02
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「慶さん、おはようございます」
今日も宮田は仕事のため、七子は教会へと来ていた。
「七子さん、おはよう。今日も宜しくね」
いつものように真っ黒な法衣に身を包んだ牧野が、にこやかに挨拶を返す。
教会で預かってもらっている間、七子は牧野と過ごすことが多かった。
求導師である彼は、隔日で行われる礼拝や週末に開催される集会を取り仕切っている。
本来であれば求導師を支えるのは求導女の役目であるものの、去年から行方不明になっており今は一人で切り盛りせざるおえない。
それを気遣って、七子は自ら進んで牧野を手伝うようになったのだ。
教会の掃除をしたり、簡単な事務仕事であったり、備品の管理などであった。
そのおかげで、牧野の負担はかなり軽減されたようだった。
「今日は礼拝はないので、まずは礼拝堂のお掃除からしましょうか」
牧野の指示で、二人は手分けして掃除を始める。
七子が床をほうきで掃除をしている間に、牧野は祭壇の準備をする。
そして最後に二人で椅子を整えて、朝の清掃は終了した。
「七子さん、少し休憩しましょう」
牧野の提案で、二人は休憩室に向かうことにした。
そこにはテーブルとソファがあり、小さなキッチンが併設されている。
食器棚からティーポットと茶葉を取り出すと慣れた手つきで紅茶を入れ始めた。
蒸らし終えるともう一つのティーポットに氷をいくつか入れるて、茶葉を漉しながら冷ましていく。
「慶さん、お茶菓子はいつもの場所ですか?」
そう尋ねると、牧野は微笑みながらうなずいた。
「ええと……今日は、冷蔵庫の中に入れています」
彼女は勝手知ったる様子で、冷蔵庫を開ける。
中には洋生菓子が入っており、その中から一つ取り出すと皿の上に並べる。
それらをトレイに乗せると、牧野の元まで運んだ。
彼の向かい側の席に着くと、グラスに注がれた紅茶が置かれていた。
「ありがとう。それじゃあ、いただこうか」
牧野の言葉を皮切りに、二人だけのささやかなティータイムが始まった。
今日のお菓子はフルーツたっぷりのタルトタタンである。
甘酸っぱいリンゴにカスタードクリームがよく合う。
「紅茶もタルトも美味しいですね」
満足げに頬張る七子を見て、牧野の顔にも笑みが広がる。
「そうなんです。ここのタルトは私も大好きで」
穏やかに流れる時間は心地よく、この時間があるからこそ辛い日々を乗り越えられていると言ってもいいだろう。
そんな時だった。
ふと、七子が何かを思い出したように口を開いた。
「そういえば、宮田先生の誕生日っていつなんですか?」
唐突な質問に、牧野は目を丸くする。
確かに誕生日というものに興味がないわけではないが、まさか彼女から聞かれるとは思わなかったからだ。
「……先生にお礼がしたくて。近ければ、プレゼントを用意しようかなって」
照れくさそうにはにかみながら答える彼女に、牧野の心が温まるような気がした。
「七子さんらしいですね。それなら、ちょうどいい時に聞いてくれましたね」
七子は、きょとんとした表情を浮かべている。
不思議そうな顔をしている彼女のために、牧野は言葉を続けた。
「六月の十三日ですよ」
「もうすぐだ!」
ぱっと花が咲いたかのような笑顔を見せる七子。
そんな彼女を見ているだけで、温かい気持ちになる。
「プレゼント、考えなきゃですね」
七子が楽しげにしている様子を見守りながら、牧野もまた優しい眼差しを向けるのだった。
それから一週間後、宮田の誕生日当日を迎えた。
この日は礼拝のない平日であったため教会を閉めて、牧野と七子は一緒に買い物に出かけていた。
二人がやってきたのは、生花店だった。
「綺麗ですね」
「ええ、確かに。宮田さんも、きっと喜んでくれると思いますよ」
色とりどりの花が並んでいる店内を見回しながら、二人は会話を交わす。
店員に声をかけて、必要なものを伝えるとすぐに用意してくれた。
会計を済ませると、二人は教会への帰路につく。
その途中、牧野がぽつりと呟く。
「七子さんの優しさが伝わるといいですね」
「はい」
その声音はとても優しくて、七子も嬉しそうにうなずくと、大事に持っている紙袋に視線を落とす。
その中には、ガラスドームの中に淡いピンクのバラと誕生花である紅花をメインにした、プリザーブドフラワーがあった。
