夢見心地で掴んでた


七子は、いつ俺の気持ちに気付いてくれる?

暖かな笑顔で笑いかけてくれる?


俺が好きだと伝えたら、どんな反応をするだろう?

きっと、いつものように優しく微笑んでくれるんだろうな。



「七子ー、ここってどうやって解くんだ?」

恭也は隣に座っている七子に声をかけた。
すると彼女は少しだけ困ったような顔をして、彼のノートを覗き込む。

「ここはね……」

そう言って、彼女の手が恭也の手に触れた。

その瞬間、彼は自分の体温が一気に上昇するのを感じた。

手から伝わる温もりと柔らかさにドギマギしていると、彼女がふっと笑う気配を感じる。

彼女のさらりとした髪が、柔らかな陽の光に照らされて栗色に輝いている。
そして目元に影を落とす長い睫毛。
言葉を紡ぐ、薄桃色の柔らかな唇。
今にも触れそうな距離にある、艶やかな肌をした小さな顔。

そんな彼女を間近で見て、恭也は自分の心臓が激しく高鳴る音を聞いた気がした。

思わず声が出そうになるのを抑えながら、恭也は彼女を見つめ続けている。


「……って、聞いてる?」


目の前の少女が小首を傾げて言った言葉を聞いて、ようやく我に帰った。

「ん? え、あぁ……ごめん、ぼーっとしてた!」

慌てて生返事をしながら身体を引くと、少女の顔が離れていく。

「んもう! ほらもうちょっとだし頑張ろう、恭也!」

そう言うと、七子は再び問題集へ視線を落とした。

(やばい……。今のはマジでヤバかった)

そうして恭也は大きく息をつくと、自分も問題文へと意識を向ける。

しかし先ほどの光景を思い出してしまい、どうしても集中できない。
隣の席にいる彼女の横顔を見るたびに胸の奥が締め付けられるようで、苦しいほどに鼓動が大きくなるのだ。


この感情の正体が何なのか、彼も理解していた。

ただそれを自覚したのはつい最近だっただけで、本当はずっと前から分かっていたかもしれない。
だがそれを認めるにはあまりにも勇気が必要で、今まで目を背けていただけだった。


しかし今なら、きっと伝えられそうな気がする。

七子のことを好きだという想いを。
多くは要らない、シンプルな言葉でいい。
だからどうか彼女に伝わって欲しい。


「七子……」


緊張のせいで喉が渇いて上ずってしまい、上手く声を出すことができない。

それでもなんとか振り絞るようにして出した声で、彼の名前を呼んだ。
すると彼女は驚いたようにこちらを振り向く。


「ん、何?」


その拍子に肩まで伸びた黒髪を揺らし、大きな瞳をぱちくりと瞬かせた。
彼女の動きに合わせて揺れ動く空気の流れを感じ、恭也は無意識のうちに唾を飲み込んだ。


「あのさ……」


いざ口にしようとするとやはり恥ずかしくて躊躇してしまう。

そんな彼に、彼女は優しく微笑みかけた。


「うん」


まるで続きを促すかのように相槌を打つと、そっと頬杖を突いてみせる。

その姿はとても愛らしく見えて、恭也の心を激しく揺さぶった。


「俺……ずっと七子が好きだった」


そう言って恭也が告白すると、彼女は一瞬きょとんとしてからすぐに笑みを浮かべた。

「嘘だあー」

冗談でも言われたかのような口ぶりだったが、その表情は明らかに嬉しさを隠しきれていない様子である。


「本当だよ」


恭也が真剣な眼差しで言うと、彼女の白い肌がみるみると赤く染まっていくのが分かった。

それは夕日のせいか、それとも別の理由があるのか分からない。

しかしどちらにせよ、彼が伝えたいことは一つだけだ。

「俺は本気でお前のこと……」

そこまで言いかけて口をつぐむと、彼は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
それから意を決したような面持ちで再び彼女の方を見ると、ゆっくりと唇を動かして言った。


「好きなんだ」


たった一言だけなのに、とても長く感じられた沈黙の時間。

その間二人はお互いに見つめ合ったまま、身じろぎひとつしなかった。


やがて七子が何かを言おうと小さく息を吸うと、それと同時に恭也は彼女の手の上に自分の手を重ねる。

そしてそのまま彼女の手を引き寄せると、指先に軽くキスをした。


突然の出来事に驚いている彼女をよそに、彼は自分の唇を彼女の手に押し当てたまま、目を閉じてじっとしている。

そんな彼の姿を間近で見た七子の心臓が早鐘を打ち始めた。

普段の彼からは想像もつかないような大胆な行動に驚きながらも、不思議とその行為を受け入れている自分がいることに気付く。
恭也の唇が自分の手に触れているという感覚が、彼女を不思議な気持ちにさせたのだ。


「恭也……」


彼女の声にハッとすると、彼は慌てて彼女の手を解放した。

そして自分の唇が触れていた場所を見てから、今度は自分が顔を赤く染める。


そんな恭也の様子を見た七子は彼の手に自分の手を重ねながら言った。


「私も……恭也のこと好き」


そう言って微笑んだ彼女を見ているうちに、恭也の中で抑えきれない衝動が生まれた。

もっと触れたい。

そんな気持ちが溢れ出して止まらなくなり、恭也は思わず彼女を抱き寄せてしまう。


「きゃっ!」


驚きの声を上げた七子の耳元で、恭也は囁いた。


「ありがとう、めっちゃ嬉しい……!」



彼の言葉を聞いて安心したのだろう、七子の身体の力が抜けていく。
七子の腕が彼の背中に回されると、二人の身体はさらに密着していった。

お互いの心音が聞こえそうな距離にある顔を、どちらからともなく近づけて額をくっつけ、吐息がかかるほどの距離で視線を合わせた。

そして見つめ合う二人は、気恥ずかしそうに微笑み合っていた。




今まで恋愛なんて興味がなかった。

ましてや誰かに恋をする日が来るなどとは、想像すらしていなかった。

しかし恭也は七子と出会って、誰かに恋をする事がこんなに幸せなんだと知った。

そしてその相手が自分にとって特別な存在だという事も。


だから今こうして彼女と二人で居られることが何よりも幸せに感じ、自然と笑みがこぼれるのだ。



ありがとう、七子。
今俺は、最高に幸せだ!






fin.

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如何でしたでしょうか?
七子様、ここまで読んでくださってありがとうございました!




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