初めて運命があると知った


今年は絶対に、絶対に絶対に海に行くって、そう言っていたのに。

なのに、申し訳ない……。


それにこの騒がしさ……ほらな、あいつらだ。




「うぇーい!この肉、いただきまーすっ!ほら、七子のもあるぞ……ほい!」


「おい、永井ぃ!それ俺が育ててたやつだって!」


「そんなの、取ったモン勝ちッスよー」


今日は夏季休暇を利用して、小隊のメンバー十数人ほどで山のキャンプ場にバーベキューをするために来ていた。

皆それぞれ、思い思いに好きなものを焼いて食べていた。

そんな中バーベキューグリルの近くで、永井と彼の先輩が二人して焼きあがった物を取り合ってワイワイと騒いでいた。

二人が取り合っているものはどうやら、永井の先輩が育てた・・・らしい肉だったようで、その証拠に永井の箸にはしっかりと掴まれた肉があった。

七子も楽し気に笑いながら二人のやり取りを見つめている。


「おいお前らさぁ、そんなことで喧嘩するなよなー、まだあるからさ」


見かねた沖田が仲裁に入る。

彼はいつものように爽やかな笑顔を浮かべているが、内心では「またこいつら……」と思っているに違いなかった。

というのも小隊内では、こういうことはよくあることだったからだ。

しかし永井が手に取ったその肉をペロリと食べるとその場は収まったようで、仕方ないなと思いつつ、沖田は焼けてきた自分の分の肉に手を伸ばす。


「ぅんま……」


思わず心の声が漏れてしまうが、それほどまでに美味かったのだ。

口に運んだ瞬間に広がる芳しい香り、そして噛めば噛むほど溢れ出る肉汁……それはもう絶品と言っていいだろう。


「そのお肉、おいしいですよね。沖田さん」


不意に声をかけられ振り返ると、そこにはニコニコとした表情の七子がいた。


「ん? ああ、七子か……」


彼女は先程まで永井たちと一緒にいたのだが今はこちらに来たようで、沖田の隣に並ぶように腰掛けるとそのままベンチに座り込む。

肩と肩が触れ合いお互いの体温を感じる距離で二人は並んでおり、その感触で沖田は少し心臓が跳ねるが努めて平静を保つように返事をする。

「まあ……ちょっと高くついちゃうけど買ってよかったわ、アレ」


「ですね! 永井と先輩が取り合うくらいだから相当ですよ」

七子は、どうやら小休憩中のようで手には飲み物だけを持っていた。
それに倣って、沖田はベンチの近くに置いてあるクーラーボックスから缶ビールを取り出すと、プルタブを開ける。

プシュっと小気味の良い音がしたかと思うと、それをグイっと飲み干すと口を開いた。


「……あいつらは、いっつもああだろ」


「それもそうですねぇ、ふふっ」


二人は目の前で繰り広げられる光景を見て笑っていた。

(……本当に、仲が良いんだか悪いんだか分かんねえ奴等だよ、まったく)

