呪いのように抱擁のように


「ねえ、宮田先生。私、先生のこと好きだよ」


白い無機質な部屋で、染みの一つとないシーツでくるまれた布団に横になっている彼女が言った。


その言葉には何の含みもないが、彼女はいつも唐突だった。

宮田も七子のことが嫌いではないし、むしろ好意を抱いているようだ。

だが、彼は彼女と恋仲になりたいわけではない。

彼女だって同じだろう。

そうやって二人は、お互いを牽制しあっていた。


この病院にいる患者や医者の中で、俺と一番親しいのは彼女ではあるが、それ以上でもそれ以下でもない。

彼女はそういう人間なのだから仕方がないと、そうやって割り切っているつもりだった。

しかし、彼女の言動一つひとつに一喜一憂する自分がいることに気づいたとき、俺はようやく自分の気持ちを認めたのだ。


「俺もお前のことは好きだ」


宮田が七子のベッドへ腰掛けると、ギシっとスプリングがきしんだ音がする。

窓の外から降り注ぐ光が眩しいのか、目を細めてこちらを見る彼女はとても綺麗で見惚れてしまう。

こうして二人きりになる時間は限られているため、少しでも長く一緒にいたいと感じて、つい余計なことまで言いそうになる。

それはきっと俺の悪い癖なんだろうな、と宮田は心の中で呆れていた。


そして七子の驚くほどに柔らかな頬に手を添えると、彼女はくすぐったそうに目を閉じた。

彼はそのまま指を滑らせ、彼女の薄桃色をした形のいい唇をなぞる。

すると、まるでそれが合図であったかのように、ゆっくりと瞼を開いた彼女が微笑む。


「本当?」


彼の手に自らの手を重ねながら言う彼女に、宮田は何も言わずにただ笑みを浮かべただけだった。

その沈黙こそが肯定であるということを理解した彼女は、嬉しそうな表情を見せる。

そんな彼女を見ているだけで、彼もまた幸せな気分になった。


「……どれくらい?」


しばらく無言のまま見つめ合っていたが、ふと思い出したように七子が尋ねると、宮田は少し考えてから答える。


「殺したいくらい」


冗談なのかそうでないのか分からないような声音で言う彼に、彼女はクスリと笑う。

それはどこか楽しげでもあった。

もし本当に彼が自分を殺せるなら、それでも構わないと思っている節があったからだ。
もちろん本気で言っているわけではないことぐらい分かっていたが、彼にとっての愛の言葉としては上等だと思っていた。


「そうだね、私も……」

そして宮田は彼女の陶器のように白く細い首へ両手を伸ばす。
それを受け入れるように目を閉じる彼女を見て、このまま力を入れれば簡単に折れてしまいそうだと思った。

こんなにも脆くて美しい生き物を壊すことなんてできないだろうと自嘲気味に笑いながらも、今だけは許して欲しいという願いを込めて力を込める。

するとドクドクとした脈動を感じ、生きているのだという実感を得ることができた。

それと同時に、どうしようもなく欲情している自分に気づき思わず苦笑してしまう。

だがそれも当然かと思うことにした。

なぜならば、この小さな身体の中に流れている血液すらも自分だけのものにしたいと思ってしまったのだから。

たとえ相手が誰であろうとも譲りたくない、誰にも渡したくはないという思いが湧き上がってきたが、その考えを振り払うように首を横に振る。


そして彼女の唇に優しい口づけを落とした後、名残惜しそうに手を引いた。

そして宮田は七子の肩を持つと、これ以上考えるのをやめようとして目の前にある白い首筋に噛みつくと、ビクッと彼女の肩が小さく跳ね上がるのを感じた。

それを無視して強く吸い上げると、赤い痕が残ることに満足感を覚えると同時に独占欲を満たしていった。



「七子、愛してる」




傍から見ると、それは異様な光景に見えるかもしれない。


しかしそれほどまでに彼らは異常であり、また彼らにとってこれが日常なのだ。


だからこそ、彼らは今日もこの病室で逢瀬を重ねる。



誰にも邪魔されることのない時間を共有するために――……。







fin.




- 7 -
← prev back next →