隠し


(※一話目「幸福」、前話「の」からお話が続いていますので、そちらからお読みください。)

今日は過ごしやすい秋晴れだと天気予報でも言っていた通り、朝から穏やかな陽気に包まれていた。


永井は休日の朝の決まりきったルーティンのランニングをするために、ジャージを着て隊舎の外に出た。

軽くストレッチをして体をほぐすと、ゆっくりと走り出した。


すっかり顔を出した太陽が眩しく地上を照らし出して、爽やかな風も吹いているおかげで心地良い気分になる。

走りながら一日の予定を頭の中で組み立てていく。

(この後、筋トレしてシャワー浴びたら昼飯でも食べに行こうかな)

そう考えながらも、足取りは軽やかに進んでいく。


駅前に新しくできた定食屋に行ってみようかと思いつくと、自然と口元には笑みが浮かぶ。

その後は、気になっている映画でも観に行くのもいいかもしれない。

そんなことを考えているうちに、あっという間に外周二周を走り終えてしまった。


そこでふと思い出す。

七子は、彼との話し合いは上手くいくだろうかと。

この間の様子では大丈夫そうな気がしたが、やはり心配にはなるものだ。

もし何かあれば相談に乗るつもりでいるのだが……。


そしてつい昨日、七子とその彼氏が一緒にいるところを見かけた。


彼の方は永井よりも少し背が高く、ツーブロックに刈り上げられて髪にゆるくパーマがかかっており、なんとも気を遣ったような身なりをしていた。

その精悍な顔つきも相まって、いかにもモテそうだ。
しかしそんな外見に反して彼はとても優しそうな雰囲気ではあった。

彼の爽やかな見た目に永井は、あんな奴だったのかと、つい凝視してしまった。


二人の様子を眺めながら、彼女から聞いていたイメージとは随分違うように思っていた。

そう言えばこの間の夜、話した時に彼女はよく彼に怒られると言っており、だからもっと怖そう人なのかと思っていたが、その時の彼は穏やかに笑っていた。

しかしそれは、二人きりになった時だけかもしれないとそう考えた。

そしてそんな二人を見て、なんとも言えない気持ちになったものだ。


しかし彼女らのことを考えても仕方がない。

とりあえず今は外出のことを考えようと、少し寂しい気持ちになりながらも、汗を流すためにシャワー室へと向かった。


永井がシャワー室から上がって、居室の時計を見れば時刻はすでに十一時を過ぎていた。

そろそろ外出の準備をしようと思い立ったところで、机の上に置いたままのスマホの通知音が鳴った。


画面を見ると、それは七子からのメッセージだった。

永井はすぐさまメッセージアプリを立ち上げると内容を確認する。


名無

永井しちょー。
今って外出してます?



永井

これからだけど、どしたん?



永井はすぐに返事を送った。

するとすぐに既読の文字が表示されたので、彼女は七子とのトークルームを開いたままにしていたらしい。


それから数十秒と待たずに返信が来た。

どうやら七子の方も暇を持て余しているようだ。


名無

ちょっと、今やばいかもしれないです。



そう書かれた文面を見た瞬間、永井は嫌な予感を覚えた。


永井

え、どゆこと?



名無

ほんとにやばくはないんですけど、やばいです泣泣



その文章からは焦りや不安のようなものを感じられた。

これは本当にただ事ではないのではないかと不安になってくる。


永井

マジで大丈夫か?
俺、そっち行こうか?



そう送ればまた数秒で返ってきた。

今度は打ってる途中なのか、それとも送信する寸前まで迷っていたのか分からないほど早く来た。


名無

永井士長に、来てほしいです。



この短い文面からでも分かるほどの必死さが伝わってくる。

ただならぬ事態であることだけは間違いない。


永井

おけ。
今、どこいる?



名無

駅前の公園です。
小さい方の噴水広場です。



永井はそのメッセージを確認してから急いで準備を始めた。


そうは言っても、財布とスマホを持って上着を羽織るだけであるため時間はかからなかった。

彼はそのまま部屋を出るとエレベーターに乗り込んで一階へと降りていく。


永井

おう、待っててな



永井はそれだけ打ち込むと、エントランスを抜けて外へ出た。

太陽は高く昇っているというのに気温はそれほど高くなく、空を見上げれば雲一つ無い青空が広がっていた。


しかし、彼女の身に何があったのだろう。

とにかく急いで向かわなければ。

永井は早足気味に目的地を目指した。



七子が言っていた場所は、駐屯地から歩いて十分ほどで着く距離にあるグラウンドなどのスポーツ施設と公園が複合された市立公園だ。

そして入口近くの大噴水と、公園の中にある小さい噴水広場がある区画と別れており、どうやら公園の方にいるらしい。

永井がそこに到着する頃には正午になろうかという時ではあったものの、珍しく公園内の人気はまばらだった。


そしてその中央付近にある小さな噴水の前にはベンチがあり、そこに腰掛けている人物がいた。

七子だ。


「おーい、来たぞ。七子、何かあったのか?」


永井は彼女の背後から声をかけた。


その言葉を聞いて、彼女は振り返った。


その顔には涙の跡が残っており、目元は赤く腫れていた。

そんな彼女を見て、永井は思わず息を飲んだ。


「なっ……!」


いつも明るくて元気で、笑顔を絶やすことのない彼女がこんなにも弱っている姿を見るなんて初めてだった。


彼女は永井の顔を見ると、安心したように表情を崩して泣き始めた。


「永井、士長ぉ……」



To be continued...




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