確かにあの二人はしょっちゅう取っ組み合いをしているような気さえするが、七子はクスクスと笑うばかりで特に止めようとしない。

その表情からも彼女は、職業柄仕方ないとはいえ男ばかりのバーベキューではあるものの満喫している様子が窺えた。


すると緩やかな夏風に乗って、ふわりと香るシャンプーの甘い匂いにドキリとする。

いつもの迷彩服姿とは違って、今日はアウトドアでの活動ということで動きやすいカジュアルな服装をしている。

肩口が大きく開いた薄手のトップスは彼女の健康的な小麦色の肌によく映えていて、胸元にちらりと見える谷間と相まって非常に目のやり場に困ってしまう。

しかも今回は編み込んだ髪をハーフアップにしてから纏めているため、普段よりも可愛らしく見えて妙に落ち着かない気持ちになってしまう。


「にしても、ごめんな……結局、山でバーベキューになっちゃってさ」


沖田は七子の眩しい姿を気にしないようにしつつ、申し訳なさそうな顔をしながら謝った。

本来であれば、今日行く予定だったのは海であったのだが、急な仕事が午前中に入ってしまったために急遽予定を変更して昼過ぎから夜までのバーベキューになったのである。

七子はその言葉を聞くなり目を丸くした。

まさかそんなことを言われるとは思っていなかったようであるが、すぐにふっと小さく微笑んでみせた。


「いえ、全然大丈夫ですよ。むしろ、こんな素敵な場所でみんなとお肉を食べれるなんて思ってなかったので嬉しいです!」


「そっか……。七子がそれなら良かったんだけどさ」


「はい! しかもここ、あそこの川で泳げるみたいですし、来て良かったです!」


嬉し気に返事をする彼女を見ていると、沖田もまた自然と笑顔になる。

するとその時、二人の耳に永井が七子を呼ぶ声が聞こえた。


「おーい! 七子、川行ってみようぜ! 沖田さんも行きませんかー!」


「え、俺も?」


沖田がそちらを見ると、どうやら永井が用があるらしくこっちに向かって手を振っている。


「沖田さん、呼ばれてるみたいですよ。行きますか?」


「あー……俺は、いいや。酒飲んじゃってるから……悪いな」

沖田は持っている缶を軽く振りながら、苦笑いを浮かべて断った。

「そうですか? じゃあ、ちょっと行ってきますね!」

そう言って立ち上がると、彼女は沖田の肩に手を軽く置いて小走りに駆けていく。

その手のひらから伝わる体温がじんわりと温かく、柄にもなく思わずどきりとした。


「ああ、気を付けてな」


その後ろ姿を沖田は何とも言えない表情で見つめながら、手に持っていた缶ビールを傾けた。

喉を通る炭酸が心地よく感じる。


そして一息つくと、沖田は空を見上げた。

悲しいほどに雲ひとつない夏の青空が広がっており、その青さはどこまでも深く、吸い込まれてしまいそうだ。


しかし、今沖田が感じている感情はそれとはまったく別のものだった。

それは、焦燥感。

(俺、どうしたらいいんだろうか……)