村の生花店で発注をし、作ってもらったものを受け取りに来ていた。
「七子さん、今日はもう帰宅していただいて大丈夫ですよ」
牧野は気遣わしげに、七子を見る。
「本当ですか?」
「ええ、もちろん」
牧野の言葉を受けて、七子は目を輝かせる。
いつもは教会の片付けが終わるまで牧野と一緒にいるのだが、たまには早く帰ってゆっくりしてほしいという彼の思いやりだった。
それに気づいた七子は素直に従うことにした。
「お言葉に甘えて、そうさせてもらいます」
その返答を聞いて、牧野は安堵した様子で微笑む。
「そういえば、慶さんに受け取ってほしいものがあるんです!」
「え、私にですか?」
七子は満面の笑みでうなずいた。
牧野は戸惑いながらも、彼女が差し出したものをまじまじと見つめる。
それはガラスのキューブに入った、一輪の青い薔薇のプリザーブドフラワーだった。
牧野はその美しい色合いに見惚れてしまう。
するとその様子を見た七子は、どこか誇らしげに微笑んだ。
そして彼女はおもむろに口を開く。
「さっきの生花店で先生のと同じようなものを見つけたので内緒で買っちゃいました。誕生日おめでとうございます、慶さん!」
牧野は驚いた様子だったが、やがて穏やかな表情へと変わっていく。
彼はそっと、手渡された贈り物を受け取る。
そのまましばらくじっと眺めていたが、ふいに顔を上げる。
そこには幸せに満ちた、とても優しい笑顔があった。
「ありがとう、七子さん」
そう言う牧野の声はいつもよりずっと穏やかだった。
彼の言葉に、七子の顔にも笑みが広がる。
「でも、なんで私の誕生日が今日だと?」
牧野が尋ねると、七子は口篭るような調子で言う。
「あの、えと……宮田先生が、慶さんとは双子の兄弟だって……」
「ああ、そうなんですね」
牧野は納得して、ふわりと笑う。
その様子が普段と変わらないことに安心したのか、七子はほっと息をつく。
「はい。だから、双子って誕生日が同じなのかなって思って。それなら、お祝いしたいなって思ったんです」
「……本当に、あなたには敵わないですね」
牧野は困ったように笑いながら、そんなことを口にする。
しかしそれが嫌だというわけではないことは、その表情から伝わってくる。
「それじゃあ、私はこれで失礼しますね」
「帰り道、お気をつけて。それじゃあ、また明日」
「慶さん、ここまで送ってくださって本当にありがとうございました! また、明日」
深々と頭を下げると、七子はそのまま小走りで駆けていく。
そんな彼女の後ろ姿を見送ると、牧野は自分の手元にあるものに目を落とした。
鮮やかな青に吸い寄せられるように、自然と手が伸びる。
牧野は愛おしそうに目を細めると、大切そうに胸元に引き寄せた。
自宅に戻った七子は早速、携帯電話から宮田に電話をかけることにした。
数回コール音が鳴った後に、受話器を取る気配があった。
「もしもし、宮田先生?」
『ああ、どうした?』
「今日、慶さんに早めに帰っていいって言われたので、先に帰りました」
『そうか、良かったな。俺も、そろそろ帰るから』
ふと七子が壁掛け時計を見ると、すでに十八時を過ぎていた。
「はい、待ってますね」
『ああ……』
電話を切る間際、宮田が少し間を置いて何か言いかけたように思えたが、すぐに通話が切れてしまった。
七子は首を傾げながら、携帯を見つめていた。
しばらくすると玄関のドアが開く音がして、宮田の帰宅を知らせてきた。
七子は急いで出迎えに向かうと、宮田はいつも通りの様子だった。
「宮田先生、お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
そう言って宮田はシャツの第二ボタンまで外す。
普段よりもラフな雰囲気を感じて、それだけ彼がリラックスしているように見えた。
七子が嬉しくなって見上げていると、宮田の目線が彼女を見下ろす。
その瞬間、七子は息を呑んでしまった。
あまりにも彼の瞳がいつになく優しくて柔らかくて、思わず心臓が跳ねる。
何も言わずに宮田は彼女の頭を撫でて、小さく笑うとすぐに手を離してしまった。
それが何だかもったいなくて、七子はつい名残惜しそうな顔をしてしまう。
そして夕食を終え、二人揃ってリビングへ向かうとソファーに座って一息つく。
そのタイミングを見計らっていたかのように、七子は声をかけた。
