充実してても爆発しません!


「はぁ。俺は、どうすりゃいいんだよ」

休日の外出でみんなが出払っていて誰も居ない居室のベッドで、胡座をかきながら頭を抱えていた。

どうにもこうにも、頭が痛くなるような問題だ。

それは彼の恋人である、七子のことだった。

彼女も同じ部隊に所属していて会える時間は、そんなに限られている訳ではない。
だが、それでも一緒にいられる時間が少ない事に違いはなかった。

その少ない時間を彼は大切にしていたし、彼女の方も同じ気持ちだと分かっていたからこそ余計に悩んでいたのだ。


しかし最近は、どうだっただろうか?

そう言われると多少、自分に非があるように思う。

確かにこの頃は、男の同期たちと夜明けまで飲みに出かけることが多かったかもしれないが、それだって別にやましいことはない。

ただ単に男同士で飲みに行くだけだ。

つるんでる奴らは、いけないことを勧めてくる奴らじゃないから、別に他の女の子と浮気ワンナイトとかそんなものは断じてない。


だが、それを言ったところで彼女は納得しないんだろうなと予想がついた。

(せっかく、一緒にクリスマス過ごそうと思ってたのにな……)

七子には内緒にしているのだが、実は彼女と過ごすために予定を空けていたのだ。

しかしこの調子ではそれも叶わないだろうと思うと、落胆してしまう。

こんな時に限って仕事が忙しいなんてついてない、と心の中で悪態をつくしかなかった。




その悩みは七子と喧嘩している間、ずっと永井の心中で消えることはなく渦巻いていた。

そうすれば、呆けている時が多くなる訳で。


「痛゙ぇよ!! もう少し優しく運ぶってことできねぇのかよー! おい、傷をつつこうとすんなって!」


扱いが少々ぞんざいな仲間に対し、声をあげた。


そしてズキズキと痛みを訴える患部を見れば、そこは青く変色していて腫れ上がっていて、見ているだけで気分が悪くなるほどだった。

我ながら派手にやったものだ、と思いながらも仕方がなかったと言い聞かせてみるものの、やはり辛いことに変わりはなかった。

「お前なぁ。気を付けろよー」

「もうちょっとで休暇なのに、何してんのさ!」

案の定、永井は仕事中に怪我をしてしまっていた。

冬の寒さで反応が遅くなり足を捻ってしまった上に、運悪く顔からこけてしまい擦り傷もそれも目立つことこの上なかった。

(マジで泣きっ面にスズメバチだよ、これは)

自業自得とはいえ、自分の情けない姿に涙が出る思いだ。


そして駐屯地外の病院で治療を終えて帰ってくると、そこには心配そうな顔をした同期たちが待っていた。

捻った方の足は予想以上に悪かった様でギプスが填められ、頬には擦り傷を被うようにガーゼが貼られていた。

部屋の中にある椅子に座らされると、永井が口を開いた。

「……みんな、悪ぃな」

「んまぁ、気にすんなって! にしても、痛々し──」

そんな同期の言葉を遮るように、部屋の扉が勢いよく開けられた。

(え、誰だ……?)

その音に驚いて振り返れば、そこに立っていたのは彼の恋人である七子の姿があった。


「七子っ!」


普段なら笑顔を見せてくれるはずなのだが、不安と少しの怒りが混じって複雑そうな表情だった。

そして七子が足早に俺に近付いて、俺の正面まで来て立ち止まり口を開いた。


「頼人の馬鹿っ! 心配させないでよ!」


開口一番、怒られてしまった。

しかしその言葉に永井は驚いていた。

まさか彼女がここまで取り乱すとは思ってもみなかったからだ。

すると七子の大きな瞳からポロリ、と大粒の雫が零れたと思うと抱きついてきた。


「お、おい!」

「頼人が怪我したって沖田2曹から聞いて、心配したんだから……!」


七子の言葉を聞いて、胸の奥底にある何かが大きく揺れ動いた気がした。


「七子……そっか、ごめんな」


彼女の背中に腕を回して抱きしめ返せば、彼女はさらに強く抱擁してきた。


そして永井は、七子の頭を撫でながら謝ると、彼女は首を横に振って否定する素振りを見せた。

しかしそれでも離れようとしない彼女に苦笑しつつ、七子に諭すように話しかける。

「そっかあ、駄目だよな……心配させちゃったもんな」

その温もりを感じて愛おしさが込み上げてくると同時に、申し訳なさも感じていた。
こんなにも自分を想ってくれる人がいるのに自分は何をしているんだろう、と。


七子の身体を引き離すと、彼女の目を見て言った。

「七子、本当にごめん」

その目は赤く充血しており、どれだけ自分が彼女に心配をかけたのかがよく分かった。



しかしそんな甘い時間は長くは続かず……。


「頼人! お前、リア充か!!」


「ちくしょう、この野郎ぉ!」


「マジかよ……」


彼らからの野次が嫌と言うほど、聞こえてきた。

「お、お前らうるせぇ……!」

しかし、そう言ったところで彼らの興奮が収まるわけもなく、むしろ煽る結果になった。

その様子に永井は溜息をつくしかなかった。


すると七子は、恥ずかしそうにしながらもはにかんでいた。


その笑顔を見て、永井は改めて七子に馬鹿なことをしてしまったと後悔の念が押し寄せてきた。


「ここ最近のことで七子に寂しい思いさせたし、今日だって心配させちゃうし……ほんと情けねぇよな。こんなんじゃ、彼氏失格だよな」


自嘲気味に言うと、七子はその言葉を遮るように口を開いた。

「そんなことないよ。 頼人はいつも私のことを考えてくれてるって分かってるし、私も頼人のことちゃんと考えてるから」

「七子……」

その言葉を聞いて一安心した永井だったが、その反面で七子は自分に対しての想いをはっきり口にしてくれたことに嬉しさを感じていた。


そして、永井の中では気になることがもう一つあった。

「クリスマスのことだけど……こんななりでも一緒に居てくれるか?」

「うん、一緒に居よう! それだけでも、私はいいよ」


そう七子が言った直後に仲間から一斉に声が上がった。


「「頼人だけ爆発してろ!」」


その連帯感に永井はさすがだなと感心すると同時に、呆れていた。


「こいつら、本当にうぜえな……!」





(見舞いに来たら……お熱いことだな)

(あ、沖田2曹。ここ、職場ですけどねえ。因みに今は、課業中です……)


そんな声は、今の二人には聞こえていないようだった。




fin.




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