沖田は、自分が情けなくて仕方がなかった。


彼には最近になって一つの悩みがあった。
それは永井がやけに彼女に構っている、ということである。

確かに二人は同期であり元から仲が良かったが、最近はそれがより顕著になっている気がするのだ。

沖田としては別に二人が仲良くするのは構わないと思っているが、どうにもこうにもこのところ永井の行動が目に余るような感じがしてならない。


なぜこんなにも彼女のことが気になるのか、それに沖田は気付かない振りをしながらも内心ではその理由は分かっていた。

沖田は、七子に惹かれていた。

いつからなのかは分からない。

だが少なくとも、彼女と一緒に仕事をして、共に困難を乗り越え、笑いあっているうちに惹かれていたのは間違いなかった。

しかし、それを自覚したのはつい最近のことだった。


「いや、まあ……でもなぁ……」


沖田は自分の心に芽生えた感情を、誰にも言わず一人で抱え込んでいた。

彼も何度か恋愛をしてきて、そろそろ腰を据えなければと考えているが、それを彼女に押し付けてしまいそうで怖いのだ。

だから沖田は今のままでいいと思っていたし、今の心地よい関係が崩れてしまうのは嫌だった。

そして何よりも、自分のせいで彼女の人生を変えてしまうのだけは避けたかったのである。

沖田は手に持っている缶ビールを再び飲むと、それを静かにテーブルの上に置いた。




やがて遊び疲れた七子たちが川から帰ってきて再びみんなで焼き始めたかと思うと、一時間も経たないうちに用意していた肉や野菜も無くなり、バーベキューは終了した。


そして辺りが暗くなり始め焚き火が始まると、今度はその周りを囲んでの宴会が始まった。

椅子に座ってそれぞれ談笑したり、酒を飲みながらつまみをつついたりして盛り上がっているうちに、いつの間にか日は暮れて空にはぽつりと星が瞬き始めていた。


沖田と七子は同じベンチに座り、二人で遠巻きにその様子を見ていた。

パチッと爆ぜる音が聞こえると、オレンジ色の火の粉が舞い上がる。
その様子はとても幻想的で美しく、またどこか物悲しい。

まるで自分たちだけが取り残されてしまったような気分になりながらも、沖田は七子に話しかける。


「……なあ七子、ちょっとあっち行かないか?」


沖田が指さしたのは、少し離れた所にある東屋であった。

そこはちょうど木々に囲まれていて、空いているスペースには小さな池があり、そこには蓮の花が浮かんでいるとても美しい場所だった。

その言葉を聞いた彼女は、一瞬驚いた顔をしたがすぐに笑顔を浮かべてこくりと小さくうなずく。


「いいですよ!行きましょう」


二人は連れ立って、その場所へと歩いていった。

辺りを見渡すと、まだ残っている彼らはみんなそれぞれの時間を楽しんでいるようでこちらに気付いた者はいなかった。


みんなの元から少し離れて二人きりになった途端、急に静かになる。

いつもならば二人きりになっても話は盛り上がるのだが、今日ばかりは慣れないその静けさがやたら気になって仕方がなかった。


「七子は……この仕事、続けるのか?」


そんな当たり障りのない質問を投げかけると、彼女は困ったように笑う。
こんな風に笑いかけられるのは初めてで、何だかもどかしくなっていた。


「んー……今のところは続けようかなって、思ってます」


「そっか、そっか……良かった」


それくらいしか言えず、会話はすぐに途切れてしまった。


そんな二人の間を、夜の涼しさを抱えた風が吹き抜けていく。

ふわりとなびく髪を押さえている彼女の横顔を見ると、何故だか胸の奥がきゅっと締め付けられる感覚を覚えた。


すると沖田は周囲に人が居ないことを確認すると、七子の手を取って歩き出した。

その手は沖田が思っていたよりもずっと華奢で柔らかく、そして温かかった。


「……!」


七子はその突然の行動に驚いていたが、下を向いて溢れる嬉しさを滲ませつつ、手を引かれるがままについて行く。


彼の骨ばった大きな手が触れた部分が熱を帯びていき、そこから全身へ広がっていくような錯覚に陥る。

そしてちらりと見える背の高い彼の大きな背中は、七子の目から見れば頼れる男性そのもので、彼女は頬が赤くなるのを感じた。


そのまましばらく歩くと、木に囲まれた場所にたどり着く。
この場だけ周りよりも気温が低く感じられ、ひんやりとした空気に包まれていた。


彼はそのまま七子を連れて、東屋の木陰に入ったところで立ち止まる。

そしてお互いの手が離れて、七子が顔を上げると沖田はその端正な顔立ちを優しい微笑みで彩ったと思うと表情が消え、真っ直ぐに彼女を見つめる。

いつも明るい彼が今は真剣な表情をしており、普段とは違う雰囲気の彼に七子は思わずドキリとする。

それは決して悪い意味ではなく、むしろ良い意味で胸が高鳴ったのだ。

(本当に綺麗な人……)

いつもは爽やかな好青年といった印象が強い彼であるが、こうして見ると整った目鼻立ちは言うまでもなく、凛々しい眉毛や鼻筋の通った高い鼻など、どこをとっても非の打ちどころが無い。

そんな彼が自分を見ているという事実に、七子は妙に緊張してしまった。

そんな彼女の反応に、ふっと小さく笑うと沖田は七子の手を優しく握ってくる。


「あのさ、俺……」


そこまで言うと、彼は口をつぐんだ。

少しだけ言い淀んだ後、何か大事な話でもあるのだろうかと思って身構えていると、沖田は意を決したように口を開いた。


「……なんだかんだで、七子のことが好きかもしれない……いや、好きだ。多分だけどさ、結構前から惚れてたんだろうな」


この東屋に来る時、沖田に手を繋がれた七子は、なんとなくこうなると予想できていたが、いざ実際に言われると嬉しい反面、恥ずかしくてどうしたらいいかわからなくなってしまう。


「……」


ドギマギしながら目を泳がせていると、沖田は続けて言った。


「……俺は、七子と付き合いたいと思ってる」


沖田は、ずっと前から七子のことが好きであった。

最初はただの仕事仲間だと思っていたのだが、一緒に過ごすうちに彼女の優しさに触れて惹かれていった。

だからこそ、この想いを伝えるべきか迷っていた。


今まで付き合ってきた女性たちは、沖田が告白すれば大体喜んで受け入れてくれた。
きっと自分も同じように受け入れられると、心の何処かで思っていた。

だが、いざ本人を前にするとなかなか口に出すことができなかった。

(……俺は、七子にどうしてほしいんだろうか)