「ねえ、先生?」
呼びかけると、隣に座る宮田はこちらへ視線を向ける。
彼女はソファの後ろに隠していた紙袋の中から、ガラスドームを取り出してテーブルの上に置く。
それは先ほど、生花店で購入したものだった。
よく見ると名前とメッセージが書いてあり、七子からのものだと分かるようになっていた。
「宮田先生、誕生日おめでとうございます!」
「……!」
宮田は面食らったような顔をしていたが、すぐに優しい眼差しに変わる。
そして彼女からのプレゼントを受け取った。
中に入っているものを取り出すと、それの色合いはまるで宝石のように美しかった。
「すごく綺麗だな」
感嘆の声を漏らす宮田を見て、七子も嬉しそうに笑う。
「ありがとう、七子さん」
「はい!」
「それにしてもどうして、俺の誕生日を知ってるんだ?」
「慶さんにこの間、教えてもらったんです」
そう答えると、宮田は納得した様子だった。
「先生と慶さんは同じ誕生日だから、慶さんにも渡したんです」
「なるほど……そういうことか」
宮田は微笑む。
そして彼は手に取ったそれをじっと見つめていたが、やがて口を開いた。
「せっかくだから、自分の部屋にでも飾ってこようかな」
そう言って彼は、受け取ったプレゼントを自室のパソコンデスクの上に飾りに立ち上がる。
その表情はとても穏やかで、見ているだけで心が満たされるようだった。
七子はその横顔を見ながら、彼と一緒に居られることがとても幸せだと感じる。
戻ってきた宮田は再び彼女の隣に座り直すと、真剣な表情を見せる。
「……七子さん」
「はい」
「誕生日、お祝いしてくれてありがとう」
「いえ……」
改めて言われると、なんだか照れくさい気持ちになって七子は俯きがちになる。
宮田は横に座る彼女の肩を掴んで引き寄せた。
そのまま自分の方へと倒れ込ませるようにすると、七子は自然とその胸に抱き留められる形になった。
突然の出来事に驚きながらも、七子は彼の腕の中で大人しく収まる。
彼の体温が伝わってきて、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
「宮田先生……?」
「……もう少しだけ、このままでいいか?」
宮田は七子の耳元で囁いた。
いつもより少し掠れた声で、どこか甘えているように聞こえたのは気のせいだろうか。
「はい」
そんなことを思いながら、七子は静かに目を閉じた。
しばらくすると、彼はゆっくりと体を離していく。
彼女も目を開けると、至近距離に彼と目が合う。
その距離があまりにも近くて、思わず心臓の鼓動が早くなった気がする。
宮田はふわりと優しく笑うと、七子の頬を指先でなぞっていく。
「七子……」
「……!」
名前を呼ばれて、ドキッとする。
いつもよりも低くて甘い声色だった。
「は、はい」
こんな距離で宮田の顔を見るのが初めてで、緊張しながら返事をする。
「……ちゃんと、歯磨いて寝ろよ」
その言葉を聞いて、一気に力が抜けた。
「……」
宮田は満足そうに笑っている。
そして、ぽんと頭を撫でるとキッチンの方へ行ってしまった。
七子は呆然としながらも少し残念な気持ちになったが、すぐに彼の優しさが伝わったような気がして嬉しくなる。
「はあーい」
宮田の誕生日に何か特別な思い出を作ろうと思っていたが、今はこれで十分かもしれない。
そして夜も更けてきたところで就寝することにした。
リビングから寝室へ向かうと、宮田はデスクライトを点けて椅子に座っている。
そして愛おしそうに、七子からもらったプレゼントを眺めていた。
「……本当に、ありがとう」
彼はそう呟く。
その声はひどく優しげで、まるで宝物を見つめるような瞳をしていた。
彼自身、自分がここまで誰かのことを想う日が来るとは思っていなかった。
だが、この感情は決して悪いものではない。
むしろ心地良いくらいだ。
宮田はそっとガラスドームに触れると、刻印してある七子の名前を指でなぞる。
「七子、俺は……」
そこまで言いかけて、やめる。
代わりに彼は小さなため息をつくと、再びプレゼントへ視線を落とす。
それを見つめる宮田の表情は、どこか切なげなものに変わったのだった。
To be continued…▼▲▼
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