したようで、小さく笑う。
その表情はやはり悲しげであったが、それでも彼の方を向いていようとしていた。

沖田はその表情を見て、満足げな表情をしていた。

「俺は、ずっと七子を愛してる。ずっと、七子の傍に居るから……」

でも、と呟くと沖田は七子の手を握る。
握られたその手はとても冷たくて、改めて彼は元に戻れないんだと悟った。

「……できれば、もっと早く七子に言いたかったな」

七子が沖田の強く手を握り返すと、沖田は嬉しそうに笑う。

その少年のような笑顔は、いつか七子を元気づけてくれたあの日の表情と同じだった。

そして七子は涙を迷彩服の袖で乱暴に擦ると、いよいよ何かを決意したように沖田を見つめた。

その瞳には涙が浮かんではいたが、それでも強い意志が感じられた。
そして沖田の頬を両手で包み込むようにして触れ、そのまま彼の額へと引き寄せると最愛の人へ意を決したように口を開いた。



「さよならは言いません。代わりに……沖田さん、これからもずっと……愛してます」



そう言って七子は永遠の別れを告げるかのように沖田の唇にキスをすると、彼はそんな七子を最期にそっと抱き寄せた。

彼女の温もりを感じながら、彼はゆっくりと目を閉じる。


身体が離れると七子は傍らに置いておいた爆薬の導火線にライターで火を付け、それを彼の着ている分厚い服の布に挟むと彼女は急いで駆け出した。



(沖田さん、どうぞ安らかに……)



(七子、ありがとう)



二人は違う場所で、同じようにお互いを想いながら一筋の涙を流した。






fin.




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