悲しみワンデイ、永久に


もし、過去に一度だけ戻れるとしたらいつに戻りたい?


そう私が問われたなら、迷わずにこう答えるだろう。



私があの人に告白するのに迷っていた頃に、と。





「沖田さん、おはようございます!」

私は最早日課となった、私の想い人へと挨拶をする。
その人はいつものように優しく微笑んでくれて、そして彼女を気遣うように口を開くのだ。

「七子か、おはよう。今日も寒いなあ、風邪ひくなよ」

彼は彼女のことを名前で呼ぶのである。
それはつまり、彼にとって彼女は特別な存在だということではないだろうか。

少なくともただの後輩とは思っていないはずと、七子は思っていた。


例えそれだけだとしても幸せだった。



「ねえ、ちょっと七子ー。あんた沖田2曹にいつ告白すんの?」


「見てて結構、焦れったいよねえー」


更衣室のソファでケータイをつつきながら朝礼時間を待っていると、同期の子たちに囲まれる。

「うーん……でもさあ」

七子が困り顔で言うと、同期たちは揃ってため息をつく。

そんな彼女達だって恋をしているというのに、自分だけがこんなにもウジウジしていると思うと少し情けなくなる。

しかし、仕方がないではないか。
この気持ちを伝えてしまったら、今の関係が崩れてしまうかもしれないのだ。

それが怖くて、ずっと言えずにいる。


「早くしないと、ホントに後悔する事になるよ?」


彼女たちの言葉には重みがあった。

きっと本当に後悔したことがあるからこそ出てくる言葉なのだと思った。

だからといって簡単に踏み出せるものではないし、何より勇気が出なかった。


「わ、分かってるよ……」


弱々しく返事をした時、扉の向こう側から声が聞こえてきた。
どうやら朝礼が始まるようだ。

慌てて立ち上がり、みんなと一緒に部屋を出る。



その夜ベッドに入った七子は、同期たちの言葉を思い出していた。


「本当に後悔するよ、か……」


いつまでもこうしてはいられないというのは分かっているのだが、なかなか行動に移すことができない。

それがずっと頭の中で反復して眠れずにいた


七子は、気分転換に部屋を出て自動販売機のある休憩室へ向かうことにした。
そこは男女別の居住スペースとは違い、共有の場所となっており誰でも出入りできるようになっていた。

自販機コーナーへ行くとそこには先客がいたようで、顔が見えないが二人いるようだった。

(ぬ、盗み聞きは良くないけど……入って行きづらいし)

そう思い、物陰に隠れていた。
二人の距離は近いようで、何を話しているのかまでは詳しく分からないが楽しげな雰囲気なのは伝わってくる。

(一体誰なんだろう?)


「こちらこそ是非とも。俺も、その……恥ずかしいけど……のこと……だ」


途切れ途切れではあるが、男の方はハッキリと答えた。

(よく聞こえない、けどこの声はもしかして沖田さん?)

それに対して女の方は嬉しそうな反応をしていた。


「じゃあ……は、あたしと一緒に……ますか?」


「ああ、勿論だよ」


会話が終わり、二人はその場を離れていった。

出てきた二人のうち男性の方は、やはり沖田であった。

女性の方は別の部隊の人だろうか、同年代くらいのとても可愛らしい人だった。

だがまだその場に残っていた七子の顔からは血の気が引いていた。
あの二人がどういう関係なのかは知らないけれど、自分が入り込む隙なんて最初から無かったのだという事実を突きつけられたような気がしていた。

(え、嘘。まさか……)

でもこの時、七子は少しは分かっていたのかも知れない。
二人の会話の内容を。


あの一件以来、七子は沖田に近づけないでいた。

用があって話し掛けるにしても、ぎこちなく避けるような感じになっていたかも分からない。

それを見て他の同期達は心配してくれていたが、当人である沖田は特に気にしていない様子で普段通りに過ごしていた。


そして告白もできずじまいで、とうとうクリスマス当日になってしまった。

この日は、同室の同期だけで街に繰り出して遊ぼうという約束をしていた。


皆でプレゼント買って交換したり、食事に行ったりと楽しい時間を過ごした。

夜になると街は綺麗なイルミネーションで装飾されとても癒やされた。
だけどその光景を見ていると、自分の心の中までキラキラ輝いているように見えて嫌になる。

こんな日に好きな人と過ごすことができたならどんなに幸せだろうと、つい考えてしまうのだ。



しかし私は見つけてしまった。

天国から地獄へと突き落とすような、一番見たくない光景を。



それはこの間の子と二人で歩いている沖田の姿だ。

二人は仲睦まじく腕を組みながら、楽しそうに笑い合っていた。


「やっぱりそう、だよね……」


その人は私なんかよりも全然可愛いくて、ただそう思うことしかできなかった。


そんな彼女が隣を歩いていて、沖田も悪い気はしないはずだ。

むしろお似合いだとも思う。


そう考えた途端に、彼女の瞳からは一筋の涙が流れ落ち頬を濡らした。

そんな彼女と比べたら自分は、ただの後輩でしかないと痛感させられた。

そして同時に悟ってしまった。


もう私の恋は終わってしまったんだと。


悲しみに引き裂かれそうな七子は立ち尽くしたまま、そんな光景を眺めていた。


しかし二人の幸せそうな顔が浮かび、どんなに忘れようとしても、こびりついて離れなかった。



すると同時に雪が降りだし、熱くなった頬を冷ますように優しく撫でた。



その雪はまるで私を哀れむように、そしてあの二人を祝福するようにいつまでも、いつまでも輝く景色に降り続いていた。




(消えずに、私の胸に突き刺さる)




できることなら……


もっと名前を呼んでほしかった。



もっと近くに居たかった──。


fin.




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