沖田は自問する。


もちろん答えは決まっている。

彼女と付き合いたいのだ。
しかし、それを彼女に押し付けるのは違う気がする。

だからといってこのまま何も言わずに諦めることもできず、自分の気持ちを正直に伝えることにした。


そして、その言葉を聞いて七子は何も言わなかった。


しばらく沈黙が続いたあと、彼女はようやく口を開く。



「…………わ、私も……沖田さんのこと、好きです。私で良ければお願い、します」



それはあまりにも意外な言葉で、沖田は一瞬何を言われたのか理解できなかった。

そしてその意味を理解すると、今度は彼の方が驚きのあまり呆然としてしまう。
まさか彼女が自分と同じことを考えていたとは思わなかったからだ。

しかし、そう言われてもなお信じられず、沖田は確認するように聞き返した。


「え、嘘……本当に……?」


その声は、自分で聞いていても分かるほど震えていて情けないものだった。

沖田の問いかけに、七子はこくりと静かにうなずく。


その姿を見た沖田は、嬉しさのあまりに叫び出したくなったが、必死に抑える。

繋いだ手から相手に伝わるんじゃないかと思うほどに、バクバクと激しく鼓動していた。
その張り裂けそうな心臓が、今にも口から飛び出してきそうだった。

やがて彼はゆっくりと深呼吸をすると、改めて彼女に向かって言う。


「……俺と、付き合ってください」


七子は顔を真っ赤にして俯きながら小さく返事をする。


「はい……」


いつもよりどこかしおらしい様子なのは気のせいではないはずだ。

そんな彼女を見ているだけで、沖田の心拍数はどんどん上がっていく。

緊張して、喉の奥まで乾いてきたような感じさえした。


二人はお互いに照れくさくなり、少しの間見つめ合うと、どちらからともなく笑い合った。


そして沖田は七子をそのまま引き寄せて抱き締めると、その腕には確かな温もりがあり、彼女の柔らかな匂いが鼻腔をくすぐる。

七子は最初驚いた様子であったが、すぐにおそるおそるという風に彼の広い背中に手を回してぎゅっとしがみつくと、そのまま身を預けてきた。

(ああ、幸せってこういうことを言うんだろうなぁ……)

七子の体温を感じながら、沖田はしみじみと思った。

彼にとって、これほどまでに幸せな時間はなかった。

これまで何人もの女性と付き合ってきたが、こんなに満たされた気分になったことはない。


それくらい七子のことを愛しているのだ。
むしろ彼女を愛するために、自分が存在しているようにさえ思う。

沖田は彼女を離さないというように、強く抱きしめた。

そんな彼に対して、七子は戸惑いながらも応えるようにしっかりと身体を密着させてくる。


「可愛い……」


思わず本音が漏れてしまい、彼は慌てて口をつぐむ。

しかしそんなことを気にする余裕など今の彼にはなく、彼女のことしか見えていなかった。


そうして彼女の髪を撫でると、くすぐったかったのだろうか、ピクッと小さく肩を震わせる。

その反応に沖田はますます可愛さを覚え、もっと触れたいという衝動に駆られた。


沖田は、彼女の耳元で囁いた。


「七子、ありがとうな。大好きだ……」


その恋人同士のやり取りに、七子の顔はさらに赤くなる。
そんな初々しい姿すらも、沖田にとっては堪らなく愛しく感じた。

そして、沖田はもう一度だけ七子を強く抱擁する。
しかしこれ以上は歯止めが効かなくなりそうで、名残惜しいが仕方なく離れることにした。


「そろそろ戻るか……」


「はい」


沖田が言うと彼女は素直に応じ、二人は並んで歩き始めた。

沖田が七子を見ると、彼女はまだ頬が赤いままだ。
それが先ほどの行為によるものだと思うと、つい顔がニヤけてしまう。

すると七子は沖田の視線に気づき、恥ずかしさから顔を逸らす。

沖田はその仕草を見てさらに笑みを深くした。


そしてそんな二人を見守るように、空に浮かぶ銀色の月が煌々と輝きながら優しく照らし出し、淡い影を作っていた。



俺は君と出会って、




fin.

[ この小説の冒頭の一文は、長文お題として永遠少年症候群様からお借りしました。]




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